牛ほほ肉の赤ワイン煮込みを作った理由
鏡水たまり
第1話
朝の通勤電車、ホームで電車を待っていると、ラインが来た。
昨日、デートの予定を急にキャンセルされたから、その埋め合わせかな? と思いラインを開くと、別れ話だった。
電車がホームに入ってくる。この電車に乗らないと会社に遅れるのに、彼の言葉に囚われてその場から動けなかった。私の後ろに並んでいた人が迷惑そうに私を追い越す。別の人は私の肩にぶつかりながら舌打ちした。
列車が出発し、ホームには私一人取り残されていた。
立ち止まると何もできなくなりそうで、二十分後の電車を無心で待ちわびる。近くにいた人が私の顔に目を止めてギョッとした。
メイクが崩れているのか……
もう遅刻確定だ。会社の最寄りのコンビニに寄ってメイク落としシートを買う。メイクを直す気力は湧かずノーメイクでそのまま向かった。
十五分ほど遅刻したが、私の顔を見た上司は不自然に言いかけた言葉を飲み込んだ。
メンタルがグラグラでまともな仕事ができるはずもなく、何も進まないまま退勤時間を迎える。進捗を確認しに来た上司は喝を入れ残業を指示することなく
「今日は帰りなさい」
とだけ言って、私の仕事を持ってデスクに帰っていった。
重箱の隅を突いてくるイヤな上司だと思っていたが、思わぬ優しさにまた涙が溢れそうになる。
上司に甘えて最寄り駅まで帰ってきたけれど、夕食を作る気がおきない。料理が趣味なので普段は素通りする惣菜売り場を物色する。その中に投げ売りされているワインを見つけた。一人でボトルワインなんて開けたことないけれど、鈍器のように重いボトルを家まで持って帰った。
スーパーの惣菜と、マグカップに注いだワイン。チグハグな組み合わせは私の心みたい。瓶をカゴに入れたときは浴びるほど飲んで忘れたいと思っていたけれど、お腹が満たされ冷静になれば、明日も仕事。イヤな人じゃなかった上司のためにも、明日はもう少し、ちゃんと働かなくちゃ。
月曜日に別れを告げるノンデリな元彼にムカムカしつつ、マグカップ一杯分減ったワインボトルをキッチンに残しベッドへ入った。
牛ほほ肉の赤ワイン煮込みを作った理由 鏡水たまり @n1811th
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