第3話 竜胃崩壊
ピヨピヨと、鳥のさえずる声が、エノアの部屋の中に響き渡る。
エノアは、体を起こす。
ん~、まだ眠いなぁ……。
髪を搔きながらエノアは、あることに気付く。
「そうだ! 女の子」
横を見ると、妹はおらず、金髪の少女だけが、仰向けになって寝ている。
黄金に輝く髪と、陶器のようなまっさらな肌。
このまま吸い込まれちゃいそう。
エノアは、体をベッドから出し、大きく伸びをする。
「もうラランは自分の部屋に戻ったのかな……?」
そう思った瞬間、自分の部屋の扉が思い切り開かれる。
「お姉ちゃん! 早く準備して!!」
「え?」
なんのことかわからず、間の抜けた声が出る。
「今日は、おじちゃんの朝の集会があるよ!」
「うっそ! やばい!」
長の集会に遅れたなんてことがバレたら、絶対死ぬほど怒られる!!
「お姉ちゃん、その子どうするの?」
エノアは、ハノリアを見る。
「連れてこう」
「え? いいの?」
「だって、家に置いてたら心配じゃない?」
「まぁ、確かに。そうかも」
エノアは、ハノリアに近づき、体を揺する。
「は、ハノリア。起きて」
「ん……」と言って、ハノリアは胸を苦しそうに押さえる。
「ハノリア?」
エノアはもう一度、ハノリアに触れようとすると、強烈な青い閃光が飛び出し、彼女を部屋の床に叩きつける。
「お姉ちゃん、大丈夫!?」とラランは、急いでエノアに駆け寄る。
「いっててて」
エノアは、打ち付けた自分の頭をさする。
ハノリアが体を起こす。口にかかった髪が、ゆっくりと胸に落ちる。
彼女とエノアの目がばっちり合う。
「あなたは……」
「エノアだよ。うなされてみたいだけど大丈夫?」
「え? ええ。」
「記憶は戻った?」
「いえ……」と言って、ハノリアはベッドから体を出す。
「どこかに向かうのですか?」
「う~ん? めんどくさいところ」
「お姉ちゃん。めんどくさいじゃなくて、だるいでしょ」
「変わらないじゃん」
「お二人は兄妹なんですか?」
「そうだよ」とラランが答える。
「わた——僕が、エノアで。こっちの銀髪のちっこいのが、ララン」
「ちっこくない」
ラランが、頬を膨らませ不機嫌な顔をする。
「エノア様に、ララン様」とハノリアは、頷きながら、確かめるように言う。
「様って——」
「まずい! こんな立ち話してる場合じゃない! 早く行かなきゃ!!」
「そうだった! ハノリア行こう!!」とラランは、ハノリアの手を取る。
「は、はい!」
三人は急いで部屋から出た。
木の大きなお立ち台が、竜胃の町の中央に設置されている。
竜胃の長が、登壇する。
周りにいた聴衆が、一斉に拍手をする。
「ま、間に合った……」
三人は、聴衆の列の最後尾に着く。
長は、マイクの前に立ち、聴衆全員を見渡す。
「本日より、長い長い冬季が終わり、春が訪れる」
聴衆が賛同し、ある者は口笛を吹かす。
「我々、 『竜胃の民』にとって、冬は長く厳しい。この狭い地で限られた資源の中で、乗り越えなければならないのだ。が、我々は、今それを耐え抜き、春の恵みを享受することができる」
やっと春が来る!
冬の竜胃の中は、暗くどんよりとしていた。
それが今日で終わる!
「民の皆よ、本日は——」と長が言った所で、エノアはハノリアのを見やる。
天井を見つめて、不安な顔をしている。
「どうしたの? ハノリア?」
「あの天井、何か揺れていませんか」
「ん?」
なんであんなに揺れて……。
「お姉ちゃん、どうかしたの?」
「いや……天井が……」
「今日の夜は、『竜胃の民』一同、春を祝おうではないか」と言った瞬間、耳を割るほどの炸裂音が、竜胃の中に響き渡る。
天井の一部が割れ、大量の砂埃が起こる。
聴衆、長、そしてエノアたちは、その出来事を驚嘆をもって、見つめる。
「な、なんだあれは?」
「天井が割れた……!」
「何か入ったてことか!?」と、聴衆がざわざわと話し始める。
すると、奇妙な機械音が、人々の方へ向かう。
「お姉ちゃん、な、なにが起きたの?」
「わからない……」
ハノリアが、エノアの腕をぎゅっと握る。
瞬間、大量の翼の生えた人間たちが、集まっていた人の上を飛んでいく。
「あれって……昨日の翼と同じ形……」
翼を生えた者たちは、家の上を飛びながら、手に持った『何か』を、どんどんと投げ入れる。
爆発音とともに、家が弾け飛び、業火のごとく燃え盛る。
「わ、私の家が……」
「なんなんだあれは……」
翼を生えた者たちが、聴衆の集まる中に、降下する。
「手をあげろ!!」と黒づくめの男が、銃を持って脅す。
「なんだ貴様ら! 我ら『竜胃の民』と知ってのことか!」と鍛冶屋の男が、叫ぶ。
「ちっ! この野蛮人どもめ」と言って、銃を撃つ。
鍛冶屋の男は床に倒れ、血が流れる。
瞬間、聴衆たちが一斉に逃げだし、悲鳴があがる。
エノアは、その様子を見て、足がすくむ。
「か、鍛冶屋のおっちゃん……」
次々に、翼の生えた者たちが、家を焼く。
「我らはナグ空賊団!」とお立ち台のマイクを通して女が叫ぶ。
長は、大男に捕らわれ、身動きが取れなくなっている。
「竜を操るという貴様らの力。『我が女王』のために奪わせてもらうぞ!!」
翼の生えた者たちが、空から滑空し、『竜胃の民』を攫う。
「お前ら! 大人はいい! 子供を連れていけ!!」
ここにいたらまずい!!
ラランは、マイクに向かって叫んでいた女の元へ走る。
「ララン! どこに行くの!」
「おじいちゃんを助けなくちゃ!!」
「そっちに行っちゃだめだよ!」
エノアは、ハノリアの手を掴み、ラランを追いかける。
次々に、周りの子供が攫われ、空へと連れてかれる。
「ララン!」前を走るラランには、何も聞こえていない。
ラランの上を、翼の生えた人間が飛ぶ。
まさか……ここに、降りてくる?
風を切る音ともに、ラランの前に降り立つ。
「お前、どこに行くんだ! 逃がさんぞ!!」と言って、走り去ろうとするラランのの腕を掴む。
「ララン! この野郎! その手を放せ!!」とエノアは、突っ込んでいく。
「ちっ! 三人持ってくのは無理だな……てめぇは、そこで寝てろ!」と言って、翼の生えた男は、エノアの腹に拳を入れる。
「ぐはっ!!」エノアはその場にうずくまり動けない。
男は、ラランを抱えて、空高く飛び立つ。
「エノア様! 大丈夫ですか!?」
「ら、ララン……」
エノアの意識が、虚空に沈む。
ドンドンドンと、何かを叩く音が聞こえる。
エノアはゆっくりと目を開ける。
「なんで家に……」
周りを見渡すと、ベッドの上でハノリアが寝ている。
エノアは、お腹の痛みを感じ手で押さえる。
「そうだ……ララン!」
またも、ドンドンドンと扉を叩く音。
玄関からだ。まさか、あいつらが家に……。
「絶対に許さない!!」と言って、エノアは、玄関に向かう。
ドンドンドンともう一度鳴った所で、扉を開ける。
強烈な熱風が部屋の中に入る。
外は、地獄のように燃えている。木々は倒れ、周りの家は倒壊している。
竜胃が……崩れる……。
「エノア……」
視線をずらすと、杖をついた長が、扉につかまっていた。
「長! どうしてここに!」
「ここから逃げよ……」というと、長は、杖のてっぺんについた卵の入った宝石を手で外す。周りの宝石が、赤い水に変わり、『卵』だけとなる。
「これを持ってここから逃げよ!! もう、竜胃は崩壊する!」
長は、そういい残すと、玄関に力をなくして、倒れる。
「長! 長!」と体を揺するエノア。
息がない……。
「こんなこと……」
エノアは、涙を目に貯めて、目の前の炎を睨む。
卵を懐にしまう。
「絶対に許さない!」
エノアは、長の隣に杖を置き、毛布を掛ける。
あふれる涙を手で拭う。
「ラランを——ラランを取り戻さなくちゃ!」
エノアは、自室に向かう。
ベッドで眠る、ハノリアの起こす。
「ハノリア! ここから出よう!」
「エノア様! 大丈夫ですか?」
「もしかして僕をここまで運んでくれたの?」
「はい。でも、着いたら意識が遠のいてしまって……」
「ありがとう。一緒にここから出よう!」
ハノリアとエノアは玄関まで来る。
エノアは、長の前で膝をつき、手を握る。
「長——今まで育ててくれてありがとう」
「エノア様……」
エノアとハノリアが外を出ると、巨大な船が上空へ昇っていく。
「まさか! あのまま外に出るつもり!」
巨大な船は、大きな黒い翼を広げ、竜胃の天井を突き破る。
天井の骨と、岩のような周りの皮が、竜胃の中へ瓦礫となって降りそそぐ。
あぁ……私の故郷が……。
「エノア様!」
ハノリアの声で、エノアは振り返る。
「それは!」
ハノリアは腕に、大きな翼と抱えている。
「私、使い方が思い出せないですけど、ここから逃げれるかも知れません」
エノアは、翼の間にある白い装甲を自分の胸にあてがう。
翼が、自分の後方へと回り、背中に鳥のような立派な翼が立つ。
「これなら、ハノリアを抱えたまま飛べるかも!」
天井はもはやない。開けた空が上には広がり、自分の周りは炎の海だ。
エノアは、ハノリアを体に密着させるようにして抱き抱える。
「え、エノア様!」
「ちゃんとつかまってて」
羽が直立し、翼が高速ではためく。
旋風が、エノアとハノリアの周りに巻き起こる。
翼が風を吸収し、一気に放出する。とてつもない勢いで、二人は空へと飛び立つ。
高度はどんどんと増し、崩れた竜胃の中を抜ける。
エノアは、空から崩壊した竜胃を見る。
大きな岩のように黒いそれは、もうほとんど形が分からない。
「お父さん。お母さん……」
エノアは、遠くに見える、空賊の船をしっかりと見て。
「待っててよ。ララン!」
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