第2話
窓から外を眺めると、葉もすっかり落ちた木が見え、砂埃の舞うグラウンドが見えた。
3学期に入ったこともあり、もうすっかり冬だ。
最初は半ば強引に入れられた部活だったけれど、今では毎日のように足を運んでいる。
隙間風が吹き込む旧校舎の奥にある古びた狭い部室で、先輩が暇そうにあくびをした。
「あ、そうだ。ねえリラちゃん知ってる? セミってあくびをする時は鳴き方が変わるんだよ」
「暇だからってカスみたいなしょうもない嘘を教えてくるのはやめてください」
「だって暇なんだもん」
「暇なら自分のクラスに行けばいいじゃないですか。こんな私しかいないような部室じゃなくて」
「そんな寂しいこと言わないでよー。私はリラちゃんとお話がしたいのー」
旧校舎にある活動写真部の部室で、先輩がウザく絡んでくる。
鬱陶しいので無視したかったけど、この狭い部室には私と先輩の2人しかいないので、しょうがないから相手をしてあげている。
というか無視すると絡み方がさらにダルくなる。
具体的には私の体を揺すって強引にでも返事を強要してくるんだ。
なんなら私の肩を掴んで「さーみーしーいーなー」と言いながら体を揺すってくる。
実際に今やっているように。
「はあ……」
私はわざと聞こえるようにため息をつき、読んでいた写真雑誌から目を上げた。
「私は忙しいんです。むしろ先輩はなんで暇なんですか」
ここは活動写真部。
部員は私と先輩の2人だけ。
一応写真を撮って活動する部活ということになっている。
といっても先輩がちゃんとした活動をするわけがないので、私が写真部としての活動をしないといけない。
あの衝撃の部活勧誘の後、私はなんだかんだでこの活動写真部に入ることになった。
無理やり私を入部させたくせに先輩は部活活動に熱心という訳ではなく、むしろ面倒くさがるくらいだった。
最初は嫌々だった私の方が真面目に活動しているくらいだ。
といっても、大した活動をしてるわけでもないけど。
スマホで風景とか、ご飯の写真を撮って、部活のアカウントに投稿するだけだ。
私は今日のノルマとして、お昼に食べた弁当の写真をアップしていた。
「リラちゃんって自分でお弁当作ってるんだよね」
「……ええ、そうです」
「すごいよねえ。アタシには絶対無理」
「朝食と一緒に作ってるから大したことはありませんよ」
「朝食まで自分で作ってるんだもんなあ。リラちゃんはほんとすごい」
「……」
誰も作ってくれる人がいないから、いつも自分で作っているだけなんだけど。
「いつも美味しそうだよねえ」
ぼんやりとスマホの画面を見ながらつぶやく。
先輩もそこまで興味があったわけじゃなく、単に話題のひとつとして口にしただけなんだろう。
スマホに映る画面は、もう別のものに変わっていた。
じゃあ今度は先輩の分も作ってきましょうか。
の一言は、今も言えないままでいる。
「ねーリラちゃん知ってる? セミは1週間しか生きられないっていうけど、本当は1ヶ月くらい生きるんだよ」
「知ってますよ」
「ふふふー。いつも私が嘘を教えるって思ったら……えっ、知ってるの!?」
「少し前にネットニュースになってましたから」
「ぐぬぬ……リラちゃんの物知りめー!」
私たちの高校は、昔は大きな高校として有名だったらしい。
けど今は少子化の影響で、生徒数もかつての半分ほどしかいない。
校舎も、普段から使われる半分だけが修繕され、残り半分は古いまま放置されている。
本来なら必要ない部分は壊して建て直すべきなんだろうけど、壊すにもお金がかかるらしくて、古い校舎もそのまま残されていた。
それが新校舎と、旧校舎に分かれている理由だ。
新校舎では明るい声が響き、きれいな制服を着た生徒たちが笑顔で廊下を行き交う。
そこには「必要とされるもの」だけが集まっている。
一方、旧校舎には埃をかぶった机や、使われなくなった古い黒板、壊れかけた備品たちが静かに息をひそめている。
誰からも見向きもされない「不要なもの」の安息所。
旧校舎に用のある生徒はほとんどいないけど、おかげで新校舎には居心地の悪さを感じるような生徒にとっては、ちょうどいい避難場所になっていた。
そんな旧校舎の空いた教室の一つに、私たちの「現像写真部」は存在していた。
私は普通に授業があるけど、3年生の先輩は受験シーズンになったこともあり、授業もほとんど無くなっていた。
だから暇しているのだそうだ。
受験生の言葉とは思えないけど、先輩はそういう人だ。
旧校舎側は設備が古いままなので、暖房もほとんど効果がない。
マフラーの中に顔を埋めながら、自分で持ち込んだヒーターに近づいた。
「あっ、リラちゃんだけずるい。私もあったまりたーい」
「……じゃあ隣にどうぞ」
「やったー! リラちゃん優しい!」
イスを横にずらしてスペースを開ける。
ヒーターは小さいから正面しか効果はない。
だからイスごと正面に移動するしかないのだ。
けど先輩は、イスから立ち上がると私の座っているイスに無理やり体をねじ込んできた。
「……狭いんですけど」
「でもこの方があったかいでしょ」
「早く部費で新しいヒーターを買いましょうよ」
「部費出ないからねえ」
「どうして部活動って認められないんですか」
「部として認められるには五人以上の部員と、顧問の先生が必要だから。だからここは本当は現像写真同好会なんだよ。
ヒーターが欲しかったら新部員の勧誘を頑張らないとね」
「寒いのは我慢すればいいですね」
「諦めるの早いなあ」
新入部員の勧誘なんて私には無理だ。
一年経っても未だにクラスに友達の一人もいない私は、学校内で話をするのは担任の先生と先輩しかいない。
知らない人に話しかけるくらいなら先輩のセクハラを我慢する方が何倍もマシだ。
……実際くっついてる方があったかいのは本当だし。
「ほら、一緒の方があったかいでしょ?」
「なんで……」
先輩は私の考えてることがわかるんですか、と言おうとしてやめた。
そんなことを言ったら調子に乗るだけだ。
「……まあ、そうですね」
「ほらほらー、こういう時はなんていうんだっけー?」
「えっと……」
先輩が黒い瞳を大きく見開いて私を見つめてくる。
そうやってからかわれる言いたいことも言えなくなってしまう。
先輩が余計なことをしなければ、なんでもないことのように言えるのに。
だから言えないのは、先輩のせいなんだ……
「ほらリラちゃん、ありがと~~~~」
「……近づかないで下さい。ほっぺたをくっつけないでください。セクハラですよ」
「ほら、簡単でしょ。ありがとうって素直に言うだけでいいんだよ」
「……そんなのは先輩だけです。私は……」
「自分の心に正直になればいいんだよ」
「……そうですね。自分の気持ちに正直に行動してみます」
「痛い、痛い! リラちゃんの愛が痛い!」
先輩がつねられた頬をさすりながら涙目になる。
「うう。リラちゃんはこんなにかわいいんだから、もっと自分の気持ちに素直になれば、友達も彼氏もたくさんできると思うんだけどな」
「別に、友達とかたくさんいてもうるさいだけですし……」
私は、先輩といられれば、他には……。
「それに彼氏はたくさんいたらダメでしょう」
「それもそうだね」
「そういうのは、一人でいいです……」
「あ、その感じ、好きな人いるんだ~?」
「……先輩には言いたくありません」
「えーなんでー。恋バナしようよー。うりうり」
頬を擦り付けてくる。うざったいことこの上ない。
「なんで今日はこんなにウザいんですか」
「わかってるくせに~」
ウザ絡みをしてくる先輩が、ふっと優しげな微笑に変わった。
「今日の放課後は部活動があるからね」
「……わかってますよ」
先輩は現像写真部の先輩のくせに現像写真部としての活動は全然しない。
先輩が「部活動」という時は、別の活動をする時だけだ。
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