第8話 追憶の扉



 どこか、現実とは違う場所。


 それなのに、あまりにもリアルすぎて、夢だとは思えなかった。


 私は見知らぬ建物の前に立っていた。その扉の奥には、「もしもの世界」が広がっている。過去を見た。中学生の私は母の不倫を止めようとし、21歳の私は親友の自殺を阻止しようともがいた。でも、何も変えられなかった。


 ただ、見ているだけだった。


 そして——私は「未来」を見たいと願った。


 その時だった。


「未来は……見ない方がいいよ」


 低く響く声。振り返ると、そこに立っていたのはずっと背景の一部だと思っていた作業着姿の男。モブのように何度も現れていた彼が、今はまるで夢の番人のように静かに佇んでいた。


「特に、ここからの列は」


 暗い目に、ゾッとする。彼はここから抜け出せないのかもしれない——そう思うと、妙な哀れみが湧いた。でも、それでも私は未来を知りたかった。


「もしもの未来を知れば、人生の対策になる——そう思わない?」


 そう呟きながら、私は扉に手を伸ばした。


 ──未来の扉


 目を開いた瞬間、世界が変わっていた。


 清潔な薬局の受付。高い視点。手元を見ると、大きな男性の手——これは私の身体ではない。


 目の前に、白髪が目立つ母が立っていた。

 自分の親の年老いた姿に、 言葉が詰まる。


「どうされました?」


 声を出すと、母は静かに笑った。


「娘が病気で死んでから、ちょっとした症状でも薬が手放せないの」


 世界が揺れた。


 この未来は、私が死んだ後の世界なのか?


 母の手が震えている。その姿を見た瞬間、胸が締め付けられ、涙がこぼれそうになった。でも、今の私は赤の他人の身体を借りているだけ——母には私だとわからない。


 その距離が悲しくて、間接的に感じる母の温もりが愛しくて、涙が止まらない。膝をついた私を、同僚らしき人物が手を引いて移動させてくれた。


 どうにか涙を堪えて問うた。


「娘さんは……なんの病気で?」


 母は、ただ悲しそうに微笑むだけだった。


 ——答えはない。


 耐えられなくなって、母に抱きつこうとしたその瞬間——目が覚めた。

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