第45話ー解けた罪ー

———その頃エリオットは着替えも兼ねて自身の執務室に戻っていた。


一通り身支度が整うと、近くにいた使用人を呼びつけていた。


「公女殿下の従者をそろそろ部屋から出してやれ」


「っ、よろしいのですか?」


「構わない。そしてまず初めに私の部屋へ連れて来てくれ」


「…かしこまりました」


と、フィーゼの元へ遣いを出すのだった。


一日休めば、あれだけ強い酒もそろそろ抜けた頃だろう…。


エリオットは椅子の背もたれに身体を預けながら、はぁ、と息を一つつく。


と、そこに、


「あら神威、今は一人なの?」


使用人と入れ替わるように第二公女の羅神が部屋に入ってきたのだった。その隣には第三公女の神矢も従えていた。


そして、3人は少し話をすることにした。


「公女殿下のこと、改めて1日一緒に過ごしてみてどうだったの?」


唐突な羅神の問いに、へ?!ど、どうって…、と、戸惑いを見せつつも、


「———お優しい、方、かと」


とボソッと呟くエリオット。その頬は少し赤く染まっている。


「…っ、え、それだけ?」


羅神の問いに、エリオットはふと姉たちの方を見る。


「今日一日一緒だったのでしょう?本当にそれしか思わなかったの?」


と、詰め寄るようなその言葉に、っ…、しいて言うなら、としながら、


“ かくれんぼ ” が、お上手な方だと…、と続けた。


「はぁ?かくれんぼ…?」


まさかの発言に羅神の表情は歪む。そんな姉の隣で


「アハハ、神威ってやっぱり中身はまだまだガキ〜」


と吹き出す神矢に、違っ、例え話です!と、エリオットは慌てて言い返す。


「彼女と長年手紙のやり取りをしていますが、いつも本心が、本当の彼女が見えなかった。今日だってそうだ。私が彼女の大切なモノをなくしてしまったのに、眉一つ動かさない。怒って当然なのに」


「え?ちょっ、なくしたって何を?!」


聞き捨てならない言葉に、羅神は身を乗り出さんばかりにエリオットに問い詰める。


「耳飾り…。


従者の手作りだったそうで」


「え?!あの紫藍石に似た耳飾り、従者くんが作ったものなの?!」


だから神威のじゃ嫌だったんだ〜と頷く神矢に、


「ってことはかなり大事なものだったんじゃ?!結構ショックだったんじゃない?」


羅神もそう言いながら、二人の姉たちは顔を見合わせて大騒ぎだ。


「それなのに、終始落ち着いていらっしゃったと…?」


その言葉にエリオットは気まずそうに頷いた。


「公女殿下は感情を隠すのが大層お上手な方なのね。それは私たち王族や公族にとってはとても重要なことだけど…。


———っ、それがまるで、彼女の心とかくれんぼをしているようだと、貴方は感じたってことね?」


「…はい」


羅神の言葉に、まさか本意を言い当てられるとは思っていなかったエリオットは、少し驚きながらそっと頷く。


神矢も姉の言葉に、あぁ、そういうことかと人知れず納得したのだった。


「姉様がおっしゃる通り、彼女はきっとご自身を、その感情全てを、誰にも見えない所に包み隠してしまわれるのが、閉じ込めてしまわれるのが、とてもお上手な方。


今思えば兄様あにさまもそうでした。いつも穏やかで優しかったけど、何を考えておられるのかは、その本心は決して見せないお方だった」


エリオットはそう言いながら胸の辺りをやるせなくキュッと握と、


———それはとてももどかしくて、寂しかった…。


その言葉は、胸の内に留めた。


「私は今日一日公女殿下と一緒にいたのに、いまだあの方がどこにいるのか、見つけられませんでした…」


エリオットはそう言って、どこか寂しそうに微笑むのだった。



「———そんなに他人を知りたいと思うようになったなんて、貴方も随分成長したものね」



突如聞こえた別の声に、一同は目を見張る。


「っ…、この声、まさか、一の姉様あねさまか?!」


エリオットはパッと顔を上げ、部屋の入口の方を見た。


「あら、貴方の耳が一度で私だとわかるなんて、珍しいこともあるものね」


その人は笑顔でそう言いながら、部屋の中へと足を進める。


一神いちか姉様?」


「どうしてココへ?」


他の2人の姉たちも目を丸くしながら、その人が皆のそばまで来るのを待った。


その人こそ、数年前この城から嫁いで行った第一公女、一神であった。


「そりゃ、今日は大切な弟の誕生日だもの。それに、未来の花嫁まで呼び寄せておいでなら、私も会いたくなっちゃうじゃない?本当は昨日から来たかったのだけど、ちょっと立て込んでいたものだから」


「姉様〜」


「お久しぶりです。ずっとお会いしたかった」


「久しぶりね、羅神、神矢。そして、“ 神瑠 ”」


一神に呼ばれて、エリオットはビクッと動きを止める。


「姉様、その呼び方は、」


「いいじゃないのたまには。それが貴方のなのだから」


羅神たちが気まずそうな顔を見せたが、一神はスッと跳ね除けた。


「とはいえ、誰がどこで聞いているかわからないのです。昔、姉様が私におっしゃったのですよ?もっと警戒心を持てと」


「フフッ、あら、そうだったかしら。…大丈夫。今はちゃんと人払いしてあるから、私たち以外に誰も聞いてないわ。


———とまぁ、なにはともあれ、あんなに幼かった弟が、もう立派に公子殿下ね」


一神は微笑みながらエリオットを宥めると、


光影も元気そうでよかった…とエリオットの後ろを見やりながら労わるように言葉をかけた。


「っ、のですか?」


エリオットも慌てて姉の目線の先を見やるが、やはりなにも見えない。


「えぇ、ちゃんといるわ。、ちゃんと」


一神の言葉にエリオットは、そうですか、と、どこかやるせなく目を伏せる。


そんな弟の姿に、“ パチンっ! ” と、一神は一つ指を鳴らした。


すると、


「うわぁ、…だ、誰?!いつからそこにいたの?」


急に誰もいなかった部屋の片隅に光影が姿を現したのだ。その光景に神矢は慌てふためき、片や羅神は終始落ち着いた様子だった。まるで、初めから見えていたかのように。


「大丈夫よ、神矢、この子は光影。いつも神瑠をそばで守ってくれてる雷の精霊クァンヤン、帝国式に言えば、サーディネイ、だったかしら」


一神の紹介に、光影は静かに皆に一礼する。


「本当にいたんだ。一神姉様が雷の精霊クァンヤンと契約したとは聞いてたけど、実際に姿を見たことなかったから…」


まだ驚きを隠せない神矢と、それを不思議そうに見やる羅神。


「…さっきから何?羅神姉様。私の方をジロジロ見て」


「いえ、別に…。見えていなかったんだと思って」


羅神の言葉に、神矢は首をかしげる。


「いつもそばにいるわよ?光影は。あなたたちが見えていないだけで」


その言葉に、神矢をはじめ、エリオットはそれ以上に意外そうな反応を示していた。


「二の姉様には、ずっとコレが見えていらしたのですか?」


「えぇ。神威…、神瑠以外は見えているものと思っていたけど、前の晩、神奈も見えていないみたいだったから、驚いちゃった」


「私と神奈も公妃様の子じゃないからでしょうね。やっぱり、いくら公王様の血を引いていようが、母親が何かしら貴族の血を引いた高貴な家の出でない限り、魔力はその子供に宿る可能性は低いってことでしょう」


腕組みをしながら神矢はそう推察する。


一神と美神は公妃の娘、羅神は第二夫人の娘。


晩餐には現れず、生まれながら病弱で床に臥している第四公女の神音は、第三夫人の娘だが、第三夫人は神音が生まれたと同時に亡くなっている。


そして、第一公子のエリオットの母親は第四夫人の息子、最後に、神矢と神奈は第五夫人の娘だ。


第二夫人は侯爵家、第三・第五夫人は伯爵家の出であり、そんな中、第四夫人は唯一平民の、女官上がりである。


それぞれ違う母を持つこの姉弟たちで、魔力が宿っていないのは、エリオットと神矢、神奈だ。


エリオットは後ろに控える光影に目をやると、光影は軽く頭を下げた。


そんな中、


「———それにしても光影ってよく見たら可愛い顔…。女の子みたいね!」


神矢は目をキラキラさせながら光影に釘付けになっていた。


「フフッ、みたいじゃなくて、光影は女の子よ?」


「え、」


「嘘…、」


「は??」


一神の言葉に、羅神と神矢のみならず、エリオットまでもが口をあんぐりとさせ、三者三様に言葉を零した。


「あら、神瑠も知らなかったの?ホント失礼ね。だからあなたはいつまで経っても女子にモテないのよ」


「っ、余計なお世話です!」


からかうように言い放たれた一神の言葉に、放っておいてくれ!とエリオットはプイッとそっぽを向いたかと思うと、


「わ、悪かったな。立ち居振る舞いからして完全に男だと…、」


さり気なく光影に謝罪するエリオット。


「いぇ、お気になさらず。一神様からも、女慣れしていない主には男として振る舞ってほしいと言われておりましたので」


と、淡々と答える光影。


「ちょっ、光影、そこはバラしちゃダメでしょう?」


久々に会う元従者に、一神は子供のように唇を尖らせるのだった。





———その頃フィーゼの部屋にはエリオットから遣わされた使用人が訪れていた。


「西の公女殿下の従者、出て来い」


「っ??」


急に部屋の鍵が開き、フィーゼはわけもわからず連れ出されるのだった。


「おぃ、俺をどこへ連れて行く気だ?」


「すぐにわかる。黙ってついて来い」


そっけない使用人の男の後を、フィーゼはへいへいと、手を頭の後ろに組みながらついて行くのだった。


長い廊下をしばらく歩いた後、ある部屋の前で立ち止まるその人。


「殿下、西の公女殿下の従者をお連れしました」


と、部屋の中の主へと声をかけるのだった。


彼の言葉に、ぇ、殿下ってまさか———と、フィーゼはピクッと一つ反応して、姿勢を整える。


「中へ通せ」


中からの主の声に、使用人から中へ入るよう促され、フィーゼは部屋に足を踏み入れたのだった。


「よく来たな、従者」


「っ、ご機嫌、麗しゅうございます、ひ、東の、公子殿下…」


フィーゼはエリオットの顔を見るや慌ててその前に両手をついてひれ伏した。


「お、おい、何をしている?」


突然の彼の行為にその場にいたエリオットはおろか、一緒にいた3人の姫たちも思わず目を丸くする。


「申し訳ございませんでした!浅はかなことをしてしまって…。仮にも貴方様の未来の奥方になられる方に、あんな振る舞いを…」


やけに潮らしいフィーゼに、エリオットは初めこそ戸惑いながらも、それから口角をスッと上げた。


「…ほぅ、自分がどんな大罪を侵してしまったのか、ようやく理解できたようだな」


ちょっとは反省しているそぶりの彼を前に、改めて机に肘をつき、足を組み直し、ここぞとばかりに少しふんぞりかえるエリオット。


「当然です。命が取られないだけ、そして、我が主にも罪を問われないだけマシだと…。監禁まで解いていただき、殿下のご慈悲に感謝申し上げます」


完全に縮こまっているフィーゼには、目の前のその人の存在感がより大きく感じるのだった。


「フフッ、ったら、ここぞとばかりに偉そうに…」


「シッ、神矢は黙ってなさい」


普段は自分たちがいるおかげでタジタジな振る舞いの弟が、ここぞとばかりにふんぞり返っているのが、神矢はおかしくてたまらないようだ。そんな妹をそっと諌める羅神。


「今一度問おう。お前と我が妻は、一体どういう関係なのだ?主従の関係をも超え———」


「そんなはずがありません!」


フィーゼはパッとエリオットの顔を見据えて、真っ直ぐに否定した。


「俺…、いや、私と我が主との間に、そういった感情など一切ございません。本当です!」


懸命に丁寧な言葉を選びながらひれ伏すフィーゼに、エリオットは意外そうな顔をしていた。


「———ならいい。お前も十分に反省しているようだし、此度こたびのことは不問に伏そう」


「公子殿下…?」


良かったぁ、と。フィーゼの体の緊張はエリオットの一言でフッと緩んだ。


「だが今後、お前が言うで我が妻に指一本でも触れてみろ。



今度は迷うことなく切り捨てる」



そう言ったエリオットの目は、とても冷たく鋭いもので、高い所から見下ろされたフィーゼは一切目を逸らすこともできず、ただ生唾をゴクリと一つ呑むのだった。


「返事がないようだが?」


「は、はい。か、かしこまりました!」


高圧的な言葉にフィーゼは深々とまた頭を下げるのだった。


と、その時だった。


クククククっ…、と声を懸命に押し殺しながらも小さく笑い声が聞こえてきた。


「ちょっ、神矢!」


「もぅ、笑わないの。私だって我慢してるのに」


「グフフフっ、だ、だってぇ」


3人の姉、特に第三公女の神矢が笑いを堪えきれずに吹き出してしまったのだ。


そんな3人にエリオットは頭を抱えながら深く長いため息をつく。


「ったく、締まらないなぁ。何でそこで笑うんですか、姉様」


全てが台無しだと、エリオットはイラつきながら声を漏らす。


あれほど張り詰めていたものが一瞬にして緩んでしまった部屋の空気に、フィーゼも戸惑いながらも遠慮がちにゆっくりと頭を上げる。


「だってあの神威が、“ 我が妻 ”、だなんて言うもんだから、クフフ、可笑しくってぇ」


「そりゃ、あんな小さかった弟が、今や妻を娶る歳にまでなったなんて、私だって信じられないわよ」


「ちょっ、笑い過ぎよ、2人とも。そりゃ、可笑しいけど…」


二人の妹を注意する一番上の姉、一神、だったのだが、


「言っときますけど、一の姉様が一番笑ってるってこと、お忘れなきよう」


エリオットはそう言って、口角が上がりっぱなしの一神をギロっと恨めしそうに睨みつけるのだった。


「アハハハ、悪かったって神威…。もぅ、そんなにむくれないでよ」


「っ、私はむくれてません!」


やはり姉たちにからかわれてしまうエリオットは、いつにも増して眉間に深い皺を刻む。…が、懸命に平常心を取り戻すと、ゆっくりと口を開く。


「あ、それと、従者、お前に一つ謝らなければならないことがある」


ここに呼んだのはそのためでもあるのだ、と、改まって向き直るエリオットに、フィーゼは、ぇ?と首をかしげた。


「公女殿下がつけておられた耳飾りなんだが、その、すまない!私が失くしてしまった」


「…っ、」


頭を下げるエリオットに、フィーゼはピタッと動きを止める。


「本当に申し訳ない。聞けば、あれはお前が公女殿下に贈ったモノだとか」


「あら、そうだったの?!誕生日か何かに差し上げたのかしら?」


「一の姉様は黙ってください!」


ため息混じりに言うエリオットに、は〜い、と渋々返事をする一神。


「すまないが、もう一度作ることはできないのだろうか?」


「なくした…。どこで落としたか覚えておられますか?探しに行きます」


今からでも向かおうとするフィーゼに、


いや、その…、と、気まずそうに俯くエリオット。


「私が耳が弱いことを察した公女殿下が、私に耳飾りを貸してくださったのだ…。それをつけていたら、失われた聴力が補えるだろうって」


彼はポツリポツリと当時の状況を説明していく。


「お嬢が、貴方に…?」


あ〜、そういうことか、と、フィーゼは彼の言葉に何か察したのか、立ちあがろうとする体をすっと元に戻した。


「あの耳飾りは不思議だな。アレをつけると、どんなに小さな音でも聞こえるのだから。


妹の、美神の声が、…あの繊細で可愛らしいあの子の声でさえも、久々に鮮明に聞こえた」


その言葉を、フィーゼはただ目を丸くしながら聞いていた。


そして他の姉たちは思わず耳を疑っていた。


「神威、あなた、美神の声が聞こえたの?」


「今まで一度では決して聞き取れなかったあの子の声が?」


「一体どういうこと?」


それぞれに戸惑いの表情で顔を見合わせる姉たち。


そして、戸惑っていたのはフィーゼも同じだった。


あの耳飾り、魔力がないヤツにも効力があったのか?


…いや、お嬢がから…?


耳飾りアイツ、お嬢の言うことだけは聞くからな。


フィーゼはそんなことを思いながら小さく息をついた。


「あの耳飾りは俺の氷で作ったものだから、魔力がある者が身につけていなければ、すぐに溶けてなくなってしまう。…ぁ、です」


正真正銘自分には “ 魔力がない ”。その事実を目に見える形でありありと叩きつけられたようで、エリオットは複雑そうな表情を見せる。


「まさか、公子殿下が耳飾りをつけている間、お嬢、…我が主から離れたりしましたか?」


「っ、…あぁ、確かに離れた。お前の主が気を利かせてくださって、私と美神を2人きりにさせてくれたのだ。久々に2人でゆっくり話すといいと」


公女殿下が、そのようなことを?と驚く神矢。


「それはそうと、公女殿下はそんな凄い耳飾りをされてたの?クリミナードはそんな技術も持ってたなんて…」


と、羅神は感心を示し、


「美神とまた話せたのね。良かったわね、神威。


本当にお優しい方のようね、西の公女殿下は」


一神は穏やかな口調でエリオットに微笑んだ。


そんな中、フィーゼは、なるほど、そういうことかと一つため息をついた。


「きっとそれが原因です。


お嬢、我が主は魔力が強大で体の外にも溢れ出るほどゆえ、きっと、すぐそばに主がいる状態なら、まだ耳飾りは溶けずに形を保てていたのかもしれません。しかし、主が公子殿下と離れたから———」


「公女殿下の魔力が耳飾りに届かず、耳飾りは途端に形を保てなくなって、溶けてなくなってしまった、と?」


エリオットの言葉にフィーゼはコクリと頷く。


その仕草を見たエリオットは、


美神が言っていた、“ 溶けた ” というのはやはり本当だったのか…、と、妹の言葉を信じきってやれなかった自分にまた罪悪感を抱いた。


「———それで?また作れるのか?あの耳飾りは」


その言葉に、それは俺にもわかりません、と、零すフィーゼ。


エリオットを始め他の3人の姉たちも、わからない?っと一斉にフィーゼを見やるのだった。


「同じものは作れます。けど、あの不思議な力までもを完全再現するのは難しいでしょう」


その言葉に、エリオットはそっと目を伏せた。


そう言えば、あの耳飾りには音の精霊ウォンリャン、…リルフェアルが宿っているかもしれなかったって…。耳飾りが元に戻っても、そこに精霊がまた宿るとは、それも同じ精霊が戻ってくるとは限らない。


嗚呼、なんてことしてしまったんだ…。


取り返しのつかないことをしてしまい、エリオットはやるせなく目を手で覆う。


「本当にすまない…。公女殿下に詫びたいのだが、従者、私はどうしたらいい?」


その言葉に、いや、俺に言われても…と口籠るフィーゼ。


「それなら、あなたが何か代わりになるものを贈って差し上げなさい」


何も言わないフィーゼに変わってそう口を開いたのは、一神だった。


その言葉にえぇ…と戸惑うばかりのエリオット。


「神威、明日は何の日だった?」


羅神の言葉に、エリオットはハッと何かを思い出す。


「明日は公女殿下と “ お忍びデートの日 ”、でしょう?」


「一日、ジェヘラルトの王都を案内してあげるのよね?」


姉たちの言葉に、何も知らない従者は、はぁ?!と思わず声を上げる。


おいおい、そんな日だったのか?!全くもって聞いてねぇぞ??お嬢もそのスケジュールは承知の上なのか?え、知らないのは俺だけ?え、嘘でしょ?


と、照れ臭そうにそっぽを向くエリオットと羅神たちとを、フィーゼは交互に見るのだった。


「許してやって、従者くん。今回の公女殿下の我が国への訪問は、あくまで、あなたの主とウチの神威が親睦を深めるのが目的なんだから」


少しばかり申し訳なさそうにコソッと耳打ちする羅神に、


っ…、ぞ、存じ上げておりますよ、そんくらい。と、さり気なく口を尖らせながらボソッと零すフィーゼ。しかしながら顔は引き攣っている。


「この滞在期間中は、公女殿下は “ 神威のモノ ” だから!」


「…っ、」


神矢が言い放った聞き捨てならない言葉が耳に入ってきて、ビクッと反応するフィーゼ。


「モノって、三の姉様、そんな言い方…。


———誤解するな従者、姉たちのたわごとだ!」


「いえいえ。そんな言い訳しなくとも、素直に認めてもらって構いません。公子殿下は我が主の未来の旦那様なのですから」


フィーゼはそう言って精一杯の渋い笑みで応えるのだった。


それから2人の公女から昨夜の飲酒の謝罪を受けて、フィーゼの罪はひとまず、ここで晴れて不問に伏されることとなったのだった…。

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