ドラゴンに転生って、いったいどうすれば良いの!

 世界は不思議なもので溢れている。

 そもそも、不思議とは――思っている者が単に理解できないだけで、客観的には案外大したことがない、などということはままあるものである。

 例えばそうだなぁ。

 鉛筆の先を摘むとする。

 それを地面に平行になるように傾ける。

 そして、上下に軽く振る。

 するとどうなるか?

 堅いはずの鉛筆が、くにゃりにゃりと柔らかに曲がるように見える。

 ふむ、不思議だ。

 分からない人間にとっては不可思議であり、知らない者にとってそれは、下手をすると魔術の類ではないかと思ってしまう。

 いや、本当に。

『ラバー・ペンシル・イリュージョン』と呼ばれるそれは、不思議であるものの人間の認識構造上の問題で起こる。

 知ってしまえばなるほどである。

 仮に、説明が分からなくても、周りの皆が『なるほどなるほど』と言っていれば、それを不思議ではなく普通として受け入れてしまう。

 まあ、そんなものである。


 ……などと、小説の主人公ぶってみたところで、現状はなにも進展しない、か。


 わたしはちらりと森に囲まれた場所にある、小さな池を覗く。

 綺麗に透き通ったその水面に映るのは――貧乏女子中学生なわたくし、ではなく……。


 ドラゴンであった。


 いや、ドラゴン(?)かな?

 子供のドラゴン、かもしれない。

 鰐のように前に伸びた口の、その先に鼻があり、その上には尖った角がある。

 大きく、やや切れ長い目、両側頭部から流れるようにこれまた角が生えていた。

 首を傾げたりして確認したんだけど、その角は、ただまっすぐ伸びているのではなく、先が内側に曲がっていた。

 一見するとトカゲにも見えるけど、体は哺乳類の様に毛に覆われ、柔らかで温かい。

 そのモフモフの体毛は白い――白竜? なのかな?

 三本の指に尖った爪、後ろを振り返ってみると、背中にはコウモリのような形の真っ白な翼が生えていて、腰からは細長い尻尾が伸びていた。

 周りの――森に生えている木々が、実は世界樹レベルに馬鹿でかいものでなければ、だいたい一般的な大人の猫ぐらいのサイズか。


 ……。

 なんじゃこりゃぁぁぁ!


「ガンガガガァァァ!」

 ?

「ガ、ギャ?」

 あれ?

 喋ることも出来ない。

 何なのよこれ!?

 などと大騒ぎをしていると、池を挟んだ向こう側にモコモコした何かが駆けていくのが見えた。

 はぁ?

 初めに横切ったのはウサギのような何かだ。

 ウサギと断定しなかったのは、その額に宝石? が生えていたからだ。

 次に横切ったのは、馬だった。

 馬……っていうか、一角獣ユニコーンだった。

 一角獣ユニコーンはこちらをチラリと見ると、慌てた感じで去っていった。

 次に横切ったのは犬だった。

 犬……だけど、二足歩行をしていた。

 知ってる、名前は知らないけど、なんか知ってる。

 そいつもこちらを見ると、悲鳴を上げながら逃げていった。


 ……これってさぁ。

 あれじゃないかな?

 異世界転生系のあれじゃないかな?

 いや、でもトラックにはねられた記憶なんて無いんだけど!?


 転生……。

 ドラゴン……。


 とりあえず、前転をしてみた。

 ……ゴロゴロと転がることもなく、むしろ、尻尾が邪魔して、一回しか回れなかった。


 ……。


「ガガァーガガ、ガーグ!(ステータス、オープン!)」


 ……なにも出てこなかった。


 鳥のものらしき鳴き声が遠くから聞こえ、猿? らしきものが木々を行き交う音が聞こえた。


 どないせいっちゅうんだぁぁぁ!


 思えば、異世界転生ものの主人公って、その多くは優遇されている。

 神様やら女神様やらが状況を懇切丁寧に説明してくれて、スキルやら、武器やら、お金やら、道具やらを与えてくれるのだ。

 しかもである。

 転生後にも何かとやってきて、色々世話を焼いてくれるときたものだ。


 暇人か!

 神様なのに暇人か!


 挙げ句の果てに、ステータスボードである。

 なんやそれ!?

 自分のスキルが一目で分かったり、訓練すると、その上達が数値化されていたりとか、何やそれ?


「ががががぁぁぁ!(羨ましぃぃぃ!)」


 ハァーハァーハァー


 頭にきたら、何故かエセ方言が出てしまった。

 いや、本当にどうすれば良いのか分からないんだけどぉぉぉ。



 わたしはすでに三日ほど森の中をさまよっている。


 ドラゴンとはいえ、腹は減るようで、ろくなものを口にしていないわたしは、すでにふらふら状態である。

 ここは森であり、何かしら食べ物はあると思ったけど、正直、ここまで大変だとは思わなかった。


 まず初回が良くなかった。


 グレープフルーツっぽいものを発見したわたしは、意気揚々ともぐと皮に爪を立てた。

 ドラゴンの爪は固い皮を剥くのに向いてるなぁなんて呑気に思っていると、突然、黄色い皮から黒色の何かがブワァっとわき始めた。


 それは蟻のような虫だった。


 イヤァァァ!

 わたしはそれをぶん投げた。

 わたし、貧乏中学生だったけど虫は大の苦手なの!

 小さいのも大きなのも蝶のような綺麗系も、鈴虫のような風流系のものも全部全部駄目!

 小学校の頃、男の子に、昆虫の死骸を教室の机の中に大量に入れられたことがあった。

 わたしはそれを見て卒倒し、その拍子に後ろの子の机に頭をぶつけ、救急車が呼ばれる大騒ぎになったぐらいだ。

 そんな訳で、果物を採る気にもならず、ならばと葉っぱを池で洗ってから食べた。

 そこらの木の葉っぱで美味しくはないだろうが、とにかく何かをお腹に入れたかったのだ。


 その葉っぱ、もの凄く不味かった。

 どころか、急激にお腹が痛くなった。

 そこから一日、もがき地面を転がる羽目になった。

 ようやく、動けるようになると、ふらふらと森をさまよった。

 植物が駄目なら動物なのだが、はっきり言って無理だ。

 ドラゴンになったとはいえ、現代日本の女子中学生に狩りなどできない。

 仮にうまい具合に捕まえられても、どうやって食べればよいのだ。

 生なんて無理だし、かといって調理器具も無い。

 貧乏だからといって、特殊なサバイバル術を身につけているわけではない、中途半端な女子中学生がどうすれば良いというのだ。


 絶望しかなかった。


 因みに、今のところだが他の獣に狙われるということはない。

 曲がりなりにもドラゴンだからか、肉食獣っぽいのにも遭遇したけど、目が合うなり逃げていった。

 それでもまあ、死んだら抓みにくるんだろうなぁ。

 自然の循環サイクルとはいえ、元人間的には気持ちの良いものではない。

 ちくしょぉぉぉ!

 ふと見ると、牛っぽい何かが木の皮をむしゃむしゃ食べていた。

 木の皮かぁ、美味しいのかなぁ?

 あまりにもお腹が減りすぎていたので、とりあえず食べてみることにした。

 ふと見ると、あの牛っぽいのが食べた後なのか、木の皮が中途半端に剥がれたものがあった。

 ふむ。

 わたしはそれを手で抓み、えい! と引っ張った。


 子蜘蛛が何十匹も溢れてきた。


 いやぁぁぁぁぁぁ!

 わたしは無我夢中で走った。

 坂を上り、坂を下り、もうがむしゃらになって駆け抜けた。


 もういやだぁぁぁ!

 こんな世界、もうやだぁぁぁ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る