第3話 さらばわだつみ
敵艦隊を包んでいた閃光と爆音が徐々に止んでいく。高倉たちは止むのを防ぐように、敵艦隊中心部への攻撃を強める。しかし、高倉たちの努力むなしく閃光と爆音は小さくなっていく。海底を埋め尽くした粉じんは晴れてくる。その先で待ち浮くていたのは、あの黒い鉄の”塊”であった。不気味なカラスのくちばしが、再び姿を現す。
「前方に新たな敵艦隊!数は…予測不能です!」
敷島のレーダー担当がソナーを見て、戦慄した。ソナーに表示される敵艦隊を示す点が増殖を始めていた。増殖は止まる様子はない。
「まだこんなに隠れていたなんて!」
千鶴は机を強く叩いた。その音が敷島の艦橋に響き渡る。乗組員たちの背中に鳥肌が立った。再び冷たい緊張が艦橋を締め付ける。高倉は艦橋の窓から外を眺める。外では、高倉の艦隊が敵艦隊の攻撃に苦戦した。敵艦隊の魚雷は次々と高倉の艦隊の戦艦を貫き、破壊していた。必死に魚雷から逃げようとするも、動力部から燃料が漏れているため加速できない護衛艦は、そのまま敵の魚雷にまっすぐ貫かれた。高倉は、こぶしを強く握る。あの時、全艦に直進を命じた結果が今の惨状を招いているからだ。高倉の手袋は汗でびしょびしょに濡れている。
「前方から魚雷、急速接近!」
敷島のレーダー担当が叫んだ。高倉は我に帰り、外を見る。すると、一発の魚雷が真っ直ぐ敷島に向かってきてきた。魚雷はそのまま敷島の機関部へ直撃する。直撃の強い衝撃が、敷島の艦橋を大きく揺らした。席に座っていた者全員が床に倒れ込んだ。明かりが白い作業灯から赤い非常灯へと変わった。艦内にブザーが鳴り響く。
「隔壁封鎖!」
千鶴は床に倒れ込みながらも叫んだ。
機関室では、機関長の山本が避難誘導を行っていた。
「急げ!隔壁が封鎖されるぞ!」
機関部員は急いで機関室の外へ走る。機関室には海水が流れ込み、エンジン動力炉が炎上していた。海水と炎が混じり合い、空気は酷く汚れていた。隔壁が動き出した。山本は大急ぎで怪我をした機関部員を担いで、隔壁を抜けた。バンと隔壁の閉まる音がした。廊下には隔壁を抜け出した乗組員たちでごった返している。「う!」と山本は右腕を押さえた。
「おやっさん!」
近くにいた副機関長が山本に駆け寄った。腕を見ると爆発で飛び散った機関部品の破片が刺さっていた。心配する副機関長の手を山本は腕から払いのけた。
「心配するな!このくらい!」
山本は威勢よく答えた。だが額から大粒の汗が垂れ、乗組員共通の白い服には血が滲んでいた。
艦橋では倒れこんでいた乗組員たちが座席に捕まりながら、立ち上がっていた。計器類は針が「ERROR」を表示している。非常灯のため、手元がよく見えていない。高倉も艦長席の背もたれに捕まりながら、ゆっくりと立ち上がった。
「ああ、艦長!」
千鶴も自身の席の背もたれに捕まりながら、立っていた。高倉は痛む脇腹を抑えながら、艦長席に座った。
「わしは大丈夫だ。それより味方はあと何隻残っている?」
「は、はい。すぐに確認を。」
近くで聞いていたレーダー担当がソナーに目を送った。次の瞬間、レーダー担当は絶望したように椅子に座った。
「味方は…本艦を除いてあと一隻のみです…。」
それを聞いた艦橋の全員がその場で固まった。
「誰の船だ?」
高倉はレーダー担当に聞く。レーダー担当は再びソナーに目を送り、確認する。
「駆逐艦わだつみ。大和大尉の船です。」
誰もがその報告に納得した。わだつみは敷島と共に数々の激戦を乗り越えてきた。そしてその度に、敵の攻撃からたった一人生き残ってきていた。報告を聞いた高倉は1度目を閉じる。そしてすぐに開くと、手元の無線機を取った。
「全艦に通達。我々はこれより現海域を離脱、本部へ帰還する。」
敷島の船内の乗組員はまるで玉音放送を聞くように、黙ってそれを聞いていた。誰も意を唱えるものはいない。怪我人でごった返した廊下で壁に寄っかかっていた山本も神妙な表情で聞いた。
「進路、反転180度。」
高倉は航海長に命令した。航海長は座席に座り、舵を強く握った。
「進路反転、ヨーソロー。」
航海長が舵を切る。敷島は敵艦隊に艦尾を向けて、全速力で後退した。しかし艦尾から煙が噴き上げ、燃料が漏れ出している。全速力でも行きに比べるとかなり減速している。敷島の艦橋の沈黙を破るように、ビデオパネルにわだつみの昇が映し出された。
「提督、自分は反乱を起こします。」
昇はまっすぐな目で言った。次の瞬間、帰投する敷島に交差して、わだつみが敵艦隊の方に向かっていった。昇の言葉の意味を理解した高倉は慌てて無線機を手に取った。
「大和、命令だ。わしに続け。」
高倉は必死に説得する。しかし昇の表情は揺らがない。真っ直ぐとした目で、敷島の艦橋を見つめていた。
「提督、ここで撤退したら今日までに散っていた仲間たちに顔向けできません!」
昇の言葉は高倉に強く刺さった。高倉は心の中で何か揺らぐのを感じた。しかし高倉の姿勢は変わらなかった。
「・・・いいか、大和。お前の気持ちもわかる。だがここで全滅したら地上を守るものがいなくなってしまう。明日のために今日の屈辱に耐えろ。」
「提督!もう我々には明日を待つ時間はありません!自分の反乱を許してください。」
ビデオパネルから高倉を見つめる昇の目に揺らぎはなかった。高倉はビデオパネルの昇に静かに頷き、無線機をゆっくりと置いた。
「待って!昇!」
千鶴が立ち上がった。左手の薬指を握りしめていた。そこには昇との婚約指輪がはめられていた。
「千鶴、すまない。お前との結婚をお預けにしちまって。だが俺は必ずお前の元に帰ってくる。それを信じて待っていてほしい。」
千鶴は肩を震わせ、無意識に垂れた涙が頬を濡らしていた。薬指を握る力を強くなっている。
「約束よ。絶対に帰って来なさい。」
口調とは異なり、千鶴の昇を見つめる目は震えていた。昇は微笑みながら、千鶴に向けて敬礼をした。ビデオパネルにノイズがかかり、画面が暗転した。わだつみは敵艦隊の中心に進んでいく。わだつみの全砲門からミサイルが放たれる。敵はその何倍ものミサイルをわだつみ一隻に一斉に放つ。誰が見ても結果は見えていた。避けきれずに敵のミサイルに蜂の巣にされたわだつみは、暗い深海へ沈んでいった。
「わだつみ、レーダーから…消えました。」
敷島の艦橋でレーダー担当が言った。艦橋にいる乗組員たちは下を見つめた。高倉はただ黙っていた。感情を抑える高倉とは対照的に、千鶴は両手で顔を覆い、すすり泣いていた。
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