第3話 :【興味深い新入りたち】

「ちっ、くそっ……全部オフェリア・カリオペとイリアン・ヴァヴェルのせいだよ!リクルーターの数がいつもの五倍近くになってるし、全員あいつらしか見てねぇ!これじゃあ俺の実力がギルドの連中に伝わらねぇじゃねぇか!」

ナエヴァの隣に立っていた若い男が、苛立ちを露わにしてそう吐き捨てた。


「……オフェリア・カリオペとイリアン・ヴァヴェル?」


思わず漏れたナエヴァの声に、男がすぐさま反応し、彼女を見た。

彼は十九歳前後に見える肌の濃い青年で、尖った耳と薄紫の髪、そして葉緑色の瞳を持っていた。


「……知らねぇのか?」

今度は彼が問い返す。


その問いを投げかけたのがナエヴァ自身であることに、彼女は少し戸惑った。

地球にいた頃から、彼女は独り言を口にする癖があり、頭の中で考えたことが無意識に口から漏れてしまうことがあった。


──もう言ってしまったのなら、最後まで聞いてみるか。

そんな風に思い、ナエヴァは静かに首を横に振って応えた。


「ふーん……」

男は一度ナエヴァの全身をじろじろと眺め、その視線にナエヴァは不快感を覚えた。


「お前……イレギュラーだろ?」


「……?」


「やっぱりな」

男は確信したように頷いた。


「その服、やけに目立つじゃん?普通、そういう派手な服って初心者か、よっぽどのランカーしか着ねぇんだよ。けど、ランカーが第一階層にいるわけねぇしな。」


「イレギュラーとレギュラーの見分けって簡単さ。イレギュラーは大抵、タワーの中じゃ見かけない、外の世界の服を着てるんだ。だからすぐ分かる。」


ナエヴァは何も言わずに男を見つめた。

──この男……話が長い。

そう思いながらも、彼女は表情を変えなかった。


「ま、知らなくても無理ないけどな。」


今度は男の視線が、別の方向へと向けられる。

そこには、長い紺髪と黄金の瞳を持ち、東方風の衣装を身に纏った一人の少女がいた。


「ほら、あそこにいるのがオフェリア・カリオペ。カリオペ家って、聞いたことあるか?」


ナエヴァもその少女を静かに見つめた。


「……七つの名家のひとつ。」


「おっ、知ってるじゃん。基本は押さえてるみてぇだな。オフェリアはそのカリオペ家の本家の娘ってわけ。注目されるのも当然だよ。それに、あいつ、チュートリアルの時点でノヴァがオレンジだったらしいぜ。」


「……オレンジ?」


──地球で屠った“パッセンジャー”の中でも、チュートリアル中にオレンジまで達した者は、ごく僅かだった。


青年は頷いた。


「そうそう。あのレベルのやつなら、もう第10層以上にいてもおかしくない。でもまあ、家の教育が厳しかったんだろうな。塔を登り始める前は、自分が生まれた階層以外には行けないって決まりがあるからな。」


「ふうん……」


続けて、青年は少し年下に見える別の少年の方へ視線を移した。ライムグリーンの髪に、深い青緑色の瞳を持つ少年だった。


「そっちはイリアン・ヴェイヴァー。あいつはライオネル・ウィングスってギルドに、スラムから拾われたらしい。才能とポテンシャルでな。5歳からもう大手ギルドに所属してるとか、マジで運だけのガキだよ。」


「そいつもオレンジランクだ。俺はチュートリアルのゾーンが違ったから、実際のところは見てないけど、噂じゃとんでもない活躍をしたらしい。」


彼の話を聞いて、ナエヴァはこの世界についていくつか理解を深めた。


「そう……。教えてくれて、ありがとう。」


「よし。あ、そういえば俺の名前はワイス。見ての通り、ダークエルフだ。お前は?」


「……ナエヴァ。ナエヴァ・ウィンター。」


「ナエヴァか、いい名前だな。せっかく知り合えたし、君が悪いやつじゃなさそうだから、一つだけアドバイスしてやるよ。」


「……?」


ワイスはナエヴァの耳元へ口を寄せ、小さな声で囁いた。


「ここから早く離れたほうがいいぜ。」


「この場所では、あの二人以外にも、お前が目立ってる。イレギュラーってのは、強いとは限らないけど、塔じゃ滅多に見ないユニークスキルを持ってることが多い。……面倒ごとを避けたいなら、イレギュラーであることは隠した方がいい。」


囁き終えたワイスは、バッグの中から紙とペンを取り出し、何かを書き込んだ。それをナエヴァに差し出しながら、にやけた笑みを浮かべる。


「ここに行け。第1層にある、知り合いの服屋だ。あいつは客の秘密を守るのが得意だからな。」


「……ただし、ぼったくられないように気をつけろよ?」


ナエヴァは何も言わず、勝手に手に押し付けられた紙切れを見下ろした。


「……どうして、私を助けるの? あなたには、何の得にもならないでしょう。」


その問いに、ワイスは思わず目を見開いた。ナエヴァのような冷たい雰囲気の女が、そんな素直な疑問を投げかけてくるとは思っていなかったのだ。無視されるかと思っていたのに――


「んー、なんでだろうなぁ?」


にやりと、ワイスは笑う。


「さっき、信じられないくらい綺麗なもんを見せてもらったから。そのお礼ってことで。」


そう言って、ワイスはその場を離れてどこかへと消えていった。


――決して、軽口だけではなかった。


ワイスは本気でそう思っていた。初めてナエヴァを見た瞬間、その人ならざる美しさに、ただただ目を奪われたのだ。


たとえ彼がダークエルフであろうとも、エルフとして育った環境には、美しい者などいくらでもいた。だが、その彼ですら魅了されるほどの存在に出会うのは、人生でもほんの一度か二度だ。


「…………」


ナエヴァは、手元の紙に視線を落としたまま動かない。


誰にも気づかれないまま、ナエヴァの口元がわずかに持ち上がった。

「オフィーリア・カリオペ、イリアン・ヴァヴェル、それに……ワイス、か。」


オフィーリア・カリオペとイリアン・ヴァヴェル、そして他の有望な者たちの周囲に、人々がざわめきながら集まっていく。

その中心から、まるで霧のように忽然と姿を消したひとりの少女がいた。

白で統一された装い、際立つ美貌――

その目立つ少女を誰もが探し回る中、彼女の気配すら感じさせぬまま、姿を消した事実は、彼女の評価を更に引き上げた。

征服者たちの視線を完全にすり抜け、痕跡ひとつ残さず、静かに消え去ったその在り方が――


その頃、初級と上級の征服者たちが集う広場から遠く離れた場所に、巨大な鐘楼の上から人々を見下ろすひとりの少女がいた。

長い銀髪と氷晶のような瞳を持つその少女は、静かに一枚の紙切れを取り出す。


◆ナエヴァ視点


――さっきのダークエルフ、ワイスって言ったっけ?


オフィーリア・カリオペやイリアン・ヴァヴェルとは違う次元の存在みたいに話してたけど……

あの子も、彼らに全然負けてなかった。


成人にも満たない年齢で、すでに橙の段階に到達しているなんて――


オフィーリア・カリオペ(16)、カリオペ家の直系。

イリアン・ヴァヴェル(18)、ライオネル・ウィングスのギルド所属。

それに、名も知られていない(たぶん)ダークエルフの少年(19)。


私はこれまで、地球に降りてきた多くの「パッセンジャー」を殺してきた。

大貴族や五大ギルドの子息を討ったことも一度や二度じゃない。

でも――

二十歳未満で橙ノヴァに達している者を、『あの子たち』以外に見たのは、初めてだった。


……どうやら、この世代のパッセンジャーは、随分と粒ぞろいのようね。


ふと、過去の記憶が胸をよぎる。


「――そうだったわ。私は今……とうとう塔の中にいるのよね。」


どうしようもないほど儚い笑みが、自然と浮かぶ。


馬鹿な私……


どうして忘れていられたんだろう。


この場所は――

一万年前から、私がずっと憧れていた場所なのに。


変わることのないこの手を見つめながら。


「私は……自分のことばかりに気を取られて、あの子たちのことを忘れていた……」


彼らは、私がここにいることを知ったら、きっと怒るだろう。

時空すら越えて再び繋がれるというのに、私は彼らのことを、思い出すことすらしなかった。


――生と死。


ユキナ、あなたにとっては……どちらのほうが、大切?


「…………」


「…………死ぬ前に、一目だけでも会わなくちゃ。」

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