第18話 闇の終焉と約束の光

 夜明けの帝都は、まるで長い夢から醒めたように静かだった。


 瓦礫と傷跡だらけの街路。倒壊した家屋、焦げついた石畳──そこに立つ人々の姿は、どこか打ちひしがれ、それでも確かに前を向いていた。


「……これが、俺たちの選んだ結末か」


 レオンはまだ薄暗い空を見上げながら呟いた。


 戦いは終わった。だが、それは“勝利”とは言いがたく、誰もが何かを失った痛みの中にいた。


 ノワールは捕縛され、現在は特別な魔封結界の中で眠っている。彼が目を覚ますかどうかは分からない。だが、その最後の言葉──「理想のままでいてくれ」は、今もレオンの胸に突き刺さっていた。


◆ ◆ ◆


 数日後、レオンはエリナとともに王城へ呼び出された。


 玉座の間にて迎えたのは、王弟セリウス公と、王位を継いだばかりの若き女王・レティシアだった。


「……君の功績は、帝都を救ったといっても過言ではない」


 レティシアの声は震えていた。だが、その瞳には確固たる意志が宿っている。


「私は、帝都の腐敗を放置してきたこの王家の責任を深く受け止めている。だからこそ、あなたに問いたい。今後、我が国をどう導くべきだと思う?」


 その問いに、レオンはしばし沈黙した。


 ──答えは一つではない。


 人を信じても、裏切られることもある。優しさが誰かを救う一方で、別の誰かを見捨ててしまうこともある。


 それでも。


「……“手を伸ばすこと”を、恐れない国であってほしい。失った者たちの痛みを、ただ忘れるんじゃなく、未来に繋げる力に変えていける……そんな場所を、俺は見たい」


 女王は静かに頷いた。


「では、あなたに“正義の証”を授けましょう。もはやあなたは、ただの旅人ではない。国が認める『赦しの剣士』──人を裁くのではなく、導く者として」


 剣が差し出された。純銀に光るその刃には、一切の血の気配がない。


 それは、かつての彼なら絶対に持ち得なかった、“守るための剣”だった。


◆ ◆ ◆


 その夜。


 ミレナ村の仲間たちが帝都の一角に集まり、ささやかな祝宴が開かれていた。


「やっと……全部終わったんだな」


 イグナスが、炎の揺らめきを見ながら呟く。


 隣でカイルが小さく笑った。


「いや、終わったんじゃなくて……ここからが始まりでしょ。だってさ」


 彼は焚き火越しにレオンを見た。


「俺たち、これからも一緒に生きていくんだろ?」


 レオンは黙って頷いた。


 戦いの後遺症は残っていた。幾人もの覚醒者たちは記憶を失い、一部は回復の見込みもない。


 だが、それでも生きていた。まだ、希望はある。


 ガロンが焼いた焦げた肉串を頬張りながら、ぶっきらぼうに言う。


「お前が言ったんだろ。選べるって。だったら、選び続けるしかねぇさ」


「そうね。赦されることはない。でも、歩き続けることはできる」


 エリナの声に、皆が静かに頷いた。


 贖罪とは、終わりではない。続けること。問い続けること。


 ──それが、レオンが選んだ生き方だった。


◆ ◆ ◆


 宴が終わった後、レオンはひとり街を歩いた。


 夜の帝都は静かで、人々が整備を始めた家々からは、ろうそくの灯りが揺れていた。


 ──その中に、一人の少女がいた。


 あの時、覚醒者として暴走した少女。今は正気を取り戻し、孤児として施設に預けられている。


「……お兄ちゃん」


 少女が気づき、笑いながら駆け寄ってきた。


「名前、思い出したの。マリアっていうの」


「……マリア」


「お兄ちゃんは?」


 レオンは答える。


「俺は……レオン。もう“誰かを傷つける人間”じゃない。ただの、剣士だよ」


 少女が無邪気に笑う。


「じゃあ、また会える?」


「ああ、きっとな」


 少女の手をそっと握り、その温もりを胸に刻む。


 かつて彼が失ったもの。今、少しずつ取り戻している。


◆ ◆ ◆


 数日後。


 レオンは一通の手紙を受け取った。それは、帝国の東に位置する小国からのものだった。


 ──「助けてほしい。覚醒者の被験地だった遺跡が発見された。貴方の力が必要だ」


 過去はまだ終わっていなかった。


 だが、彼はもう迷わなかった。


 守りたいものがある。救いたい誰かがいる。


 そのために、また歩き出す。


「行こう。今度こそ、すべてに決着をつけに」


 レオンの足取りは、確かだった。


 そして、彼の背にはもう──過去の影ではなく、“未来の光”が差し込んでいた。

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