第10話 ブランデーおじさんと俺(1)

 ギルドの特性検査は一瞬で終わった。

 俺が裏手に回ればすぐにいくつかの職業を説明され、水晶に手を触れ魔力量を測定する。

 ちなみに俺は普通レベルだったらしく、悲しかな転生特典的なのはない。そもそも同じ身体なのだから作り替えられるはずがない。俺は魔力普通で今後も生きていくしかないのだ。とほほ。

 俺が選んだのはシーフという職業だ。以前も同じ職業だったので、安心して選べた。特に違いないみたいだし。短剣を使えたり魔法も使えたりするので、割と万能職なのではないだろうか。まあ、選ぶ人は少ないが。いかんせん攻撃力が低いため、迫力が無く人気も少ないのだという。便利なんだけどな。


 〇


 キエルに来てから1ヶ月経った。

 俺はギルドで依頼をこなしつつ、美味い飯を味わい甘美な生活を送っていた。お金も程よく溜まり、娯楽にも手を出すようになった頃、ギルドのお兄さんことダンケが俺を呼び出した。

「良く来てくれたね!!」

「何用だよ、そんな騒いで。」

 この1ヶ月で俺とダンケは仲を深めた。ある日は一緒に酒を飲み、ある日は一緒に煙草を吸った。兎に角滅茶苦茶仲良くなった。そして、付き合ううちに気がついた。

 ーコイツ、いいお兄さんぶって本当は性格がクソだ、と。

 女の子からのラブレターを街の掲示板に貼り付けて晒したり、5股したり、後、女から死ぬほど借金してたり。女性関係があまりに酷い。コイツに関わって死んだ女とかもいるらしいと風の噂で聞いた。まあ兎に角、クソ野郎なのだ。女の敵だ。

 だが、俺の友人でもある。女にモテるだけのスペックを兼ね備えているだけあり、話を聞くのは上手いし、面白おかしい体験談も持っている。時々友情に熱いし、胡散臭くも憎めなさがある。俺は女ではないので、多分ちぎって捨てられるようなことはないだろう。多分。

 そんな彼が一体俺に何用だろうか。

「聞いてくれよ!!」

 俺の肩をがっちりと掴んで揺らしてくる。痛い。なまじ力があるので、俺は眉間に皺を寄せる。女の子みたいに優しく扱えとは言わねぇから、もうちょっと優しくしてよ。

「聞かねぇとは言ってないだろ。とりあえず要件話せ。」

 一旦、興奮した様子のダンケを落ち着かせる。

「俺、最近引っ越しただろ?」

「まあ、そうだね。」

「いいアパートなんだけど、最近視線を感じるんだよ。」

「はあ。」

「しかも、時々怒鳴られるんだ。」

「怒鳴られる?」

「そうなんだよ!!向かいのブランデーおじさんが凄い剣幕で怒鳴って来るんだ。つまり、視線はブランデーおじさんに違いねぇ!!」

「ああ、そう。」

 俺は適当に返事をする。

「話ちゃんと聞けよ、ラルク。」

 不機嫌そうにダンケが言う。

「聞いてるさ、でも俺関係ねぇし。それに、ブランデーおじさんって誰だよ。」

 ダンケはポカンとした後、笑いだした。

「あははははは!!お前ブランデーおじさん知らねぇのかよ!!そんな奴、初めて会ったぜ..うへ、あは、あははは。」

 なんだ、やんのかこの酔っ払いめ。

 既に2杯程のエールを飲んでいるダンケは、気持ち悪い笑いを垂れ流している。ついにイカれたか。良い奴だったよ。俺は、そのまま立ち上がって帰ろうとする。今ならエールも飲んでないし、帰ってもいいだろ。

「帰んなよ!!」

 グっと腰に重さを感じて、俺は振り返った。

 涙でベショベショ、鼻水ドバドバのダンケが俺の腰に抱きついている。

「キッショくわりいいい!!!」

「行かないでくれえええ!!!」

「マジでヤダ。離れろ、いますぐ。」

「離れたら、行かないでくれる?」

 キラキラお目目。上目遣い。あれ、ちょっと可愛いかも。

「行かねぇから。離れろ。」

「ほんと?」

「ほんとほんと。」

「じゃあ、離れる。」

 ダンケは離れると、椅子に座り直す。俺はため息をついてから、話を聞く為に座り直した。

 勿論、エールは注文したぜ。酔っ払いの話を聞くんだ、こっちも多少は酔わねぇと。


 ーーー

 ーー

 ー


「ブランデーおじさんって誰だよ。」

「ブランデーおじさんマジで知らないの?」

 驚いた表情でダンケは言う。

「知らないから聞いてるの。」

「ー...冗談じゃないんだ。」

 おい、ボソッと言ったの聞こえてるぞ酔っ払い。

「ブランデーおじさんっていうのは、いつもブランデーを朝っぱらから飲んでるから。ガキんちょ共がそう呼び始めたんだ。そしたら街の皆も呼び出した。」

「んで?」

「俺の向かいに住んでいて、奥さんと子供がいる。」

「ほうほう。」

「さっきも言った通り、俺は最近視線を感じている。んで、毎日俺ん家に怒鳴り込みにくるブランデーおじさんが視線の持ち主なんじゃないかって、俺は考えた。」

「あー、ハイハイ。そんで?」

 ダンケはゴクリと喉を鳴らしてエールを飲む。俺も、1口飲んだ。酔うにはまだ足りない。

「それで、お前に頼みがあるんだ。」

 なんか嫌な予感がする。

「あー、頼みって?」

 ダンケは息を吸って、そして決心したかの様に息を吐く。胸騒ぎがする。

「視線の犯人がブランデーおじさんか調べてくれ。」

「......は?」

 自分が思うよりもずっと低い声が出た。ダンケは怯えたような表情を見せる。

「...いや、だって、ブランデーおじさんしかいないじゃないか。」

「なんで俺が調べにゃならんのだ。」

「そこを何とか!!金は出す!!この通り!!」

 ダンケは俺に頭を下げる。テーブルに額を押し付けてね。赤くなるんじゃないの?それ。

「いや、俺だって暇じゃないのよ?」

「5日間くらいフリーだろ。ギルド職員舐めんな。」

 クソ、コイツ職権乱用しやがって。ギッと奥歯を噛み締める。少し力を入れすぎて、顎が痛くなる。

「でも、俺には別にお前を助ける義理はないけど。」

「そこをなんとかって!!頭下げてるだろ!!」

「頭下げりゃ誰でも話聞いてくれると思うなよ。」

「...そんな事思ってないよ。」

 思ってたな、コイツ。本当にロクでもない。だが、なんだか可哀想になってくる。1ヶ月ちょっとしか付き合いのない俺に頼んでくるくらいなんだ、よっぽど友人がいないのだろう。

「まあ、受けてやってもいいけど。」

「ほんとか!?」

「ほんとほんと。」

「よっしゃああああ!!」

「あ、言っとくけど友人価格ではやんないからね。依頼は依頼だ。」

「チッ...。」

 コイツ舌打ちしやがった。俺はグッと片眉が上がるのを感じる。なんだこの態度。

「で、依頼は受けるとして、お前はなんでブランデーおじさんとやらに怒鳴られてるんだよ。」

「いやぁ、うるさいって。」

「はあ?」

「女の子と遊んでるとね、大体来るんだよ。「うるさい!もう少し静かにしろ!」ってね。」

「......。」

「ちょっとうるさくしてただけなのに。我慢出来ないのかねぇ。」

「...てめぇが100悪いじゃねぇか。」

 俺は今怖い顔をしてるのではないだろうか。眉間に皺が寄り、目がつり上がっているに違いない。

「まあ、悪いのはわかってるよ。でも、今回の視線の件とは関係ないだろ。」

「関係大ありだろ。」

「なんで?」

 呆れた。こいつはギルド職員になるほどの技能を持っていながら、こんなに阿呆なんだ。そういえば、リックスもなんだか変な奴だった。ギルド職員は全員こんな感じなのかよ。

 さっきから俺のため息が止まらない。

「お前の事そのうち衛兵に突き出して、迷惑だから引っ越してくれとでも言うつもりなんだろ。」

「えぇ!?俺引っ越したばかりなのに!?」

「迷惑してんじゃね?」

「うーむ、引っ越しはマズイ...。」

 何やらダンケは考え込んでしまう。

「とにかく、一応ブランデーおじさんについて調べてみるけど期待しないでくれ。」

「おう!」

「んじゃ、俺そろそろ行くわ。」

 眠気が出てきて欠伸をする。

「おー、もう行っちまうの?ちょっち飲んでけばいいのに。」

「いいんだよ。俺はもう眠い。」

「じゃーな。」

「おう、またな。」

 俺はエールの代金を少し置く。それから、騒がしい店内から出るために立ち上がった。

「あ、そうだ。」

 俺が店を出ようとした時、ダンケが呼び止めてきた。

「明日の朝、ギルドに来てくれよ。」

「なんで?」

「少し話があるんだ。」

「あっそう。わかった。行くよ。」

「うん。」

 俺は再び店の外へ出ようとする。今度はダンケも声を掛けず、俺はすんなり店外へ出ることができた。

「ねぇちゃん!もう一杯エール!」

 小さくダンケの声が聞こえる。俺は少し笑ってしまう。まだ飲むのかよ、コイツってね。

 空には星が瞬いている。小さく弱っちい星だ。街だからか、明るさのあまり見れないそれは、なんだか少し寂しそうにも見える。

「転ばねぇようにしないとな。」

 俺も多少は酔っている。足取りは不安定ではないものの、気をつけるに越したことはない。

 相変わらずのクズで最低なダンケ。それでも友人ではある。

「さて、頑張ってみますかね。」

 その言葉は、夜のキエルに吸い込まれていった。

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