第5話 森の夜と大蛇

 エノアは、手に抱えた竜の体の熱さを感じながら、叫び声のした方へと懸命に走る。

 あの声と叫び方、絶対ハノリアに違いない!

 エノアは、走り疲れて、その場に倒れこむ。

「全然いない!」

 手に持っていた竜を地面に降ろす。

 竜は、周りを見たり、エノアの顔を繰り返している。

「一体お前はなんなんだ? 竜は、絶滅したはずだけど……」

 木々の間を、エノアは見つめる。

 サッと何かが通り、エノアは急いで地面から起き上がり、竜を再び手に抱える。

「ハノリア!」と叫んで、影のあった場所へと走っていく。

 すぐに着いたが、人はいない。

 先ほどの鳥がさえずる明るい森とは違い、白い霧と、陰険な雰囲気が広がっている。

 エノアは、悪寒を感じ、周囲を警戒する。手の中の竜も委縮し、翼で体を覆う。

 瞬間、背後に気配を感じる。

 エノアは、息の飲み、一気に振り返る。

「エノア様!」

「ハノリア!」

 そこには、ハノリアが居た。

 身に纏った豪華ドレスが、土で汚れ、台無しになっている。

「さっきのは君だったんだ」

「さっきとは?」

「いやここら辺にいたでしょ?」

「いえ私は……あの翼の機械と共に、別の場所におりました」

「そう……」

 エノアは、不思議に思いつつ、ハノリアの言葉を信じることにした。

「エノア様。翼のほうを見ていただけませんか?」

「え? うん。わかった!」

 エノアとハノリアは、明るい森の方へと向かう。

 ハノリアは、道中、エノアの手をじっと見つめる。

「何を持っているのですか?」

「え? えぇ~と……」

 見せてもいいのかなぁ?

「この子を持ってたの」とエノアは、手の中の竜を見せる。

「これはなんですか!?」

 ハノリアは目を輝かせて言った。

「これは『竜』という生き物だよ」

 ハノリアは、エノアの身体を押しつぶす勢いで、手の中の竜を眺める。

「ちょっ、ハノリア! 近い、近い」

「はっ!? す、すみません!!」

「いや良いんだけどね」

「キュ~ィィ」と竜が鳴く。

「その殿方とこうして行動するのは、初めてのものでして……」

「と、殿方!? 僕、女だよ」

「え?」

「え?」

 ハノリアは、エノアの身体を上から下まで目で追って。

「し、失礼しました!! その、てっきり私、男性だと思ってしまって……それで、その……」

「あははは! いいんだよ。竜胃の中でもよく間違えられてたし」

「そうなのですか?」

「そうそう。だから気にしないで」

「は、はい……」

 エノアは、竜胃の中での思い出が頭をよぎり、少し胸が苦しくなった。


 エノアたちは、翼のある所までたどりつく。

 翼は、木に這った蔦と絡んで、地面までは落ちていない。

「あれどうやって取りましょう?」

「う~ん?」

 僕の体格的に気に絡まったのを取るのはむりだよな~。

「自然に落ちるのを待つしかないかも」

「そうですか……」

 ハノリアは、下を俯く。

「だ、大丈夫だよ! 絶対回収できるって!」

「でも、その……エノア様の妹——ララン様を助けるにはあれが必要なのでは?」

「え! うん」

 まさか、そのことを心配して、不安がってたのか。

 自分も記憶喪失だって言うのに……。

 バキッと音と共に、翼に絡まった蔦が外れ、木の枝と一緒に、翼が地面に落ちる。

「あ!」

「エノア様! 落ちました!」

 エノアとハノリアは、翼へと近づく。

 翼に付いている羽はボロボロになっており、シューという異様な音が絶えず鳴っている。

 エノアは、翼の間にある白い装具を胸にあてがう。装具は、胸に装着され、翼は背に回るが、羽が下がったままピクピクと動くのみ。

「う~ん。全然動かないね」

「もしかして壊れてしまったんでしょうか?」

「そう……かもね」

 エノアは、翼を外し、地面に置く。

「歩けばどこかに着くかもしれない。とにかく森を出よう!」

「エノア様……」


 エノアとハノリアは森を進んで行く。

 日は徐々に落ち、辺りを影が包み、森は夜の顔を見せる。

 エノアとハノリアは、大きな木の下に座る。

 疲れ切った身体をいやすように、二人で、木の背にもたれかかる。

「はぁ~。全然森を抜けないね」

「はい」

「ふふっ」

「? 何かおかしなことがありましたか?」

「いや、昔もこんなことあったなぁ~って」

「このようにして木と寝るのがですか?」

「うん。妹と一緒に遊んで疲れたら、こういう木の根元で寝て、そのまま家に帰ってたんだ」

 エノアは懐かしい思い出に浸って、頬が緩む。

「そのような経験は……う~ん」

「いいんだよ。ゆっくり思い出していけば」

「すいません……」

 エノアは、ある事を思いつき、いたずらな笑みを浮かべる。

「ねえ、ちょっとこっちに来てよ」

「え?」

 ハノリアは、エノアの元へと行く。

「えいっ!」とエノアは、ハノリアの頭を自分の膝へと置く。

「えぇ!! 急に何ですか!?」

「いひひ。気持ちいでしょコレ」

「それは……そうですけど……」

「はぁ~ぉ。眠くなってきちゃった」

 エノアは、あくびを手で押さえる。ハノリアの髪が手の甲に当たる。

「綺麗な髪……あれ?」

 目にかかった金髪の髪をどけると、ハノリアは瞼を閉じて寝ている。

「……寝ちゃったか」

 エノアも、釣られるようにして、そのまま目を閉じた。


「エノア様! エノア様!」

「ん……? どうしたの?」

「大変なのです! 何か嫌雰囲気がして!」

 エノア達の周りは、ほとんど何も見えないほど暗くなっていた。

 シュルシュルと蛇が這うような、奇妙な音が遠くの方から鳴る。

「何か来る?」

 瞬間、エノア達が背にして寝ていた木よりも、遥かに大きな蛇が牙を出して、エノア達の前に立ちはだかる。

 赤い眼光は彼女たちをとらえ。牙からは、紫色の毒が垂れている。

「これはヤバい!!」


 


 

 


 

 


 

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