第9話 待つって辛い

空は黒い。曇天の下にて、俺はあくびをしていた。もう小一時間待っている。しかし、待ち人は来ぬ。

リックスという男は俺を騙したのか?あんのクソ野郎!!

舌打ちをしようとする。しかし、ロクな音は出なかった。腹ただしさを逃がす場も無く、俺の眉間には深く皺がよっているに違いない。待つのはあまり好きではない。だが、昔は好きだった。


アレはずっと前の秋だったろうか。俺が物を上手く言えるようになった頃、父が村の外へと買い出しに出かけた。朝から出て、帰ってくるのは真夜中だった。その間、母と兄と温かな家の中で談笑して、父が買ってくるお土産を楽しみに待っていた。父がドアをノックする音、抱きついた時に香る煙草の匂い、柔らかな低音のただいま。それを待ち遠しく感じながら、俺は待っていた。待つという時間が好きだった。

余裕の無さは人格に影響を及ぼすらしい。異世界で生きるか死ぬかの選択肢を迫られ続けていた俺は、すっかりクソみたいな性格になっていた。今の俺と会った家族はなんというのだろうか。

悲しむか?怒るか?なんとも情けない姿を俺は家族に晒すに違いない。

「でも...。」

願いはある。謝りたいのだ。勝手に行ってしまってごめんなさい、と。

勘当される可能性はある。この先何か起きないとも限らない。会えない可能性がずっと燻っている。そんな中で、俺は正気を保ち続ける事はできるのだろうか。


「いやあ、すまん。」

悪びれる様子すら無く、リックスは心の籠らぬ謝罪を口にした。こんなにヘラヘラした男がギルド職員などになっていいものなのか。試験なんてそんなもんか。とか思ってしまう。

「いつまで待たせるつもりだったんですか。」

「すぐ来る予定だったんだ。でも、仕事が長引いた。」

長引いたからしょうがないとでも言いたいのだろうか。俺は呆れるように息を吐く。ごちゃごちゃ言ったって、時間は帰って来ない。それならば、さっさとギルドに連れて行ってもらうのが吉だ。

「もう良いです。早くギルドへ連れて行って下さい。」

俺はそう言う。俺は連れて行って貰う立場なのだ、という事を思い出した。

「あいよ。こっちだ。」

リックスと共に歩き出した。


キエルはここシャローベリアス地域の中で、最も大きな街である。ここを中心にいくつもの小都市が連なり、またその周りに集落がある。

明るい石畳と白い壁が特徴的な街だ。内陸ながらも物流に秀でており、国中の珍しいものが集まる。

そんな街の中心近くに、ギルドはあった。

大きな楠の木の柱が目立つ、真新しい建物だ。

「広っ...。」

ギルドの中に入ると、俺は声を漏らした。他の建物に比べて一回り以上大きかったので、それなりの広さを想像していたが、中はそれ以上に広かった。

「んじゃ、俺は案内終わったからもう行くよ。」

リックスはそう言うと、すぐにギルドを出ていってしまった。

「あぁ...。」

せめて受付まで着いてきてくれたって良かったじゃないか。俺はちょっとそう思った。

ギルドには多くの人が訪れていた。俺よりも一回りほど身長が高いやつだっている。俺は凄いチビってわけじゃないんだけどな。少しショック。まだまだ成長期だ。今後に期待する。

そろそろと受付に向かう。なんだか周りの人々全員に見られている気がする。気の所為だが。

「こんにちは。本日はどのような御用ですか?」

何とか受付に辿り着くと、眼鏡をかけた気の弱そうなお兄さんが対応してくれた。ちょっと美人で胸の大きいお姉さんが良かったのに。ほら3つ先の。

「えっと、ギルドに登録?したいんですけど。」

「登録ですね。では、こちらの紙に必要事項の記入をお願いいたします。」

お兄さんは人当たりのいい笑顔で、対応してくれる。爽やかイケメンだな。お年のいったお姉様方にモテそう。

紙にスラスラとものを書く。転生特典とはいいもので、この世界の文字を俺は苦労することなく手に入れていた。

「あの、希望の職業って?」

「ああ、こちらはですね、魔法使いや剣士といった職業を書く場所です。なりたいものを書いていただければ、特性検査にて判断致します。」

「魔法使い...?」

「はい。その言葉通り、魔法を使える者を指します。体内に魔力があれば理論的には使うことが出来ますが、誰でもなれるという訳では無く、得意不得意があります。」

俺はその説明を聞き、この世界に来たばかりの頃を思い出す。確か、大量の雨で殺されかけて...。

大きな帽子に杖。多分彼女が魔法使いとやらなのだろう。

「剣士というのは?」

俺は一応聞いておくことにする。世界ごとに認識の違いがあったら命取りになりかねない。

「剣士とは、剣を極めて戦う前衛職です。極めて命の危険性が高いですが、魔法が使えない人は大体この職に落ち着きます。」

「他の職業はあるんですか?」

「ええ、いくつかありますね。細かい事は検査時にご説明致します。職業欄は希望のものがなければ書かなくても良いですから。」

俺は無記入で用紙を返す。お兄さんはそれを受け取り、目を少し通す。視線が右左と移動するのをジッと見つめる。

「確認致しました。システム説明に移ってもいいですか?」

「え!あ、は、はい。お願いします。」

急に声をかけられて、俺は少し吃る。ちょっと恥ずかしい。

「ギルドに登録された方を冒険者と呼びます。冒険者の方々には、ギルド紀章と呼ばれるものをお配りしています。こちらは身分証明に使用されたり、冒険者割引を宿などでして貰えますので決して無くさないようにして下さい。」

お兄さんはそう言うと、銅板で出来たドッグタグのような形状のものをカウンターにおく。

「冒険者にはランクが与えられます。依頼を1ヶ月以上受けないとギルド紀章を剥奪されますので、お気をつけ下さい。」

「はい。」

「以上で説明を終わりますが、何か質問はございますか?」

「大丈夫です。」

俺はそう答える。

「では、この後特性検査になります。ギルド紀章をお持ちになって、裏手の検査会場までお越しください。」

お兄さんはそう言ってぺこりと頭を下げると、受付奥の職員出口から出ていってしまった。

俺は慌てて、カウンターのギルド紀章を握りしめる。それから首にかけた。チェーンの冷たさがツンと肌を刺す。少し鼻に痒さを感じて掻く。


「銅くせぇ。」


俺はそうつぶやきながら、慌てて裏手へ向かって行った。



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