第12話 再会と決意
アルゼナの街は、霧に包まれていた。
石畳の道を馬車が軋ませながら通り過ぎ、露店は朝の準備に追われていた。活気はあるが、どこか薄暗く、まるで“過去”を抱えた町そのもののようだった。
レオンたちは、街の北端にある宿「銀の鐘亭」に腰を落ち着けていた。
「ここなら数日は動かなくて済むな。身を潜めるには十分だ」
レオンが窓の外を見ながら言った。
「でも、いずれまた追ってくるわよ」
シルヴィアは剣の手入れをしながら、淡々とした口調で答える。
「わかってる。でも、俺たちも準備がいる。“核”に辿り着くには、まだ情報が足りない」
「“核”って、具体的にどこなのさ?」カイルが頭を掻きながら尋ねる。
「……帝都〈ルフェリア〉だ」
その名を聞いた瞬間、シルヴィアの手が止まった。
「まさか、あそこまで侵食されてるの?」
「俺がいた頃は、すでに一部の将校が“組織の人形”だった。今は、さらに深く浸透しているだろう」
その情報は、すでに“絶望”に近かった。
帝国の中枢が、〈黒影〉に支配されている。
倒すべき敵は、もはや影に潜む刺客ではない──国家そのものだった。
◆ ◆ ◆
昼下がり、レオンは一人で宿を出た。
向かったのは、かつての情報屋〈マーリス〉の居場所だった。
彼はこの街の裏社会を取り仕切る男であり、かつてレオンにとって唯一信頼できる情報源でもあった。
──だが、今はどうか。
レオンは裏路地に足を踏み入れ、古びた酒場の裏口を叩いた。
返事はない。だが、扉の向こうに気配はあった。
「……開けろ。レオン・クロウだ」
数秒の静寂。だが、ガチリと音を立てて扉が開いた。
現れたのは、痩せた長身の男。蒼白な顔、目の下に深い隈。だが、その目だけは鋭く、生きていた。
「……まさか、生きてるとはな」
「こっちの台詞だ、マーリス」
二人はしばしの沈黙の後、互いに小さく笑った。
「久しぶりだな、情報屋」
◆ ◆ ◆
地下の部屋。埃っぽい空間に、静かに灯るランタン。
マーリスはレオンに酒を注ぎながら、語り始めた。
「帝都はもう“表と裏”の境がねぇ。貴族も商人も軍人も、みんな〈黒影〉に金玉握られてる。誰も逆らえねぇ。──唯一の例外が、“白の盾”くらいだ」
「白の盾……?」
「ああ。帝都の第七警備隊。汚職と無縁で、上層部からも睨まれてる清廉な連中だ。隊長は、“エリナ・ヴェステリア”。名前、聞き覚えあるんじゃねぇか?」
レオンは一瞬、目を見開いた。
「……エリナ? ……まさか、生きてたのか」
「知り合いか?」
「昔の……俺の“婚約者”だった」
その言葉は、自分でも驚くほど平静だった。
だが、胸の奥で何かが音を立てていた。
◆ ◆ ◆
夜、レオンはその情報をシルヴィアたちに伝えた。
「エリナ・ヴェステリア。正義感の塊みたいな女だ。“汚れた世界を変える”って、真っ直ぐすぎて……時々、眩しかった」
シルヴィアは少しだけ眉をひそめた。
「……その人に、会いに行くつもり?」
「ああ。今の帝都で、“まだ信じられる人間”がいるなら、彼女だ」
「再会して、どうするの?」カイルが興味深げに尋ねる。
「……頼るつもりはない。ただ、真実を話す。もし彼女が協力してくれるなら、それは俺たちにとって大きな武器になる」
「でも、過去の女だろ? 複雑じゃねぇか?」
カイルの冗談に、レオンは苦笑した。
「複雑も何も、……きっと、顔も見たくないだろうな。俺みたいな“悪人”の顔なんて」
その言葉に、シルヴィアは微かに反応した。
「……それでも、行くのね」
「ああ。俺には、まだ果たしてない“けじめ”がある」
レオンの声は静かだったが、揺るぎなかった。
◆ ◆ ◆
夜明け前。
三人は帝都へ向けて旅立つ準備を整えていた。
街の門を出るとき、マーリスが静かに現れ、短い言葉を投げた。
「気をつけろよ。“エリナ”は今、帝都の最後の砦だ。だが、それゆえに狙われてる。近づけば、お前も巻き込まれるかもしれねぇ」
「それでも、行くさ。……今度は、逃げない」
マーリスは鼻で笑い、手を振った。
「変わったな、“悪人”さんよ。──そいつが、あんたの贖罪ってやつか?」
レオンは答えず、ただ背を向けて歩き出した。
雲の向こうに、微かに朝日が差し込む。
光と影が交錯する道を──三人は、再び進み始めた。
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