3日目


「470…471っ…ゼェ、ゼェ。」


宿屋の人から水が大量に入った大樽を貰い、それを、背中に乗せて(ギルウィさんに手伝ってもらった。)部屋の中で腕立て伏せを始めていた。


私…こう見えても、アウトドア派なんだぜ?


【私はインドア派ですから、理解に苦しみますよ。】


案内役兼解説役の癖して、私の旅に付いてこない時点でお察しだよ。


【そ、それは…お仕事の業務外なので致し方ありません。あーあ。行きたかったー。】


取って付けたかのように、言うなよな…全く。


ルーレットの女神と心の中で会話をしていると不意に、ずっと黙って私が鍛錬に勤しむ姿を眺めていたギルウィさんが口を開いた。


「村娘にしては、やる方だが…生ぬるい。」


「はぁ……はぁ…500…501…」


これ…一応、未来の貴女直伝なんですが。ギルウィさんの鍛錬法はちょびっと癪だけど、運動してる感があって、途中から楽しくなってくるんだよなぁ。


【スパルタの極みですよね。ノエルはDV彼氏の暴力に愛があるとか言っちゃう系の人種です?それとも頭のイかれた、ドM属性付与のマゾちゃんか何かですか?】


人種って言わないでよ。人種って…私は人間なんかじゃない…誇り高き吸血鬼!


【…エイプリルフールにはまだ早いですよ。】


違っ…何で、私を憐れむんだよ…お門違いもいい所なんですけど!?!?


「人間…興味本位で聞くが…これは誰が考案したんだ?」


「わ、私のぉ!?」


樽の上にギルウィさんが乗った。今の私に出来る極限スレスレだったのに、これ以上の負荷は流石にヤバいっ…キツいって!?


「…アギギッ」


「そう。これこそが鍛錬のあるべき姿…惰弱な人間が遥かなる高みへと…ふ。」


【いいですね。もっと苦しんで下さい…それを肴にして飲むフルーツオレが格別なんですから。あーうまうま。】


っ…色々と言いたい事はあるけど、やい、ルーレットの女神!!!!そこはビールとかだろ!?


【ノエル…私はお酒は飲めません。あんなのは、修行僧とかが飲めばいいのですよ。】


あ、あれぇ…それは意外。


「興味深いモノを見せて貰った礼だ。特別に日が沈むまで、とことん付き合ってやる。鍛錬の方法は…これだけではないのだろう?」


樽の上で目を輝かせて、はしゃいでいるギルウィさんに、苦笑いを浮かべる。


この鍛錬が終わっても…私、生きてるかな?


……


大陸において精霊と人間が手を組み、竜と戦っている時代…ザクトから聞くまで、私はそう思っていた。


宿屋に着くまでの道中の会話


「…創造主?」


『ええ。人間、精霊、竜…この大陸に生きとし生ける生命体の全てを創造した存在。』


なんか、母様みたいだなぁ。


『しかし、今は竜と共に私達を滅さんとする…巨悪です。』


私は足を止めた。


「…悪なの?」


『はい。創造主は私達を創るだけ創り、何もしませんでした。人間が…精霊が…竜が…何百年何千年と殺し合いをし続けていても…彼女は調停すらせず…ただ放置した。』


「それで…嫌気でも差したの?」


『申し訳ありません…そこまでは何とも。これは私の仮説になりますが……「何もせずに傍観し続ける創造主なんて、いらない」…と昔の人々がそう思ったのではないでしょうか?』


成程!つまり、お腹を痛めて産んでくれた恩を忘れて、年老いた両親の介護がすごく面倒だから、いっそ、殺しちゃえ…みたいな考え方なんだね。


そっかそっか…ふーん。



「ふざけんな。」



………


……



夜。気絶した人間を置いて、部屋を出ると…ザクトが目の前に立っていた。


「…戻るのか?」


「本隊を無視して私達だけで、ここまで突っ走って来ましたからね。私もですが、始末書に何を書くのか決めておいた方がいいですよ。」


「あの人間は…痛っ。」


私の額を軽く叩かれた。


「やめておきなさい…また、死なせるつもりですか?ギルウィ様が、空っぽの墓前で泣く姿なんて、もう見たくありませんよ。彼女には彼女の人生があるのですから。」


脳裏によぎるのは…私に賛同し、共に戦い…死体すら残らなかった人間達の姿だった。


「……。」


「縁があれば、いずれ巡り会えますよ。私は…出来れば、避けたいですけどね。」



———人類の敵として…再会するだなんて。最悪以上の何者でもありませんから。



「…何か言ったか?」


「いいえ、何も…さあ、戻りましょう。日が登るまでに本隊と合流しますよ。残るは山岳地帯のみ…万全の準備をしなければ。」


「競争か…なら、負けないぞ!」


「…廊下は走らないで下さいよ。」
































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