第17話 覚醒者たちの夜
夜の帝都は、まるで眠らぬ獣のようだった。
街角の灯りが不自然に消え、代わりに空気がざらついた気配を纏っている。風も、音も、全てが異様だった。まるで、この都市全体が何かを押し殺し、爆発の瞬間を待っているかのような──
「……始まったな」
レオンは屋根の上から見下ろしていた。帝都の一区画が封鎖され、衛兵たちが混乱の中を走り回っている。
だが、彼らが相手にしているのは“人”ではなかった。
◆ ◆ ◆
異常の第一報が届いたのは、日が落ちてすぐのことだった。
「魔力異常反応が複数、しかも帝都の中央区です!」
報せを受けたレオンとエリナはすぐさま現場へ向かった。到着したとき、そこにいたのは──人ならざる者たちだった。
顔に感情のない仮面をつけ、体から黒い蒸気のような魔力を発しながら、通行人や衛兵に無差別に襲いかかっている。
「……覚醒者。ノワールが動かしたか」
エリナが剣を構えながら、問う。
「彼ら、もともとは……」
「ああ。〈黒影〉によって“作られた”人間だ。俺と同じようにな」
“覚醒者”──かつてレオンのように、強制的に感情と記憶を封じられ、肉体強化と暗殺術を叩き込まれた者たち。
本来なら“ただの兵器”で終わるはずだったが、ノワールによってその抑制が解かれ、魔力と記憶が暴走しているのだ。
「暴走というより……これは“解放”ね。苦しんでるわ、彼ら」
「止めなきゃ……でも、殺すわけにはいかない」
レオンの決意に応えるように、エリナが頷いた。
「じゃあ、止めましょう。あなたがそうしてきたように」
◆ ◆ ◆
戦いは熾烈を極めた。
覚醒者たちは恐るべき身体能力を持ち、しかも理性を失っている。一人ひとりが戦闘訓練を受けた暗殺者同然であり、まともに相手をすれば、こちらも無事では済まない。
だが──レオンには、“分かる”力があった。
相手の動き、その迷い。その背後にある“痛み”。
(……見える。俺には、彼らの中にある苦しみが)
レオンの剣は、殺さずに動きを封じる技へと変わった。
急所を外した打撃。関節を外す一撃。──命を奪わずに、彼らを止める。
「ぐっ……!」
だが数の差は歴然だった。
包囲されたエリナが地面に膝をつきかけた瞬間、レオンが彼女を庇って跳び込む。
──そして、一陣の風が吹いた。
「援護する!」
それは、ミレナ村から駆けつけた仲間たちの姿だった。
ガロン、カイル、そしてイグナス。
「遅くなってすまん! だが、やることは分かってる!」
イグナスが短剣を抜き、非殺傷の動きで敵を捌き始める。
ガロンの斧は防御に徹し、カイルの魔術が道を拓く。
彼らの連携が、戦場の空気を変えた。
「レオン、中心部へ行け! こいつらは任せろ!」
仲間の声に背を押され、レオンとエリナは中央の大聖堂跡地へと向かう。
◆ ◆ ◆
そこにいたのは、ノワールだった。
漆黒のローブ、沈んだ眼差し。彼の周囲に倒れた兵士たちの息は、すでにない。
「やはり来たか、レオン。……君だけは、必ず来ると信じていた」
「こんなやり方で、何を証明したい?」
ノワールは冷ややかに笑った。
「“哀れみ”は罪だと、世界に思い知らせたいのさ。君がしたような甘い選択は、誰一人救えやしない」
その言葉に、レオンは剣を構えた。
「違う。俺は救ってる。少しずつでも、誰かの手を握ることで、変えられてるんだ」
「理想だ。だが、現実は違う。君も見ただろう? “覚醒者”たちの苦しみを。あれは、この世界が生んだ絶望だ。君が癒やせる傷ではない」
「……だったら、何度でも向き合う。あの頃の俺も、誰かが手を伸ばしてくれたら、救われていた。だから今、俺がその手になる」
ノワールの目が細くなる。
「……ならば、力で証明してみせろ。“正しさ”など、幻想でしかないと──!」
叫びと同時に、彼の魔力が爆発した。
周囲の空気が揺らぎ、黒い炎が天に向かってうねり上がる。
◆ ◆ ◆
激突は壮絶だった。
レオンの剣と、ノワールの“魔力具現剣”が何度も交差し、その度に衝撃が地面を砕く。
だが、二人の技の本質は異なっていた。
ノワールは破壊に特化し、躊躇なく命を削る攻撃を繰り出す。
一方、レオンの剣は守るためのもの。彼の一撃には、誰かを“救いたい”という強い意志が宿っていた。
「なぜ……折れない……!」
「お前の“正しさ”が間違っているとは言わない。だが、それだけじゃない。──人は変われる。俺がその証拠だ!」
最後の一閃。
レオンの剣がノワールの魔力を切り裂き、仮面を砕いた。
崩れ落ちた彼の顔に、一瞬だけ“人間の表情”が戻った。
「……やはり……お前は、“理想”のままでいてくれ……」
ノワールはそのまま意識を失った。
◆ ◆ ◆
戦いが終わった帝都の朝は、静かだった。
レオンは倒れた覚醒者たちの中に一人ひとり足を運び、息のある者には治療を、死んだ者には祈りを。
彼の目は涙に濡れていた。
だがその手は、確かに誰かを“抱いていた”。
そして今、ようやく言えた。
「……俺は、もう逃げない。お前たちの痛みを、俺は忘れない。必ず、未来に繋げてみせる──」
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