第23話 揺れる仮面の中で
夜明け前の薄暗がりの中、小さな廃教会に差し込む冷たい風が、レオンの頬を撫でていた。
カレンは安らかに眠っている──ように見えた。しかし、その眉間には深く刻まれた皺が残り、悪夢にうなされるように、時折わずかに体を震わせていた。
レオンは火の残るランタンを傍らに置き、静かに彼女の手を握っていた。
「……カレン。今度は、俺がお前を守る」
囁いた言葉は、まるで誓いのようだった。
◆ ◆ ◆
数時間後、目を覚ましたカレンは混乱していた。
「ここは……どこ……? 私は、どうして……」
記憶の混濁。意識の断絶。すぐに正常に戻る状態ではない。それでも、少しずつ言葉を交わすことで、彼女の目に“自分”が戻ってくる気配があった。
「レオン……あなたが助けてくれたの?」
「ああ。アベルと一緒に。覚えてるか? あの組織から逃げたときのこと」
カレンは目を伏せる。過去の闇が、静かに蘇る。
「……全部じゃないけど……少しだけ、思い出した。あの屋敷にいた間、ずっと“仮面”をかぶらされてたような感覚だった。心が、自分のものじゃなかった……」
アベルが言う。
「たぶん“服従の印”だな。魔術師たちが奴隷に使う古代魔法の応用形……ただ、完全な支配ではなく、意識の層をずらすようなものだ」
レオンはうなずく。
「つまり、無理やり記憶を閉じ込められていた……そういうことか」
「それだけじゃないと思う」
カレンの声が、震えていた。
「……あの屋敷には、何か……もっと、恐ろしい“力”がある。私、それを……見た気がするの」
言いながら、カレンは自分の右手を見つめる。そこには、黒い刻印が残っていた。
「この印……“儀式”のときに刻まれたの。何人もの女の子が……同じように連れて来られて……何かに、捧げられていた」
その言葉に、場の空気が凍りつく。
◆ ◆ ◆
アベルは歯を噛みしめた。
「……エルドリッヒ家が関わってるって噂は聞いてたが、そこまでとは……」
「それだけじゃない」
カレンは顔を上げた。瞳に怯えと覚悟が宿る。
「……“王宮”の誰かが、背後にいる。屋敷の奥で、ある人物と貴族たちが会話しているのを一度だけ聞いたの」
レオンが眉をひそめる。
「名前は?」
「……“オルドリック”って呼ばれてた。フルネームは分からない。でも、その人の気配は……私たちの組織にいた、上層部の誰かと似てた」
──オルドリック。かつての上層部に、そんな名の男がいた。
レオンの脳裏に、冷たい笑みを浮かべた一人の男の顔が浮かぶ。
無慈悲で、合理的で、命を数値としてしか見なかった“監査官”。
「……まだ、生きてたのか。奴が黒幕ってことか」
◆ ◆ ◆
その日、レオンたちは廃教会を離れた。
向かう先は王都。全ての鍵を握る“オルドリック”の名を追って。
カレンの状態は安定してきたが、完全に記憶が戻るには時間が必要だった。
そのためにも、彼女を安全な場所に匿い、少しでも回復を待たねばならない。
アベルが提案する。
「王都の南門近くに、古い教会の地下室がある。昔の仲間の一人が潜伏してて、情報屋をしてるんだ。そこなら隠れるにはうってつけだ」
「分かった。頼む、アベル」
レオンは視線を王都の方角に向けた。
──仮面の裏に隠された真実。その輪郭が、少しずつ浮かび上がりつつある。
悪の根は深い。だが、それでも。
「斬るべきものがあるなら──俺が、剣を振るう」
呟いた声に、誰よりもまず、カレンが頷いていた。
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