第49話ー迷子ー

 一方、相変わらず王都の往来の中、必死に神瑠を探すシンシア。どこからか襲い来る焦りや不安から、次第に呼吸を乱しながらも懸命に人混みを掻き分けながら足を進めていく。


「神瑠様…、どこ?どこですか…?」


 人を避けることに慣れていない少女は、所々で人にぶつかってはその度にペコペコと頭を下げながら、周りをキョロキョロと見渡しつつ、前へ進んでいた。


 このまま進んでも神瑠様はいらっしゃるのだろうか?それとも引き返してさっきのお店の辺りで待っていた方が———、


 不安が押し寄せる中、焦りながら心の中で自問自答するシンシアに、ふと、フィーゼが貸してくれた耳飾りから声が聞こえてきた。



【大丈夫、貴女の耳なら、必ず聞こえる】



「…っ、」


 どこかで聞き慣れた優しい囁きは、シンシアの乱れた息と鼓動をスーッと凪に戻していく…。



【落ち着いて、ただ耳を澄ませていればいい。僕もチカラをお貸しします】



 耳飾りに言われる通りに、そっと目を瞑り、音に集中するシンシア。


 すると、彼女の耳から雑踏が作り出す喧騒がスッと消え失せていった。


 一瞬戸惑うシンシアに、次に飛び込んできたのが、


「…ェ、シュェ———!」


「っ!!」


 離れた場所から懸命にその名を叫ぶ神瑠の声だった。


「…っ、神瑠様?!」


 弾かれたようにパッと目を開けるシンシア。


 私を、探してくださっている———?


 微かな希望に縋るように、再び辺りを見渡すが彼の姿はやはり見えない。


 ———その時だった。



「…こっちへ」



 突然何者かに腕を引かれ人混みから逸れた路地に引き込まれるシンシア。


 ———ぇ?ちょっ、なに?いや、そもそもこの人、ダレ??神瑠様、じゃ、ない??


 いきなりのこと過ぎて全身が強張るシンシアに、その人はフワッと微笑んで安心を誘う。


 その人は袈裟に笠を被った若い僧侶のような身形をしている。


「大丈夫でしたか?あんな人がたくさんいる往来で女の子が一人で立ち往生だなんて、危ないですよ?」


 そう言って優しく語りかけてくるその人。どうやら人混みから逃がしてくれた?ようだ。


 きっといい人なのだろうが、初対面の相手に対してめっぽう弱いシンシアからしてみると、その頭は冷静でいられるはずがなかった。


 それにも増してその人の見たこともない身形が、シンシアの警戒心を更に煽っていく。


 ———こ、この人、頭に何を付けてるいのだろうか?帽子?にしては大きいし、日傘?にしては持ち手もない。一体何者??


 袈裟(けさ)という生まれて初めて見る格好で、その上、頭には見たこともない笠を被っており、その人の顔もあまりよく見えない。男性、のような、でも、女性にも見える。


「どうか怯えないで。私は決して怪しいものではありません」


 その言葉に、訝しげな眼差しを向けるシンシアに、


 ———ちょっ、そんな、“ は?どこが? ” みたいな目で見ないでくださいよ〜、とすかさずツッコむその人。


「ま、そりゃ知らないヤツに突然話しかけられたらそうなりますよね。失礼、自己紹介が遅れました。我が名は雷櫻レイユィンと申します」


「レ…イン??」


 やはり聞き慣れない発音を懸命に再現しようと努めるシンシア。


 ———そういえばレインって、どこかの国では “ 雨 ” の意味を持つって本で読んだことが…と、そんなことをぼんやり思い出していた。


 そんな彼女に、フフッ、レインか、と呟くその人。


「水の神、ズィールォの庇護下にあり、雨が多いジェヘラルトにはもってこいの名前だが、残念ながら我が名はレイユィン、少し惜しい。言いにくいのなら、レイでも構いません」


 そう言って微笑むレイ。


 それよりも少女が引っかかったのが、


「…ズィー、ルォ?」


 と、聞きなれない言葉を反復する。


 そういえばこの国では、水の神イクエス様のことを皆そう呼んでいるんだっけ…。と、やはりジェヘラルトの独自性にはなかなかついていけない彼女は苦笑いだ。


「誰かとはぐれてしまったのなら、私が身を寄せるお寺で休んでいくといい。あそこは王都に足を運ぶ者たちの観光の場や、待ち合わせ場所でもあるから、お連れの方も、きっと立ち寄ってくださるでしょう」


「…テ、ラ?っ、ヤー、ニャーライがいらっしゃるっていう?」


 シンシアは恐る恐る顔を上げる。


「…ヤー、ニャーライ??」


 目の前のその人が、ん?っと首をかしげるのが見えると、


「知り合いに聞いたのです。確か病気を治してくださる、ぇっと、ジェヘラルトのイェティス様がいらっしゃるって…」


 シンシアは神瑠にサラッと説明された言葉を懸命に思い出しながら言葉を紡ぐ。


 イェティス様…、西の国の守護神か?と顎先に拳を添えながら考える素振りを見せるその人。


「待てよ?病気を治す———、あぁ、わかった!うん、そうです。薬師如来様がいらっしゃるお寺です」


 シンシアが言いたいことがやっと伝わったのか、その人はコクンコクンと頷くのだった。


 それからその人の手引きで、そのお寺を目指すこととなった。


「可愛らしいお嬢さん、お名前を伺っても?」


「…ぁ、えっと、」


 シンシアは一瞬本名を言いそうになる自分の口を慌てて両手で覆う。迷うも、この時のために与えられた名前を今思い出す。


「ゅ、ぇ…」


 発音にすっかり自信をなくしたシンシアはボソッと声を零す。


「ん?ユエ…?」


 その名を聞いた瞬間、一瞬目を見張ったその人だったが、そぅ、ユエか…と、どこか満足気に一つ頷くのだった。貴女らしい名をもらったのですね、と目を細めるレイは、



「それで? “ クリミナード ” では、何と呼ばれてるんですか?」



 そう続けた。


 その言葉にまるで弾かれたようにシンシアは彼の方を見る。


 まさかこの一瞬で身元がバレてしまったのだろうか?いや、初めから知っていた?この人はもしかして———。


 悪い予感がシンシアの頭の中を支配して、彼女の顔は途端に強張る。


「だって先ほど言ってたでしょう?イェティス様って。それはクリミナードを守護する風の神の名前。ジェヘラルト人からはまず出てこない名前だ」


「っ…!?」


 しまった、と言わんばかりにハッと口を手で覆うシンシア。そんな彼女を、


 ———フッ、なんともわかりやすい、と口角を上げてどこか可愛らしく眺めるレイ。


 その時だった。


「シンシア殿!?…あ、いや、シュェ!」


 名前を呼ばれてパッとシンシアが声の方を振り返ると、レイは一瞬驚いた様子で、しかしどこか嬉しそうな顔で、


 ———そう、貴女はシンシアというの…


 と、そっと呟くのだった。


「神瑠さま…?」


 シンシアが振り返った先には、肩で息をする神瑠その人が額に汗を滲ませて立っていた。


 えらく呼吸が乱れておられる…。もしかして、結構探し回ってくれていた———?私なんかのために?


 シンシアは少し髪が乱れたその人の様子に一瞬目を奪われるが、


 ———いや、まさか、な。そんなはずない…。


 思い上がるな。勘違いも甚だしいと、自身を諌めるように瞬く間に目を伏せた。


 そんな彼女に、息を整えながら、


「よかった、無事で。ずっと探していた」


 そう言って、神瑠はホッと表情を緩ませたのだった。


 そんな彼に、シンシアは弾かれたように顔を上げるのだった。


「おい、何だ?その顔は。…っ、まさか私が探してないとでも思ったのか?」


 神瑠は彼女の顔を見て首をかしげると、


 やるせなくハッと乾いた息を吐き捨てる。


「見知らぬ土地に女子おなごを一人置き去りにするほど、私は薄情に見えるか」


 ひどいな…とどこか寂しそうに笑うその人に、


「違っ!…すみません、決して貴方を信じていなかったとかではなく、」


 シンシアは慌てて首を横に振り、そっと目を伏せると、



「…私には、そのようながない、ので」



 と付け加えるのだった。


 どこか影を纏うその言葉に、ぇ?と声を零す神瑠だったが、一呼吸置いて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。



「———価値とかそんなの関係ない。


 私がそうしたかったからしただけだ」



 真っ直ぐにシンシアを見据えてそう言い放たれた言葉に、彼女の心の薄暗い部分にポッと小さく火が灯るのが彼女自身わかった。


「———でもどうして私がココにいると?」


「っ、奇妙なことを言うが、声が聞こえたんだ。その声の導く先に貴女がいた」


「声…?」


「不思議な感覚だった。あんな騒がしい人混みの中で、耳が弱い私でもはっきりわかる声だった。…まるで書庫で貴女が耳飾りを貸してくれた時のようだった。美神の声がはっきり聞こえた、あの時のような」


 まさか、これもなにか精霊の仕業なのだろうか?と首をかしげる神瑠に、シンシアはあることを思い出していた。


 それは、先日フィーゼの故郷であるヌミの森で、フィーゼが自分を助けに来てくれた時のことだ。彼は、耳飾りの導きで自分を見つけ出してくれたと言っていた。その話と神瑠が言ってることがまるで同じなのだ。


「…あとは、“ 黄金の蝶 ” 」


 その言葉にシンシアはパッと神瑠を見た。


 それには思い当たることがあったのだ。


 黄金の蝶、って、まさか、



 ———金色の、“ 霊光蝶リングァンティエ ” ?



 それは、神の使い魔として選ばれし精霊、神使だけに授けられるもので、主に神との通信手段として使用される。


 そんな貴重なものだからこそ、滅多にお目にかかれない代物だ。


 シンシアでさえ、それを扱える者にいまだかつてたった一人しか出会ったことがない。


 その時、シンシアの右耳の耳飾りが一つ煌めいたのだった。


「それにしても、大通りから裏路地に入って人混みを避けていたのだな。賢い選択だ」


 さすがだと感心しながら話す彼。


 その言葉にシンシアはハッと顔を上げた。


「っ、そぅ!こちらの方が裏路地に導いてくださったのです」


 と隣を振り返るシンシアは…あれ?と声を漏らす。


 シンシアの目線の先には確かに先ほどまでいたはずのレイの姿が消えていた。


「…そこに誰かいたのか?私が来た時には、貴女は一人だったようだが」


 そんな神瑠の言葉に、ぇ?!私、一人でした?と目を見開くシンシア。


 そんな彼女に、あぁ、と頷いた彼は、


「私に聞こえた声同様、目に見えないモノたちが貴女を助けてくれたのやもな」


 と続けた。


 貴女にははっきりと見えるのだろう?という言葉に、シンシアは半信半疑でゆらゆらと目を泳がせる。


 まさかレイさんは、精霊———?


 だから神瑠様には “ 見えていなかった ” 、ということ…?


 とはいえ、お礼、言えなかった…と名残惜しそうにポツリと呟くシンシア。


「大丈夫、またきっとすぐ会える。いたく貴女を気に入っているようだから」


「…?」


 神瑠の言葉の意味を理解するのに時間がかかっているシンシアの頭に、ちょっと失礼、と神瑠は手を伸ばし、スッと何かを抜き取った。


 頭の違和感にピクッと反応したシンシアに、それを差し出す神瑠。


「…これ、さっきお店で見てた、カンザシ、というもの、でしょうか?」


 綺麗…とシンシアは穏やかな目でそれを見つめる。


 神瑠の手に乗っていたのは桜の花をこと細やかに模倣し、その花びらの中央にはジェヘラルトの秘宝、紫藍石を埋め込んだ、可愛らしいかんざしだった。


 ———とはいえ、こんな代物一体どこで?さっきの店で売ってるものでこんなにも繊細な細工のものはなかった。っ、そうか、これ…、


「… “ ユァンルー細工 ” ?」


 神瑠がポツリと呟く。


「ユァンルー…、」


 ハッと神瑠を見たシンシアに彼は一つ頷くと、再びシンシアの髪に優しく丁寧に付けてやるのだった。


「桜様…、貴女のお母上が生まれ育った場所だ。金や銀、ガラス細工に、様々な装飾品の細工を手がける職人が多く集まる、物作りの小国。もしかしたらその人は、貴女のお母上の分身だったのやもしれんな」


 神瑠の優しい言葉に、シンシアはどこか嬉しそうに目を細める。


 お母様が、私を助けてくださった———?


「もしそうだったなら、とてもステキですね…」


 いまだ半信半疑に、だが穏やかな表情で、シンシアは付けてもらったかんざしにそっと触れるのだった。


 その姿を見て、神瑠は自分の懐の内側に仕舞われている、先ほど買った装飾品のあたりに力無くそっと手を添わせるのだった。


 ———それから大分お互い呼吸も落ち着いたところで、


「どこかで少し休もう。…貴女は甘いモノは好きか?」


 と、神瑠が話を切り出す。


 その言葉には、えぇ、大好きです!と、より一層の笑顔で頷くシンシア。


「ケーキやティラミス、マドレーヌにダックワーズ…、あとプディングとか、マカロンも!


 フィーゼがよく作ってくれるんですよ?それがまた絶品で———」


「へぇ、あの従者が…、」


 楽しそうに微笑むその人に、神瑠は適当に返す。


 けぇき、は、なんとなくわかる。時々コチラにも入ってくる。あとは聞かない名前ばかりだ。きっとクリミナード向こうで言う甘い食べ物すいーつ、なるものなのか?


 横文字の言葉にめっぽう弱いジェヘラルト人の神瑠は心の中でブツブツそう言いながら、シンシアの話を聞いていた。


「この近くに甘味処があるんだ。そこへ行こう」


「カーミ、ドっロ…??」


「甘いモノが食べられる、———茶屋、と言えばわかるか?」


「チャヤ…、っ、あぁ、カフェ、のことでしょうか?」


「かふぇ…??う、うん、貴女が言うならきっとそれだろう」


 お互いにピッタリと意思の疎通ができたわけではないようだが、なんとなくで頷き合った。


「では、———その、…手を。今度は、はぐれないように」


 ぶっきらぼうに差し出される少し筋張った大きな手に


 …はぃ、と零しながら、シンシアは緊張気味に自分の手を重ねるのだった。


 ———姉様はこんなことで良いと言っていたが、本当なのだろうか?


 神瑠は出かけ際に姉たちが言ってたことをちゃんと頭に入れていたのか疑問に思いながらも素直に実行していた。


 そして2人は訪れた甘味処で一休みすることとなった。


 ———王都で有名な甘味処といえばココ、“ 時雨庵 ”。王宮の姫たちやそこに仕える女官たちからも御用達の繁盛店だ。


 2人はのれんをくぐり店に入ると、もはや手慣れたようにお忍びで来店したのを察した給仕係に奥の個室へと案内されて、テーブルを挟んで向かい合わせに腰掛けるのだった。


 それからシンシアは渡されたメニューとじーっと睨めっこしていた。


「食べたいモノは決まったか?」


「…うむむむむ」


 神瑠の言葉にただ唸るだけのシンシア。


 そんな彼女を苦笑いに見つめる神瑠。


 そんなに迷うほどのことなのだろうか?ホント、姉妹たちを見ているようだ…。


 神瑠は昔、姉妹のお忍びに付き合わされた時のことを思い出していた。


 そんな時だった。


 あの、神瑠様、と申し訳なさそうにやっとメニューから顔を上げるシンシア。


 その様子に首をかしげる少年に、字が読めません…。と、恥ずかしそうに呟く。


 そんな彼女に、重要なことを忘れていたと、神瑠は、ぁ…、小さく声を漏らした。


「申し訳ない、そうだったな。どれ、見せてごらん?」


 恥ずかしそうに縮こまるその人が何だか可愛く見えて、神瑠は小さく笑いながら顔を寄せる。


 そんな彼がとても穏やかな顔をしているものだから、対するシンシアは思わず見惚れてしまう。


「シュェ?」


「っ、あ、いぇ、なにも、」


 神瑠に名前を呼ばれてハッと我に帰ったシンシアは慌てて神瑠にメニューを渡すのだった。その耳はほんのり赤く染まっていた。


「あんみつに、ところてん、饅頭にだんご、磯部焼き…。どれにする?」


「何もかも初めて聞くものすぎて、名前だけじゃ味が全然想像できません…」


「っ…、フフッ、そうだろうな。では、セットを頼もうか。コレらのものが程よい量で食べられる。


 姉妹たちはいつもどれも美味しそうに食べていたから、きっと貴女も気に入るはずだ」


 そう言って神瑠は給仕係を呼び、注文していく。


「この春時雨のセットを1つ」


「かしこまりました」


「神瑠様はなにか頼まれないのですか?」


「え?あぁ、私は、えっと———」


 少し照れ臭そうにメニューで口元を隠す神瑠に、気を利かせた給仕係が、


「っ、“いつもの”、で、よろしいでしょうか?」


 とコソッと問いかける。


 神瑠はそれにコクリと小さく頷くと、給仕係はかしこまりました、と下がっていくのだった。


「何を注文されたんですか?」


「あべ…もち」


「…ん?アベコベ??」


 そんなに照れくさいのか、ボソボソッと早口で言われ、しかも聞いたこともない言葉だけあって余計に混乱するシンシア。


「違っ、…えっと、き、きな粉餅」


「キノコ?」


「き・な・こ。黄色くて甘い粉だ」


 せっかく説明されてもよくわからなくて、はぁ、としか声が出なかった。実物の到着に期待することにした。


 それからしばらくして、お待たせいたしました、と、店員が餡蜜のセットを持って現れた。


 テーブルに置かれたそれに、シンシアの目は一気に奪われるのだった。


「うわぁ、これがジェヘラルトのスイーツ、なのですか?」


 物珍しそうに、そしてどこかはしゃいだように目はキラキラさせているシンシアに、神瑠はホッと息をつく。


 シンシアは楽しそうにまず目についた白玉をスプーンですくう。


「それは白玉。淡白だがもちもちしてる」


「モチモチ…?」


 神瑠の解説を聞きながらシンシアはパクッと口に入れるのだった。


「…なに?!この食感。噛んだらぐにゅってします!」


 生まれて初めての食感に頭が戸惑う少女。


「フフッ、ぐにゅって…。それをモチモチしてるってこちらでは言っている」


 思わず笑ってしまう神瑠に、シンシアはそっと目が止まる。


 ———良かった。神瑠様、笑ってくださってる。


 シンシアは本日何度目かの穏やかな顔を見て、ホッと胸を撫で下ろす。


 普段の彼はどこか気を張り詰めていて、それが、自分が知るフィーゼ以上なものだから、なんだか少し心配になるほどなのだ。


「…これが、モチモチ。フフッ、とっても美味しいです!」


「それ単体では味が淡白なはずだ。こちらのあんこが甘いから、一緒に食べるとちょうどよくなると思う」


「あんこ…。この黒い塊?これが甘いのですか?」


 真っ黒ですけど…と、見るからに色はそんなによろしくないそれを、神瑠に言われるがままに恐る恐る白玉と一緒に口の中でドッキングさせる。


「———っ?!」


 もぐもぐした瞬間にハッと顔つきが変わる彼女を、肘をつきながら可愛らしく見つめて、どうだ?と神瑠は柔い口調で問い掛ける。


「とっても美味しいです!モチモチと甘いが見事にマリアージュされました!」


「ま、まり…、ぇ?」


 何だって?と首をかしげるその人。


「マリアージュ、です。二つが見事に絡み合ってより美味しくなりました!」


「っ、そうか、喜んでもらえたなら、よかった」


 余韻を楽しみながら幸せそうに頬に手を当てて話すシンシアに、神瑠からも笑みが溢れた。


「神瑠様のも美味しそうですね!」


「あぁ、トロッと柔らかい餅を、こうして、程よい甘さのきな粉に包んで食べるんだ」


 そう説明してくれる神瑠の顔は、スッと明るくなったようにシンシアには見受けられた。


「その上、この店のきな粉は他の店と比べて舌触りが滑らか、甘さは極上で、餅の柔さもちょうど良く———」


 冷静に淡々と語っているようには見えるが、その頬は自然と緩んでおり、あぁ、コレ、好きなんだな…と、シンシアは思う。


 そんなところに、急にすまない、勝手に一人でべらべらと、と、ふと我に帰る神瑠。


「よっぽどこのお店のがお好きなんですね」


「うん!ここのが、他のどの店のよりも美味しくて、ここへ来た時は必ずたの———」


 そう言いかけて、あぁ、いや、すまない、と急に失速する神瑠。さっきまであんなに饒舌だったものだから、シンシアは驚いて様子を伺う。


 神瑠は一つ咳払いをすると、…いや、なんでもない、つまらない話を延々としすぎたと、どこかぶっきらぼうに零す。


 ———どうやら照れてしまわれたようだ。


 気が抜けるとつい語り出してしまいそうになるところを、懸命に冷静さを保とうと必死なその人に、シンシアは可愛らしく思いながら眺める。


「…いえ、神瑠様のお好きなものが知れて、私は光栄です」


「…っ、そう、か。よかった、引かれたんじゃないかと、心配した」


 神瑠はシンシアの柔らかい言葉に、頬を赤く染めるのだった。


 ふと彼が見せたその表情に、シンシアはやはり目が離せなかった。


 それから二人はお互いに頼んだものをシェアし合いながら、束の間のひと時を楽しむのだった。

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