放課後同好会と帰りの肉まん




 放課後の図書室。杏が重たい扉を押して中に入ると、すでに先輩は奥のメディアブースで待っていた。

 ガラスの仕切りで区切られた小さなその部屋は、遮音されているものの、中の様子はよく見える。


 傾斜した書見台とセットになった小さなモニターが十台ほど並んでいて、放課後になると利用者はほとんどいない。

 今日は杏と真秀ふたりだけの、非公認部室だ。


「ここってさ、メディアは図書室のやつしか観れないし、だから放課後は大抵誰も来ないんだよね」


 真秀はそう言いながら、スマホとアンプ、それに小さなミキサーを机の上に並べていく。

 さらに、プラスチックのマイクまで取り出したのを見て、杏は思わず目を丸くした。


「え、マイクですか?」


「うん、舎利倉さんさ、曲の途中でよく口パクしてるじゃん。だったらもう、マイク使って割り込めば楽しいかなって思って」


「ふーん、わかりました。これ持って話せばいいんですね」


 杏はおもちゃみたいなマイクを手に取ると、お決まりのように口元に近づけて、「マイクチェック、ワンツー」と言って笑った。


「うん、きれいに入ってるよ。じゃあ、さっそく聴こうか」


「はい、わたしからでいいですか」


 ふたりはただおすすめの曲を聴くだけじゃつまらないと、このところは毎回“お題”を決めて選曲するルールにしていた。


 今日のテーマは“楽しい”。

 杏は自分のmp3プレイヤを接続してプレイボタンを押した。


 途中、杏はノートにあらかじめ用意してあった文字を見せてマイクを口元に寄せた。


「先輩、ここはこう歌ってます。《LongShootのゴール・留守の悪戯》」


 真秀は大きくうなずきながら、そのフリップに目を細めて笑った。


 曲が終わると、ふたりは同時にヘッドフォンを外した。


「面白いし、かわいいし、いい曲だね。楽しい!誰?」


「土岐麻子の『私のお気に入り』です。あー、よかったあ。お茶目でお洒落でしょ」


「しりとりってアイディアがいいよね。お洒落でお茶目でカラフル。アレンジもわかってるよね。では、次は僕」


 真秀の選曲、おもわず曲の途中で杏は吹き出した。

 終わってヘッドフォンを外す。


「あはははは、何ですかこの男!」


「クレージーケンバンドの『スポルトマチック』でした。うん、そうだよね、セレブみたいな買い物の夢語っておいて、“金がない”だもん。その後がまた図々しい」


「ほんとろくでなしですね。でも、たぶん“タラシ”で可愛い男なんでしょうねー。女の人、多分本物のセレブだと思うけど、コイツのいう事全部聞いちゃってますもん」


「なるほど、その視点はなかった」


「ところで“スポルトマチック”って何ですか?」


「ああ、これはね、昔のポルシェってガワは可愛いけど、ギヤチェンジが超気難しくて、女の子乗せて走るような車じゃなかったの。それがスポルトマチックっていうセミオートマチックが出て、デートカーでもいけるようになったのね。だからドライブに行きませんか?って歌ってるの」


「へえ。…『プレイバックpartⅡ』の百恵ちゃんの真っ赤なポルシェは、どっちだろ」


「“気ままに運転”してるから、多分スポルトマチックじゃない?」


「ですよねー」




 *****




 ふたりの音楽同好会は、気がつけばあっという間に一時間。スマホのアラームが鳴った


「先輩、楽しかったです」


「うん、僕も。時間も人目も気にならなくていいよね」


「はい。おしゃべりもできるし。先輩、これからもよろしくお願いします」


「ところで、駅まで一緒に帰らない?」


「はい!」



 昇降口から出て、そのまま一緒に歩く。


「先輩、駅西だけど駅までどう来るんですか?」


「うん、電チャリだよ」


「へえ。わたし駅東の住宅街だから徒歩です」


「電車から見えてる斜面の、レゴの家みたいなのが並んでるところ?」


「あはは、そうです。あれ同じような形で、サイディングと屋根の色だけ違う家が何件も並んでるから。目立つんですよ」


「僕、レゴビルダーだから、なんか好きなんだよね」


「へえ」


 ちょっとの間、黙って歩く。


「先輩、先輩のお家ってパン屋さんなんですか?」


「え、うん、そう。よく知ってるね。誰かに聞いた?」


「いえ、あの、優美に撮ってもらったスナップを母に見せたら、先輩の事知ってて」


「あー、お客さんかあ。毎度ありがとうございます」


「いえいえ、あの、わたし、先輩のお店のカイザーゼンメルのサンドイッチ大好きなんです」


「うれしいな。パストラミ、美味しいでしょ」


「はい。最高です」




 途中のコンビニ、外で肉まんを食べている生徒がいる。


「舎利倉さん、おごるから肉まん食べない?僕、お腹空いた」


「え、いいです、わたし自分で」


 かぶせるように真秀が言う


「いいのいいの、僕今、懐が温かいから。って肉まん程度で何言ってんだだけどさ」



 コンビニの前で、ふたりは紙袋から肉まんを取り出した。

 杏はがぶりとかじりつき、ふわふわの皮と熱々の中身に思わず「んまっ」と小さく声を上げる。


「美味しいですね」


「うん、ちょうど食べごろの蒸し加減だ」


「先輩、肉まんにカラシってつけますか?」


「もらえたらつけるよ」


「わたしむせちゃってカラシ、ダメなんですよね」


 そんなたわいない話をしているうちに、駅が見えてきた。ペデストリアンデッキに上がって改札を抜け、ふたり並んでホームへ降りる。


 電車はすぐにやってきた。


「今日のお題、良かったな」


「ですよね!次は先輩の番ですよ」


「じゃあ、“怖い”…どう?」


「受けてたちましょう。ありますありますぅ」


 そんな話をしているうちに、駅に着いた。車内の人波にまぎれながら改札を抜けて、貫通デッキで分かれる。


「じゃあ、また明日」


「はい、さようなら」


 杏は手を振り、東側の住宅街へ。階下に降りるとすぐにスーパーがあって賑わっていた。


 ――昔は西側のが盛ってたらしいけど


 住宅街ができて開発が進んだ結果、東高西低になってしまったらしい。杏は駅西にはめったに行くことはなかった。



ーーーーーーー


今話も挿絵あります。


https://kakuyomu.jp/users/mako_nakamuta777/news/16818622173365056837




https://www.youtube.com/watch?v=gUpsTlINAW8

『私のお気に入り』 土岐麻子


本当に可愛くてお洒落で面白い



https://www.youtube.com/watch?v=drl2JCyiot4

『スポルトマティック』 クレージーケンバンド


わはは、ダメ男が可愛いです


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