第24話 記憶の檻
王都の夜は、昼よりもずっと賑やかだ。灯火の海が石畳の通りを照らし、酒場や劇場からは人々の笑い声と音楽が漏れていた。
だが、レオンたちが歩く路地は、そのどこからも遠かった。
王都南部。古い教会の廃墟の裏手に建つ一軒家。その地下にひっそりと設けられた隠れ家が、今の彼らの拠点だった。
「久しぶりだな、アベル。こんなやばい依頼、まさか持ち込んでくるとはな」
粗野な口調の男――名を“ブライス”という。元は諜報ギルドの情報屋で、今は引退し、裏社会の境界線を保つように静かに暮らしている。
「この子を守りたい。できれば安全な場所で、少しでも記憶を取り戻させてやりたい」
アベルの言葉に、ブライスは渋い顔をしながらも頷いた。
「……ガキの頃の恩を思い出すよ。分かった、しばらく匿ってやる」
◆ ◆ ◆
カレンは、地下の静かな部屋で、火の灯ったランタンを前に、ひとり机に向かっていた。
ブライスが貸してくれた手帳とペン。そこに、思い出した断片を少しずつ書き留めていた。
──赤い絨毯。銀の杯。祭壇。仮面の男たち。そして、何度も繰り返された“祈り”。
(これは……儀式じゃない。もっと……“供物”だった)
言葉にならない恐怖が、筆先を震わせる。
だが、記憶の底に沈んでいたある映像が、突如として蘇った。
「……あの人……」
カレンは小さく呟く。
それは、祭壇の傍らに立っていた人物。白銀の髪に、鋭い灰色の目。冷たい無表情。
「……レオン?」
違う。似ているが、違う。
だが、その面影は確かにレオンと重なっていた。
◆ ◆ ◆
「“兄弟”だと?」
レオンは驚きを隠せなかった。
「お前が見た男、俺と似てたのか?」
カレンは頷く。
「うん。レオンより少し背が高くて、冷たい感じ。でも、雰囲気が……そっくりだった。誰かが“クラウス様”って呼んでた」
クラウス──その名にレオンの脳裏がざわつく。
幼い頃、組織に拾われた記憶。その中で、確かに“クラウス”という名が耳に残っていた。自分よりも数年年上で、冷酷なまでに優秀な少年。
「……まさか、あいつが……」
アベルが言う。
「もしその“クラウス”が、今の組織を裏から操っているとしたら?」
沈黙が落ちる。
記憶の檻は、ただ閉じ込めるためのものではなかった。過去を都合よく改ざんし、真実を歪めるための檻だ。
レオンも、カレンも、その中にいた。
「行くしかないな。あの屋敷に戻って、今度こそ真実を暴く」
「危険だ。王都で動けば、すぐに目をつけられる」
ブライスの警告に、レオンは静かに言った。
「それでも、今はもう“逃げる理由”がない。──贖罪とは、過去から目を背けることじゃない。向き合うことだ」
◆ ◆ ◆
その夜、カレンはひとつの夢を見た。
黒い空間に浮かぶ自分。そして、その前に立つ“もうひとりの自分”。
「……あなたは、本当に償いたいの?」
鏡のようにそっくりなその姿が、問いかける。
「憎んでるでしょう? あの人を。あなたを壊したあの人を」
カレンは、言葉に詰まる。
復讐心がないわけではない。だが、それだけで動けば、きっと何かを失う。
「……私は、憎しみに負けたくない。ただ……救いたいの。誰かを、昔の自分のようにしたくない」
その答えに、“もうひとりのカレン”は微笑んだ。
「なら、進みなさい。鍵はすでに、手の中にある」
◆ ◆ ◆
翌朝、カレンは目を覚まし、枕元に置かれていた黒い紙片を見つけた。
そこには、かすれた文字が記されていた。
『王都東区、第五書庫。夜明けの鐘の三つ後、扉が開く』
誰が置いたかは分からない。だが、それは確かに“記憶の檻”を解く鍵のように思えた。
「レオン……行かなきゃいけない場所があるの」
カレンの声に、レオンは深く頷いた。
──記憶の奥に封じられた真実。そして、仮面の裏で嗤う者の正体を暴くために。
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