​第3話 偽りの癒し薬


 ​【視点:お松】


 ​あたしのスマホが、ひっきりなしに震えている。


 画面に表示されるのは、コラボ予定の企業担当者やイベント関係者からの問い合わせを示す通知ばかり。

 そのどれもが、寧々に関するネット上の噂について、遠回しに、しかし確実に真偽を問うてくる内容だった。


 ​「大丈夫。 寧々はそんな子じゃない。

 これは悪質なデマだ」


 ​あたしは歯を食いしばり、マネージャーとして毅然きぜんと対応する。

 だが、電話を切った後、ソファで膝を抱えて小さくなっている親友の姿を見ると腹の底から黒い怒りが込み上げてくるのを止められなかった。


 ​あんなに輝いていた寧々の瞳から光が消えかけている。 日に日に増えていく誹謗中傷のコメントは、まるでしつこい泥のようにあの子にまとわりつき、心をむしばんでいた。


 あんなに楽しそうに企画を考えていた配信も、今ではどこか怯えているように見える。


 ​「あたしは寧々を信じてる。

 あんなデマ、どこのどいつが流したって絶対に許さないから」


 ​震える肩を、あたしは力強く抱きしめた。

 慰めるだけじゃ駄目だ !

 こんなものは、ただの気休めにしかならない。

 この濁流を断ち切るには、その水源を突き止めて破壊するしかない。


 あたしはスマホを手に取り、恋人である利家にメッセージを送った。


 ​『利家、力を貸して。プロの技術が必要なの』


 ​すぐに、『任せて』という短い、けれど何よりも頼もしい返信が来た。

 犬の嗅覚より、プロの技術の方が確実だ。


 あんたを傷つける見えない敵の正体は、あたしが必ず暴いてやる。

 だから、それまで何とか持ちこたえておくれよ、寧々。


 ◇


【​視点:好色藤吉郎】


 ​許せねえ!


 俺の、俺たちの寧々様を、根も葉もない噂で傷つける奴はどこのどいつだ!


 俺は自室のPCの前で、怒りにわなわなと震えていた。 SNSで「#ふわもこ寧々を信じてる」というハッシュタグを付けて応援のメッセージを投稿してはいるが、焼け石に水だ。

 悪意の濁流は、俺一人の声などたやすく飲み込んでいく。


 ​「くそっ、俺に、もっと力があれば……!」


 ​いてもたってもいられず、俺は独自の調査と称してネットの海を彷徨っていた。

 だが、匿名掲示板に溢れる無数の情報に翻弄され、空回りするばかり。

 悔しさと無力感に唇を噛み締めていた、その時だった。


 ピコン、とSNSのDMに通知が入った。

 見知らぬアカウントからだ。


 ​『はじめまして。好色藤吉郎さんですよね? 突然のご連絡失礼します』


 ​警戒しながらもメッセージを開くと、丁寧な言葉が綴られていた。


 ​『あなたも寧々さんのことで心を痛めているのですね。私も彼女のファンの一人として、今回の件は看過できません。 実は、犯人の心当たりがあるんです』


 ​なんだと!?

 俺は食い入るように画面を見つめた。そのアカウントは、いかにも寧々に同情的な言葉を並べ、最近寧々とコラボした別のV-Tuberの名前を挙げた。


 曰く、その人物は寧々の人気をねたんでおり、今回の騒動が起きてから不審な動きを見せていると。

 もっともらしい状況証拠まで添えられていた。


 ​「こいつだったのか……!」


 ​単純な俺は、その言葉をいとも簡単に信じ込んだ。

 親切なファンが、俺にだけこっそり真実を教えてくれたのだと。

 義憤に駆られた俺は、後先も考えずに行動してしまった。


 ​「緊急配信! 寧々様を陥れた卑劣な犯人を、この俺が断罪する!」


 ​俺は感情の赴くままに配信を開始し、DMで得た情報を元に、そのV-Tuberを激しい言葉で非難した。

 これできっと、寧々様の疑いも晴れるはずだ。


 俺は正義を執行した気でいた。


 だが、それこそが敵の仕掛けた巧妙で、残酷な罠だったのだ。


 ​配信後、ネットの空気はさらに悪化した。


『ふわもこ寧々、ファンをけしかけて同業者を攻撃させてたのか』


『ファンネル飛ばすとか最低だな』


『やっぱり性格悪いって噂は本当だったんだ』


 ​俺の行動は、寧々様を助けるどころか、「ファンを操って無関係な人間を攻撃させた、陰湿なV-Tuber」という、新たな汚名を着せる結果になってしまった。


 ​「あ……あぁ……」


 ​スマホの画面に並ぶ、寧々様への新たな罵詈雑言。


 俺は、俺はなんてことを……


 良かれと思ってやったことが、寧々様の傷口にさらに塩を塗り込むどころか、薬だと偽って猛毒の唐辛子味噌をねじ込むような真似をしてしまったんだ!


 俺はその場に崩れ落ち、ただただ自分の愚かさを呪うことしかできなかった。


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