私と先輩とポラロイドカメラ
ねこ鍋
第1話
春。
それは新しい出会いの季節。
新しい出会いと、別れの季節。
入学式を終えたばかりの私が校舎を出ると、たくさんの生徒が外にあふれていた。
桜の花びらが風に舞い、明るい陽光に包まれた校庭を、新しい制服に身を包んだ生徒たちが行きかっている。
そういえば放課後は校舎の外で部活勧誘をしてるって言ってたっけ……。
こんなにいるのかと驚くほど校庭は生徒であふれていたけど、ここに私を知っている人は一人もいない。
それが私の足をほんの少しだけ軽くさせていた。
下校する新入生たちに、先輩方が盛んに声をかけていた。
声をかけられる方もどこか楽しそうにその話を聞いたりしている。
ちょっとしたお祭りのようだ。
だけど、こういったイベントを楽しめるのはいわゆる陽キャな人だけだ。
お互い初めて会ったばかりのはずなのに、あちこちから笑い声が聞こえてくるのは、どんなコミュ力があればできるんだろう。
私なんて、知り合って3年経っても普通の会話ひとつまともにできなかったのに……。
桜の花びらが風に舞う中、みんなが新しい出会いを喜ぶ一方で、私は人混みの端っこで息を潜めるように立っていた。
……裏口から帰ろう。
こんなところに私のような人間がいる場所はない。
喧騒に背を向けて校舎へと戻ると、そのまま中を通り抜けて裏口に回る。
校舎の裏側は、ちょうど太陽の影になっていることもあって、どこか陰気な空気が漂っていた。
部活勧誘の人たちもいくつかいたけど、さっきほど熱心ではない。
もとよりこちら側はあまりメジャーじゃない部活が多い。
具体名を挙げると角が立ちそうだからあげないけど、いわゆる文化的な部活が多かった。
新入生に話しかけるほどの積極性はなく、興味がありそうな人が来た時だけ声をかける。そんな感じだ。
俯きがちだった顔が自然と上がる。
誰も私なんかに興味はないし、だから私も気を使わなくていい。
ここには自分と同じ人種の人しかいないという、根拠のない安心感がそこにはあった。
だからきっと、私は油断してたんだと思う。
「現像写真部」
教室の机をひとつ置いただけの適当なスペースに、そう書かれたプレートが置かれていた。
隣には何も入っていない写真立てが置かれている。
その光景になぜか目を引かれてしまった。
そこには美人の先輩が一人で座っていた。
一目見て私たちとは違う人種だとわかった。
もう放っているオーラが違う。
すらりとした背に、整った顔立ち。
どこか気だるげな様子で椅子に座っているのに、見た人の目を惹きつけて離さない存在感。
クラスのカーストとかなら絶対に最上位にいるような人。
なんで「こちら側」にいるのかわからないような人だった。
思わず目つめていたら目が合った。
黒くて大きな瞳に吸い込まれそうになる。
慌てて目を逸らすと、美人の先輩は急に立ち上がった。
「びびびーっと来たーっ!!」
「ひゃっ!?」
急に叫んで話しかけられたんだけど。こわ……。
絶対変な人だ。関わってはいけない。すぐに逃げよう。
背中を向けて走り出そうとした私の手を、意外にしっかりした手で捕まえられた。
「あなた、私と同じだよね」
思わずドキリとした。
まさか。そんなはずはない。
「これ」は私だけのはず。
今まで誰一人も信じてくれなかった。
両親にだって信じてもらえなかった。
最後には「嘘つき」と言って私から離れていく。
だから私しかいないと思っていたのに。
そのせいで足が止まり、振り返ってしまった。
それはもう同じだと答えたようなものだ。
美人の先輩はニヤニヤするような笑みを浮かべながら、やけに古くて大きなカメラを取り出した。
カメラ……だと思う。
レンズが付いてるし、フラッシュをたくためのライトもある。
だけど蛇腹みたいなギザギザしたものが付いてるし、下の方には細長い穴? のようなものまで空いている。
それに何より大きい。
先輩がレンズをのぞき込むと、先輩の顔がまるまる隠れてしまった。
なんだろうあれ……。
不思議に思っている間に、先輩がシャッターを押した。
バシャっと、何かを叩くような音が鳴り、フラッシュの光であたりが真っ白に照らされた。
驚いて体がすくんでしまった私の目の前で、細長い穴からレシートみたいな紙が吐き出される。
見てすぐに分かった。
レシートじゃない。写真だ。
初めは何も映っていなかったそこに、徐々に絵が浮かんでくる。
チェキ、だっけ? 撮ってその場ですぐに見れる写真だったはず。
確か昔は、ポラロイドカメラと呼んでいたんだっけ。
先輩の持っているカメラは古いから、多分そっちの名前で呼ばれていた頃のもののはずだ。
何も写っていなかった写真に、しばらくして画像が浮かび上がってくる。
それを見て、私は息を呑んだ。
そこには驚いて目をつぶる私と、机がひとつだけのやる気のないスペースが映っていたのに、机の上に置かれた写真立てだけが映っていなかった。
驚いて目を机に向ける。
さっきまであった写真立てが消えていた。
「やっぱり私と同じでしょ」
そう言って先輩は笑った。
さっきまでのニヤニヤとしたウザい笑顔ではなく、薄く微笑むような、まるで今にも消えそうな透明な笑みだった。
春。
それは新しい出会いの季節。
新しい出会いと、別れの季節。
去年の春に始まった先輩との新しい出会いの物語であり。
今年の春に始まった、先輩との出会いと別れの物語だ。
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