第2話 天井から降る女の子

 エノアとラランは天井を近くで見れる、高い丘に来た。

 丘は純白の白い砂が積みあがってできたような見た目をしており、砂はびくともせず動かない。

 二人は丘を登る。

 ラランは、登りながら下に広がる家を見る。

 対してエノアは、下の様子など気にも留めずに、どんどんと進む。

「お姉ちゃん、進むの早いよ」

「そんなことないよ」

 ラランは、びくびくしながら、エノアの後ろを必死についていく。

「前に来たのはいつだったけ?」

「私の十歳の誕生日の時だよ」と少し声を張り上げてラランは答える。

「もう、ラランも十三か……」

「一つしか違わないでしょ」と口をとがらせてラランは言う。

 ほんと、大きくなったな……。

 丘の半分ほどまで登り、エノアは下を見る。

 ほとんどの家が明かりを消しているが、所々点のような光の粒が見える。

 天井を見上げると、空中には『宙蛍』がいくつも飛んでいる。

 この蛍のおかげで夜でも『竜胃』の中は明るく見える。

 一時間ほどかけて丘を登り続ける。

「はぁ……はぁ……」

 さすがに息が上がってきた。あと、もう少しで、丘の頂上までたどり着く。

「ララン大丈夫?」

「う、うん」

 ラランは、今にも吐きそうな顔をしている。

 妹の様子を見ながら進むと、ついに頂上に到達した。

 天井の丘は唯一、『本当の空』が見える場所。天井には、ぽっかりと穴が開き、星々が覗き込む。

 僕はこの景色が好きだ。

 ラランの頭を膝枕し、星を眺める。

「大丈夫?」

「うん。きれいだね」

「そうだね」

「この空を駆けたら、きっと気持ちいいよ」

 そう言って、ラランは目を閉じる。

 きっとそうに違いない。そう思って、自分も目を瞑ろうとしたとき、星の間を何かが通過しようとする。

 ん? いや、違う?

 その物体は、どんどんと大きくはっきりと見えてくる。

 まさか、ここに落ちる!?

「ら、ララン起きて!!」

「ん……?」

「あぁ、もう!!」と言って、エノアは、ラランを担ぎ、穴の見える位置から離れる。

 落下物は、そのままスピードを落とさずして『竜胃』の中へと入る。

 空を切るほどの風圧が、宙蛍たちを空中へ離散させる。

 そして、唐突に青い閃光がエノアの眼前を満たす。丘の頂上に落下した物は、小さな砂埃を起こす程度のスピードが減少していた。

「一体なにが……落ちたんだ」

 ラランも、急な事態に、完全に覚醒し、怯えた目で落下物を見る。

 エノアは、ラランを自身の背後に隠し、防御態勢をとる。

 砂埃が消え、落下物の正体が、宙蛍の明かりの下に晒される。

「お、女の子?」

 金髪に、豪華なドレスの服を着た女の子がそこにはいた。

「な、なんで女の子が空から……」

 エノアは、恐る恐る女の子の元へと行く。

 腕には翼のようなものがつき、胸は白い何かで覆われている。

 ドレスの裾は破けており、白い生足が露出している。

 こんなに綺麗な子初めて見た……。

 エノアは、女の子の肩を揺らし、安否を確認する。

「だ、大丈夫?」と、エノアは声をかける。

 金髪の少女が、ゆっくりと目を開ける。

「ここは……」

 少女は、自分の腕についた翼を見て、目を見開く。

「これあなたがつけたんですか?」

「いや……違うけど……」

 翼が突然音を立てる、少女の胸についた白い装備が外れ、翼が勝手に腕からするりと抜けていく。

 少女は、解放され、そのまま上体を起こす。

「ここは……一体、どこですか?」

「え?」

 竜の胃に住み続け、「ここはどこ?」なんて質問されたことが一度もないため、エノアは焦る。

「え……え~ここは——」

「竜の胃の中」とエノアの言葉を待たずして、ラランが答える。

 僕が答えようと思ったのに。

「君、名前はなんていうの?」

「え? は、ハノリア?」と金髪の少女は首をかしげて言う。

「ハノリアって言うの?」

「ごめんなさい。多分、そうだと思うのです」と小さく少女はお辞儀する。

「いや謝らなくても。でも、自分の名前だよ?」

「それが……その——記憶が曖昧で」

 記憶喪失! 初めて見た。

「お姉ちゃんどうするの?」

 エノアは、金髪の少女を見る。寒そうにドレスから露出した肩を、震わせている。

「家に連れて行こう」

「えぇ!? おじいちゃんにばれちゃうよ!!」

「バレなきゃ大丈夫!」

 ハノリアは、自分の体を抱いて、ゆっくりと立ち上がる。

「ララン。この子をお願い。僕がこの翼をもつよ」

 ぐっと、力を込めて翼を持ち上げる。ふぅ……意外と重たいなこれ。

 でも、もてないほどの重さじゃない。

 翼の羽が縮み、先ほどまで直立した羽が、力を失ったみたいに横たわる。

「す、すごい!」

 

 エノアとラランは、そして記憶喪失の少女・ハノリアは、寝静まる家の間を通る。

「本当に何も覚えてないの?」

 ハノリアは首を横に振る。

「ごめんさなさい。本当に覚えてないんです」

「そっか……」

 この子、さっきからずっと苦しい顔をしてる。

 ラランは、不機嫌な顔をしたまま、ハノリアの腕をつかんで、歩行を補助する。

「ねぇ、ララン。なんで怒ってるの?」

「なんでもないよ」とラランは、そっぽを向く。

 徐々に、見慣れた家々が現れる。

 もうすぐ、家に着くはずだ。背中に担いだ、翼のような物体は、音も立てず静かにしている。

 家の扉が見えた。

「お姉ちゃん、この子どうする?」

「ん~。私——僕の部屋に連れてって」

 妹の前だとつい私と言いそうになる。

「お姉ちゃん、どうするの?」

「この翼、納屋において、芝生で隠してくる」

「わかった」

「くれぐれも、長に、ばれないように」

「了解!」と大きな声で言うララン。

「もう! 声大きい!」

 エノアは、家の裏手に回り担いだ翼を、納屋にどさっと置く。

 上から芝生をかけ、姿形が見えないようにする。

「よし。これならバレない」

 手に着いた芝生を払い、納屋を出る。


 家の中に入ると、暖炉の火が小さくなっていた。

 長はもう寝たね。

 エノアは忍び足で、自分の部屋へと続く廊下に行く。

「うぅぅぅ、寒い!」

 竜胃の中に住んでいようとも、冷たい外気が、その壁を貫通して中を『冬』の季節にする。

 エノアは、体を震わせながら、自室の扉を開ける。

 ラランがベットに腰かけ、ハノリアという女の子は、ベッドに横たわっている。

「あれ? その子……」

「なんかベッドに連れて行ったらすぐに寝ちゃった」

 ラランは、毛布を上に寝そべっているハノリアから引きずりだし、彼女の体にそっとかける。そして、そのまま、彼女もそのまま中に入る。

「ちょっと。なんでラランが入るの?」

「いいでしょ。一緒に寝よ」

「はぁ……ほんと甘えん坊なんだから」と言って、エノアもベッドの中に潜る。

「明日はどうなるかな?」とラランが言う。

「う~ん。また長に怒られるかも」

「ふふふ。そうなったら助けてあげるね」

「はいはい」

 そう言って、エノアは手に残った翼の感触を感じながら、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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