ほどけた封印
放課後、図書室の奥。
杏は、真秀先輩が書見台の上に機器をセットしているのを、ぼんやり眺めていた。
――どうも集中力が散漫になってるな。ちゃんとしなきゃ…
「真秀先輩、今日はご活躍でしたね。かっこよかったです」
杏が言うと、真秀は下を向いて作業しながら言った。
「あー、舎利倉さんのクラスと当たるとは思わなかったよ。しかも相手チームに神崎クンいて、ビックリした」
「…さすがにクラスの手前、応援できなくてすみません」
そう言うと、真秀は顔を上げてカラカラと笑った。
「そりゃそうだ。裏切り者って言われてもしかたないし」
「でも、愛実とふたりで見守ってましたから」
「はは、ありがと。よし、セット完了」
今日のテーマは“未練”。 真秀の選曲からスタート。
ーーー
「飯島真理で『セシールの雨傘』でした」
杏はふうとため息をついた。
「切ないですね。この男の人、なんでセシールと別れちゃったんでしょう。まあ、未練曲全般に言える疑問ですけど」
「うん。僕も経験ないから分かんないけど、たぶん、歌ってる側の原因か、繋ぎ止める努力を怠ったんじゃないかなって」
真秀が言うと、杏は手のひらを合わせた
「あー、手放しておいて未練たらたらパターン。逃がした魚は…ってヤツですね」
「そう。別れてから存在の大きさに気づいても、もう遅い」
杏は考えた。
――お互い譲らない関係だったのかもしれない。妥協も譲歩もできない相手は、別れた後でただ未練と後悔だけが残るんだろうな…
「でも最後、徹底的に無視してたセシールが、今カレといるのに、一瞬泣きそうな顔で振り返るの、あれめっちゃ効きます」
「うん。あれ、心に焼き付くスナップショットだよ。で、また引きずるっていう」
「はあ。切ない。未練テーマやばいです……。えっと、わたしの選曲は反則なんですけど、PVの出来がよすぎて。タブレット持ってきちゃいました」
杏はそう言いながらタブレットを取り出す。
---
「Aile The Shotaの、『踊りませんか?』でした」
映像を見終えて、真秀が口を開いた。
「後半、別れが決定的になった後のダンスがさ……遅いよね」
「というか、ひとりよがりですよね。きっと彼女は、楽しいことだけじゃなくて、暮らすってことにも向き合ってほしかったんだと思います。すれ違ってますね、切ない」
「巻き戻したい。やり直したいって、PV見てて思った。この彼はバカだなって思うのに、感情移入しちゃうもんなあ」
そのとき――
あ、来た。やばい。
杏はそう思った。
「先輩、ちょっと失礼します」
杏はリュックからポーチを取り、中座した。
---
杏がトイレから戻ると、ブースのドアが半開きになっていた。
中から言い争う声がする。
――神崎の声だ。なんで?
「……着ぐるみ先輩、あんたさ、最近舎利倉と仲良くしすぎじゃないっすか?」
「え、君に関係ある?」
真秀は首をかしげた。神崎が一歩踏み出し、声を低くする。
「俺、あいつのこと好きなんすよ。あんたが舎利倉にちょっかいかける、ずっと前から」
「へえ。それで?」
「あんた、先輩ならさ、後輩の気持ちちょっとは考えて、遠慮するのが普通っすよね? 俺が好きなんだから、距離取ってもらえませんか」
自分勝手な主張をする神崎。真秀はまったく動じず、真顔のまま。
「なるほど。でも神崎クン、僕は舎利倉さんに何かを強制してるわけじゃないよ」
「関係ないっすよ。俺の気持ちの問題なんで」
「あー、話にならないな。舎利倉さん、じき戻ってくるから、今日は帰ってくれない?」
神崎が急に声を荒げた。
「だから、それが彼氏面だって言ってんだよ!付き合ってもいねえのによ!」
何を言ってもすれ違い。さすがの真秀も、これには閉口する。
「……」
激高する神崎は吠えた。
「だんまりかよ、うぜえ!お前鏡見たことないのかよ、このくそデブ!ぶっさいく!死ね!もう消えろよ!!」
杏はその言葉を、その罵りを聞いた事がある、まったく同じようなことを昔、自分も言われた事があった。記憶の、固く閉ざしていた扉が開く。
――あ、ああ……わたし、思い出した。
《だんまりかよ、うぜえ!このくそブス!ぼつぼつニンジン!ぶっさいく!死ね!消えろ!!》
杏は半開きのドアを押し開け、声を震わせた。
「神崎……あんた、あんた、《ごっちゃん》でしょ」
「舎利倉、何言ってんだ?」
神崎は怪訝そうな顔をしたあと、急に愕然とした。
そして、杏の方へ近づいてくる。
「舎利倉……お前」
「こないで! いやっ!」
叫んだあとで急に立ち眩みがして、その場にしゃがみ込む杏。
「舎利倉さん」
真秀が神崎を押しのけて杏に駆け寄る。
「舎利倉さん、ちょっと我慢してね。すぐ運んであげるから」
「ちょ、ちょっと待てよ」
真秀は何か言っている神崎を無視すると、杏を腕に抱きかかえて立ち上がる。
ーーー
「大丈夫かな、あの子」
「でもお姫様だっこ、いいな」
「あの人なら信頼感抜群だね。絶対落とさないでしょ」
騒ぎに気付いた者たちの野次馬の視線の中、
杏をお姫様だっこした真秀は廊下に出て、保健室に急いだ。
―――――――――――――――
https://www.youtube.com/watch?v=eE6KwIznA0c
飯島真理 - 『セシールの雨傘』
飯島真理さん、この曲はかなり彼女の印象と違うと思う。映像的でリアル。
https://www.youtube.com/watch?v=KV2pnBMXVoo
Aile The Shota / 踊りませんか?
PV必見。失くしたものは戻らないぞ。恋愛は二人でするものです。
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