第三章 ゴゴの町

第7話 森を抜けて

 ハノリアは凍り付いた様に眠ってしまった。

「どうしよう……」

 ハノリアが名付けた『シーク』と言う生き物が、エノアの足元を八を描くように歩き回る。 

「おんぶするしかないか」と言って、エノアはハノリアの身体を背中に担いで起き上がる。

 竜はエノアの肩に乗り、彼女の足元に居るシークを威嚇する。

「もう仲良くしてよ」

 エノアは北に向かって歩き始める。

 とりあえず、今はここから出ることが最優先だ。

 ハノリアの身体がずれ落ちそうになるたび、エノアは「ふんっ!」と言って位置を直す。

「これは中々大変だぞぉ……」

 歩くたびにハノリアと竜の体重が、エノアにかかる。

 大地を踏みしめるようにエノアは歩く。

 そういえば、ラランが家に来た頃に、こうして小さい妹をおんぶしたことがあったけ。

 ラランと僕の間に血のつながりはない。二人とも竜胃の長の親戚で、身寄りがなかったため、引き取られた。

 竜胃が崩壊し、身内と呼べる親族はラランだけだ。あの子が居なくなったら僕はなんのために生きるんだろうか……。


 エノアは歩き続けた。日が落ち森は夜の顔を、月明かりの下に晒す。

 だが、昨日とは違う変化があった。森に発生していた異様な濃い白い霧ではなく、

月明かりの光度の範囲内なら見渡せるほどの暗がりが、エノアの周りを囲む。

「まだまだかかりそう……」

 そうエノアがつぶやいた時、長い長い木々の間の道を抜けた。

 予想と反した結果に彼女は、間の抜けた顔で道を抜けた先の景色を見る。

 北の方角に無数の点のような光の集合体が見える。

「あれはもしかして……」

 エノアは視力が良い。目をジッと凝らして、光の集合体を見る。

 一定数人が出たり入ったりを繰り返している。

「あれは町だ!」

 竜胃の中に居たからといって、『町』と言う存在を知らないわけではない。

 本や人の話でその存在をエノアは知っている。

 長は、言うなれば竜胃も一個の町だ。そう言っていた。

「あそこに行って、空賊の情報を集めよう」

 足元に居たシークが「パオッ!パオッ!」と可愛く賛同の声を上げる。

 しかし、問題がある。町まで行くにはまだまだ距離がある。

 幸い町へ続く道は崖のような斜面ではなく、緩やかに続く山道のような形となっている。

 エノアは息を大きく吐き、ハノリアを正し位置に背負い直す。

「あともう一踏ん張りだ」

 エノアはそう言うとまた歩き始めた。


 エノアは肺に酸素を送るのを意識的に行わないといけないほど、疲労が身体に溜まり、道を進む速度は急激に遅くなってきていた。

「あぁ……もう、やばい……」

 エノアは態勢を崩してその場に倒れ込む。ハノリアの重力を失った身体が、エノアの上に覆いかぶさる。

 エノアは落ちる瞼を制御できず、そのまま目を閉じた。

 

「エノア様! エノア様! 大丈夫ですか!?」

 聞いたことある声が僕の頭の上でする。

 エノアは目を開ける。すぐに情報として飛び込んできたのは、心配そうにエノア顔を覗き込むハノリアだった。

「は、ハノリア! 大丈夫なの!?」

「はい! エノア様がここまで私を運んでくれたのですか……?」

「う、うん」とエノアは言うと、ハノリアは大粒の雨水みたく涙を浮かべる。

 ポツポツとハノリアの涙がエノアの額に落ちる。

「いや何で泣くの!?」

 エノアは起き上がろうとしてある一つの事実に気付く。

「え、ハノリアもしかして膝枕してくれてたの?」

「す、すいません。これぐらいしかできなくて……」

「いや、いいんだよ! むしろこんな可愛い子に膝枕されるなんて思ってみなかったよ」

 ハノリアはまたしくしくと静かに泣き始める。

「も、もう全然気にしてないから!」

 エノアはハノリアの膝元から離れ、空に向かって大きく伸びをする。

 泣き続けて目が充血したハノリアの前に、エノアが手を差し伸べる。

「さぁ! 行こう!」

「エノア様……」

 ハノリアはエノアの手を取って起き上がる。

 エノアの肩に乗った竜が小さく「キュア!!」と咆哮をあげた。

「エノア様。もしかしてあそこに見える町に行くのですか?」と言って、ハノリアはすぐ先に見える城壁に囲まれた町を指さす。

「はっ! そうだったよ! あの町を目指してたんだ!」

「パオッ! パオッ!」

 ハノリアの足に尻尾をこすりつけシークが鳴く。

「ではここからもうしばらく歩かねばいけませんね」

「うん。ハノリアは大丈夫? さっき倒れたのに」

 ハノリアは足元に居たシークを抱えて顔を見合わせる。

「その……この子を見て強烈な頭痛が起きたのですが……今は何ともないです。なので、安心してください!」

 森は暗い影を集める夜ではなく、日が昇り鳥の囀る陽気な雰囲気が漂っている。

「そっか。じゃあ、行こう!」

「はい!」

 エノアとハノリアは再び城壁に囲まれた町へと歩き出した。

 

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祈慟船イカロスと竜胃の子 玉響和(たまゆら かず)改名しました @Tamayura999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ