第2話 背負わされた枯れ柴
【視点:腹黒 家康】
俺の部屋には窓がない。
唯一の世界との接点は、デスクに並べた複数のモニターから放たれる無機質な光だけだ。
その中央に映し出されているのは、今日も無邪気な笑顔を振りまくウサギの顔「ふわもこ寧々」……か。
画面の向こうから聞こえてくる
可愛いだけの、中身のない張りぼて人形。
ああいう女が、生まれ持った容姿というアドバンテージだけで、何の苦労もなく人気を得ていくのが俺は何よりも許せない。
モニターの光に照らされた俺のタヌキ獣人としての顔は、きっと酷く歪んでいることだろう。
だが、最初からこうだったわけじゃない。
信じられるか?
俺も昔は、あいつのようになれると、本気で信じていた時期があったのだ。
タヌキという地味な見た目を補うため、誰よりも文献を漁り、データを分析し、面白い企画を考え抜いた。
ニッチな歴史解説チャンネル。
それが俺のスタートだった。
寝る間も惜しんで動画を作り、少しずつだが着実にファンも増え始めていた。
手応えは、確かにあった。
だが、ある日を境にすべてが壊れた。
俺のチャンネルが少しだけ注目され始めた途端、どこからともなく湧いて出た匿名のアカウント群が、一斉に俺を叩き始めたのだ。
『声が陰気』
『タヌキのくせに偉そう』
『こいつの解説、全部デタラメだろ』
容姿を嘲る言葉。
根拠のない誹謗中傷の嵐。
俺が何年もかけて築き上げてきた努力と情熱は、心無い言葉の暴力にいとも簡単に踏み潰された。
信じていたはずのファンも、面白半分に石を投げる側に回ったり、黙って去っていったりした。
絶望が俺の心を黒く塗り潰した。
真面目にやっても無駄だ。
正攻法が通じないなら、邪道を行くまで。
俺はチャンネルを作り変え、他人のスキャンダルを暴き、ゴシップを垂れ流す炎上系V-Tuber「腹黒家康」に生まれ変わった。
俺を傷つけたこの世界と同じように、言葉のナイフで他人を切り刻む。
皮肉なことに、そうやって活動を始めてからの方が再生数も注目度も、そして収益も格段に上がった。
世間なんて、所詮そんなものだ。
因幡寧々
あいつの眩しすぎるほどの純粋さは、俺の抉られたままの古傷を、鈍い痛みと共に思い出させる。
だから、壊してやりたい。
俺が味わった絶望と孤独を、あいつにもたっぷりとくれてやる。
俺は使い慣れたキーボードを叩き、何十とある匿名アカウントの一つにログインする。
それぞれに年齢、性別、口調といった詳細なペルソナを設定済みだ。 こいつらは俺の忠実な兵隊だ。
「さあ、始めようか」
まずは小さな火種だ。
先日投下した『昔は別の名前で活動していた』というデマ……これに油を注いでやる。
寧々の過去の配信アーカイブを片っ端から見返し、ほんの些細な失言や、少し表情が曇った瞬間を切り抜いていく。そして、全く違う文脈の字幕を悪意たっぷりに被せ、短い動画に編集するのだ。
『【悲報】ふわもこ寧々、コラボ相手を陰で見下す?
問題のシーンがこちら』
『ファンからのプレゼントを「趣味じゃない」と一蹴か』
完成した毒薬を、複数のアカウントを使って時間差でSNSに投下していく。
最初は寧々のファンを装い、「こんな噂があるんだけど、信じたくないな…」と同情的に。
次にアンチとして、「ほら見ろ、やっぱり本性はこれだ」と攻撃的に。
そして、何も知らない第三者を装って、「え、マジ? ちょっと引くわ…」と拡散を促す。
ネットという広大な枯れ野原では、一度火がつけば、あとは勝手に燃え広がっていく。
俺が作った偽りの物語に、真偽も確かめずに飛びついた人々が、正義の執行者を気取って石を投げ始める。
モニターの向こ側で、寧々の笑顔が翳り、配信のコメント欄が少しずつ荒れていくのが見える。
そうだ、もっと苦しめ。
お前が何の疑いもなく背負っているその「人気」という名の枯れ柴に俺が今、「デマ」という名の火をつけてやったんだ。
カチ、カチ、カチ……。
俺は乾いた笑みを浮かべ、マウスをクリックする。
燃え盛る炎は、まだ始まったばかりだ。
せいぜいその熱さに、もがき苦しむがいい。
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