第6話 謎の生物・シーク

 大蛇が、ハノリアとエノアを見下ろす。

 シュルシュルと口から舌を出し、赤い眼光で、二人を捕捉する。

 森に漂う白い霧と、蛇の吐く白い息が混ざり、辺りに死の香りを漂わせる。

「へ、蛇!?」

 エノアは、見たこともないほどの大蛇に、顔を上げて、驚愕する。

「ま、まずいです! エノア様!」

 ハノリアは、肩をすくめて、木の裏に身を隠す。

 エノアの手の中の竜が、騒ぐ。手の中から抜け出して、口を開け、牙を見せて威嚇する。

「シャァァァァァ!!!」と威嚇行動に反応した蛇が、声を出し、頭を高く上げる。

「エノア様! よけてください!」

「えぇ!!」

 蛇は、一気にエノア目掛けて、一直線で噛みつきに行く。

 砂埃が大量に舞い、エノアの姿が見えない。

「エノア様!!!」

 ダンッ! とハノリアの隠れていた木の根元に、エノアが叩きつけられながら転がり込む。

「うっ……!」

 ハノリアは、急いでエノアの元に駆け寄る。

「だ、大丈夫ですか! エノア様!」

「ハノリア……逃げて……」

「そ、そんなのできません!!」

 大蛇は、大きな腹板を、地面に這わせて、エノアとハノリアの方へじりじり近づいて行く。

 大蛇は、エノアとハノリアが身を隠す木よりも、高く頭を上げる。

 口を大きく開け、二人同時に食べるべく狙う。

 大蛇が噛みつこうと首を屈めた、その時。

 木と大蛇の間に、竜が小さな翼を広げて立ちはだかる。

「キュァァァァァ!!!」と小さく咆哮を上げる。

 大蛇は、全く怯む気配を見せずに、二人より手前に居る竜に、標的を変える。

「シャァァァァ!!」と再度頭を屈めて、竜に攻撃を仕掛ける態勢になる。

「あぁ! 竜が!」とエノアは、竜の元へと行こうとする。

「ダメです! エノア様! 死んでしまいます!」とハノリアは、エノアの腕を引っ張り、木へと引き戻す。

「でも!」とエノアが、言った瞬間。森の奥から奇妙な鼻歌が流れる。

 大蛇は、高く上げていた首を、地面へと戻し。体をくねらせる。

「何この歌?」

 歌が、エノアとハノリアの元へ近づいて来る。

「エノア様! 蛇が!」

 蛇は、どんどんと森の奥へと後退していく。白い霧が、蛇の前に現れ、蛇の姿はほとんど見えなくなる。

「歌もどんどん近づいてくる!」

 竜は、先ほどまで威嚇していた蛇ではなく、歌の方へと身体を反転する。

 今度は、歌のする方へ、翼を広げて威嚇の態勢をとる。

「キュァァァァァ!!!」と、歌のする方向に小さい咆哮をあげる。

 歌が止まり、霧の奥に影が見える。

 周りの霧がどんどんと晴れ、月が森の中を明るく照らす。

「何かが、来ます……」

 ハノリアは、肩を聳やかして言う。

 竜は、威嚇をやめない。

 影は、木々の間を抜け、その実像を、月明かりの下に晒す。

 それは、宝石のような大きな目に、狐の様に尖がった耳。そして、大きく巻いたふわふわの尻尾。キメラのように合わさった生物。

「パオッパオッ!」とその生物は可愛く鳴く。

「何この生き物……」

 竜胃の中に居た時に、こんな姿の生物は見たことがない。

 竜は、その生物に威嚇をし続ける。

「エノア様! ち、近づいてきます」

 その生物は、竜の横を通りすぎ、ハノリアの元まで行く。

 竜が、飛びかかろうと、翼を羽ばたかせると、その生物は竜を一瞥する。

 すると、途端に竜は委縮し、翼を折りたたみ、エノアの服の中に入る。

「おっわぁ!!」

 紫の生き物は、ハノリアの足に尻尾と体をスリスリとこすりつける。

「な、なついてる?」

「そ、その様ですけど……」

「本当にこの生物が、あの大蛇を撃退したのかな……?」

 紫の生き物は、そのままハノリアの肩に飛び移る。

「なんだか吸い込まれそうな目ですね」

「う、うん」

 ハノリアは、腰を屈め、肩から降ろそうするも、爪を立ててて降りようとしない。

「さぁ、降りてください」

「本当になつかれちゃったね」

「ど、どしましょう……」

「まぁ、そのうちどっかに行くはずだよ」

「それよりも早く、ここから出ないと」

「そうですね。月も出たことですし、移動しましょう」

 

 エノアと、ハノリアは、風が吹く方向へと歩き出す。

「パオッパオッ!」と、肩に乗りながら、ハノリアの頬に体をこすりつける。

「なんてお呼びすればいいのでしょうか?」

「そういえば! 僕も、この『竜』に名前を付けてなかった!」

 僕も、この竜の名前、何にしようかな……。

 そういえば、お父さんが乗っていた竜の名前は確か……。

「アラン。僕、この竜の名前『アラン』にするよ!」

 竜は、『アラン』と呼びかけると、「キュァ!」と小さく鳴る。

「じゃあ、私は……」と言って、ハノリアは、肩に乗った生物を見つめる。

「シークにします」

「シーク?」

「はい」

「何か理由でもあるの?」

「その……なんとなく、何か似ていて……」

「ふ~ん」と言い終えると、横を歩いていたハノリアが立ち止まる。

 しゃがみこんで、うずくまるハノリア。

「ど、どうしたの!?」

「その頭が急に割れそうなぐらい痛くなっ——」

 ハノリアは意識を失って、地面に横たわる。

「ハノリア!!」

 エノアは、ハノリアの頭を支える。

「ハノリア! ハノリア!」

 ハノリアは、小さく寝息を立てているが、反応はない。

 竜は、ハノリアの元に寄って、翼をこすりつける。

「キュァァ!!」

 竜が呼びかけても、ハノリアは目を覚まさない。

「ど、どうしよう……」

 謎の生物・シークは、ハノリアの横顔を見つめて、尻尾を振った。

 

 


 

 

 

 





 

 

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