第4話 傷心

 9月22日、国連防衛海軍訓練学校日本支部。国連防衛海軍日本総司令部に直結する特別訓練学校。防衛海軍発足と同時に開校され、現在では日本各地の20歳以上の男女の78%前後の若者が入学している。学科は、前線で活躍する戦闘員や航空隊員を育成する戦術科、戦艦の運航や航海の指導する航海員を育成する航海科、看護や航海中の生活管理を行う船内事務員の育成を行う生活科、戦艦や特殊兵器の開発を行う技術員を育成する技術科、戦艦の動力となる機関部の技術員を育成する機関科、通信システムや情報管理を行う通信班員を育成する通信科の6学科に分けられている。射撃訓練や深海耐性強化訓練などは必修科目として全学科共通で行われる。卒業生の内、6割は研修なしで実践投入される。

 校内のプールでは必修科目とされる水泳の20分完走が行われていた。出席しているのは各学科の男子生徒たち。1人の男子生徒が、群を抜いた速さで泳いでいる。教官の手元のタイマーが鳴る。

「終了!上がって良いぞ。」

各生徒が近くの岸からプールサイドに上がる。太ももから肩に向かって全身を叩いている。教官が整列している生徒たちの前に立つ。

「本日はここまで。各自持ち場に戻り、十分休養するように。では解散。」

生徒たちが更衣室に向かって歩いていく。教官が1人の生徒に近づいていく。先ほど群を抜いた速さで泳いでいた生徒である。

「すごいな明、また新記録だぞ!さすがは大和昇一等海尉の弟さんだ。将来は兄さんぐらいの軍人になるかもな。」

昇の弟・明は照れ臭そうに頭をかく。

「いえ。自分なんか、兄に比べればまだまだ。ですが、兄に並べるような立派な男になろうと思います。」

「そうか。まぁ、期待しているよ。」

教官は明の肩を叩いた。明が更衣室に向かって歩き出すと、前から白いバスタオルが投げられた。明はそれを顔で受け止める。バスタオルを投げたのは明と同期の航海科の学生の三好大介だった。2人は入学当初からの親友である。成績は互いに優秀だが、講義の成績に関しては三好の方が若干高い。

「さすがだ。陸上じゃ互角だが、海の中じゃお前の方が一枚上手だな。」

「三好。」

明は投げられたタオルで長い髪と濡れた体を拭く。2人は更衣室で制服に着替える。制服の海軍の隊員服と同じデザインであり、袖と襟のラインの色が学科ごとに異なる。戦術科は赤、航海科は緑、生活科はピンク、技術科は青、機関科は橙色、通信科は黄色となっている。明は赤のラインの制服に着替え、三好は緑のラインの制服に着替える。三好は明に話しかけた。

「なぁ、大和。今日は確か兄さんたちの艦隊が帰還する日だな。」

「ああ、それが…」

明の声のトーンが落ちた。重々しく更衣室のロッカーを閉める。

「実はまだ兄さんから何の連絡もないんだ。いつもだったら、帰還するときに俺のところに一報あるはずなんだが。」

2人の耳に別の生徒の声が聞こえてきた。

「おい!第一艦隊が帰還したそうだぞ。」

「まじか!出迎えてやろうぜ!」

その声を聞いた更衣室にいる生徒全員が、総司令部の地下ドックに走って向かった。明と三好の2人もドックへと向かった。

 地下ドックには人混みができていた。訓練学校の生徒がほとんどだが、中には戦艦の整備士たちも集まっている。明と三好は人混みをかき分けて、ドックの中心へ向かう。

「嘘だろ…。」

明が目にしたのは、敵のミサイル攻撃を受け、艦体がひどく傷ついた敷島一隻であった。明はあたりを見渡し、必死にわだつみを探すが見つけることはなかった。敷島の船内からは乗組員たちが降りてきていた。中にはタンカに乗せられた重傷の隊員もいる。

「ほらほら、道を開けんか!」

人混みの中から声がした。明は振り返って声のする方を見ると、白衣をきた背の低いはげた年寄りの医者であった。見た目に反して、元気に動いている。胸元の名札には『国連防衛海軍日本総司令部軍医 能登倉造』と書かれていた。能登は助手と思わしき看護婦を2、3人連れて敷島の船内へ入っていった。明は敷島の船内からは出てきた人物を見る。出てきたのは千鶴であった。

「千鶴さん!」

明は千鶴に駆け寄る。千鶴はほとんど怪我しておらず、怪我をした乗組員を担いで降りてきていた。

「明くん!」

千鶴が明に気づいた。

「あの、兄は!昇兄さんはどうなったんですか!」

明は必死に問いかけた。それを聞いた千鶴は、下を向いた。

「ごめんなさい…」

千鶴は声を震わせて言った。そのまま、乗組員を担いで医療班の待つ所へ歩いていった。明は再び敷島の搭乗口を見る。すると今度は能登に担がれた高倉が降りてきた。高倉は腕を負傷していた。

「先生。わしに構わず、他の乗組員たちを…」

「何を言うんじゃね!艦長はまず自分の体を大切になさらんと!」

明は高倉を見ると真っ直ぐと歩いて、高倉に近づいていった。

「お、おい大和。待てって。」

三好の静止も聞かずに、明は高倉の近くに走って行った。明は高倉の前に仁王立ちした。

「こら!どかんか!」

能登が明を退けようとすると、高倉が能登を止めた。

「構わんよ。君は?」

高倉は明を見つめる。明はふと我に帰ると、右手の拳を胸に当てて、所属を名乗った。

「自分は国連防衛海軍訓練学校3年の大和明です。」

“大和”と言う名字に高倉の表情が、一瞬強張った。

「あの兄の船は?わだつみはどうなりましたか?」

明は身を乗り出して、高倉に聞いた。すると高倉は、千鶴と同じように顔を下に向けた。能登は高倉を担いでゆっくりと歩き出した。

「君の兄さんの死は決して無駄にはせん。」

明の横を通り過ぎる時、高倉はつぶやいた。その言葉を聞いた明は高倉の方に振り返った。

「どうして!どうして、兄さんを連れて帰ってくれなかったんですか?仲間を1人でも連れて帰るのが、指揮官の役目じゃないんですか?」

明の言葉は、地下ドック内は響いた。明に人々の注目が集まった。高倉も足を止めた。

「すまん…」

ただ一言言い残すと、能登と一緒に医療班の待つ所へ歩いていった。明は言葉を失った。無意識に涙が頬を垂れる。

「大和…」

三好が立ち尽くす明に駆け寄る。明はその場に倒れ込んだ。声には漏らさず、唇を噛み締めて泣いている。ふと明は、床に落ちている紙に目をやった。明は拾ってその紙を見る。よく見ると、その紙は写真だった。写っているのは、高倉と明と同い年ぐらいの若い青年だった。写真の裏には『英雄』と書かれていた。

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