第43話ー兄妹で遊ぼー

「だ、ダメ…!」


「お前…、美神か?なぜ、ココに??」


 シンシアと神瑠の間に割って入ったその人とは第六公女の美神で、彼女はシンシアを庇うように、神瑠の足にギュッとしがみついていた。


「はぁ、…また勝手に入って来たのか?!ココは大切な書物を保管してあるから、お前は入ってはいけないといつもあれほど———」


「かむ…、エリオット様、」


 突然の訪問者に動揺する彼の名を、シンシアはそっと呼んで宥めるのだった。


「っ、すまない…」


 シンシアの声でエリオットは懸命に冷平静を装いながら、美神と目線を合わせるために腰を屈める。


「いきなり現れるから少し驚いてしまった。兄様あにさまが悪かった…、その、大声を出してしまって」


 たどたどしく紡がれる言葉にも、当の美神は震えていて、じわりじわりと後ずさる。


 そしてやっと、


「…ない、で、」


 震える声で美神は小さく声を漏らす。


「姫君…?」


 そのあまりに小さすぎる可愛らしい声に一番に気づいたのは、エリオットではなく、シンシアだった。


「お姉、ちゃんを、いじめ、ないで…」


 その一言で全てを察したシンシアは、


「っ…。私は大丈夫ですよ、六の姫君」


 そう言って柔らかく美神に声をかけると、彼女は途端にシンシアにパッとしがみ付くのだった。


 小さい美神の声は、やはりエリオットの耳には届かず、目の前で繰り広げられる美神とシンシアの行動を不思議そうに見つめるしかできないでいた。


「…私を庇ってくださったのですね。ありがとうございます。でも大丈夫です。貴女のお兄様、エリオット様は別に、私を責めていたわけでも、なんでもありません」


 その言葉に、


「っ、私が、シンシア殿を責めているように見えたのか?」


 と、エリオットは美神の行動の真意がわかり、目を丸くする。


「そのようで、心配してくださったようです。本当にお優しいのですね、六の姫君は…」


 シンシアの言葉にエリオットはそっと息をつき、当の美神は照れ臭そうにシンシアの腕の中に顔を埋める。


 シンシアはそんな彼女の頭を優しく撫でてやるのだった。


「…はぁ、すっかり貴女に懐いてしまったな。今まで家族以外の者には一切心を開かなかったのに」


「そうなのですか?それはとても光栄です」


 神瑠の言葉に嬉しそうに目を細めるシンシア。


 …と、そこに、


「あー、美神だけずるい!!」


 と、入り口からまた別の可愛らしい声が聞こえてきた。


「はぁ。この声は神奈だな。恐らく一緒に遊んでいたのだろう」


「神奈様…。五の姫君ですか?」


 シンシアとエリオットは入り口の方へ目をやると、


「ココへ入ってはいけないって、兄様にいつも言われてるのにぃ…」


 そんな言葉が入り口から聞こえてくる。


 神奈はちゃんと言いつけを守り、入り口で足踏みをしているだけで、中にまでは入っていく勇気はないらしい。


「神奈、今日は許す。入って来なさい」


「っ、兄様?良いの?いつもあんなにダメだって…、」


「美神と走り回ったりせず、大人しくできるならな。約束できるか?」


「はい、約束する!!」


 神奈はスッと手を上げて明るい声で元気よく返事をするとパタパタと足音を立てて中へ入って来くるのだった。


「待て!…まさか走ってないだろうな?」


「っ…、ま、まさか、ちゃんと歩いてるよ??」


 兄の鋭いツッコミに、神奈はビクッと肩を一つ跳ねさせると、慌てて足音さえも立てない静かさでそーっと、ゆっくりと歩き出すのだった。


「全く、まだまだおてんばなんだ。あの子は特に…」


 そう言って困ったように笑う彼の眼差しは、公子殿下ではなく、ただのお兄ちゃんの顔だった。


「フフッ、可愛らしいではありせんか」


 シンシアからも思わず笑みが溢れる。


「うわぁ、公女様もいるー!!」


「コラ神奈、まずはご挨拶だろう?」


 みんながいる場所にたどり着いた神奈は

 嬉しそうにはしゃぐも、そんな妹を呆れながら諭すエリオット。


 兄の言葉に、ピタッと立ち止まった神奈は、スッと服の裾を持ち上げ、


「ご、ごきげんよう、西の公女様」


 と、ペコッと頭を下げるのだった。


「…はい、ご機嫌よう、五の姫君。今日もお元気そうでなによりです」


「うん、元気だよ!!公女様は?もうお身体は大丈夫なの?」


 穏やかなシンシアの言葉にパッと笑顔で顔を上げる神奈だったが、


「コラ、無礼者、敬語を使いなさい」


「ぁ…、ごめんなさ———も、申し訳、ございません」


 またもや兄の注意にたどたどしく言葉を紡ぐのだった。


 そんな彼を、大丈夫です、私は気にしませんので、と宥めるシンシア。


「貴女がよくてもこちらが気にする。あまり甘やかしてくれるな。この子たちはまだ幼い。他でも見境なく同じ態度をとってしまう」


 ドカッと力なく机に肘をつく公子殿下は、シンシアにくっつく神奈と美神をため息混じりに眺める。


「…そ、そんなこと、しないもん。私、ちゃんとできるもん!」


「美神も…」


「だそうですよ?お兄様」


「うぅ…、シンシア殿まで…」


 彼女たちの言葉に思わずたじろぐ神瑠。そんな彼にシンシアはフフッと微笑む。


「お二人とも大丈夫ですよね。それにご安心を。例えできなかったとしても、こんなに立派なお兄様がいらっしゃるのですから、ちゃんと、お二人のことをフォローしてくださいますよ」


「え、シンシア殿?!」


 意外な返しに、何を勝手なことを…と、神瑠は目を丸くする。


 そんなシンシアの言葉に、神奈と美神はどこかキラキラした目で兄を見上げるのだった。


 ———っ…、待て、その上目遣い、やめろ…。


 神瑠は慌てて3人から全力で目を背けるのだった。


「はぁ…、わかった。今日のところは兄様の負けだ。ただし公女殿下がおられる間だけだからな」


 少し悔しそうに渋々そう言ったエリオットに、


 やったー!!と神奈は大きく万歳をして、美神とシンシアはパチパチと拍手をしながら微笑み合うのだった。


「ねぇお姉ちゃん、かくれんぼしよう?」


 美神の言葉にシンシアは、ぇ、ここで?と目を丸くし、


 賛成〜、神奈もやる〜!!と、神奈は大きく手を上げた。


 盛り上がる彼女たちを見過ごすわけにはいかないこの人は、


「おい、今何と言った?かくれんほだと?


 ふざけるな、外でやれ!ただでさえココは———」


「まぁまぁエリオット様、外はこの雨ですし。


 …大丈夫ですよ。私に考えがあります」


 今にも怒鳴り出しそうなエリオットを、シンシアは慌てて宥める。


「わかりました、一緒にかくれんぼをしましょう!ただし姫君方、一つお約束をしてください」


 シンシアの言葉に、やくそく?と神奈は首をかしげる。


「この中では決して、走ったり、物音を立てたり、本棚の本に触れてはなりません。ちょっと難しいですが、お二人にはできるでしょうか?」


「できる!!」


「美神も!」


 優しい口調のシンシアに、神奈も美神も勢いよく手を上げた。


「フフッ、では10数える間にお隠れください。鬼は私とエリオット様です」


「ぇ、私もやるのか?」


 予想外の言葉に戸惑うエリオットをよそに、シンシアは始めっとパンッと両手を合わせた。


 それを合図に、神奈と美神は出来る限りの早歩きでトコトコと好きなところへ身を隠しに行く。


 それからシンシアはゆーっくり10まで数字を数え終えたのだった。


「…巻き込んでしまって申し訳ございません。こういうのはお苦手———」


「別に、妹たちをココへ招き入れた私の責任でもあるし、貴女が気にすることではない。だが意外だった。貴女が結構乗り気だとは」


「フフッ、幼い頃、私も書庫でかくれんぼをしたことがあったんです。隠れる場所がいっぱいあって、とても楽しかった記憶があります。


 …あ、エリオット様も一つお約束を」


 思い出したようにシンシアはパッと彼の方を見た。



「決して途中で諦めず、姫君たちを必ず見つけ出してあげてください」



 真っ直ぐに言い放たれた言葉に、

 エリオットは少し意外そうな顔をして、



「当然だ」



 例えどこにいようと、私が必ず見つけ出す、と、迷いなくそう一言返した。


 そうやって笑うエリオットに、シンシアは人知れずホッと胸を撫で下ろすと同時に、ある人物が彼女の脳裏を静かに過ぎったのだった。


「…さぁて、あのおてんば娘どもめ。この俺が秒で見つけてやる。覚悟しとけよ?」


 スッと腕まくりする仕草を見せる彼を微笑ましく見やるシンシア。


 エリオット様も意外とやる気満々…。


 ———私もこんなお兄様がいたら…、なんて、ね。


 シンシアは心の中でポツリと呟いて小さく笑うのだった。



 ♢



 ———その頃フィーゼは、与えられた部屋で軟禁状態となっていた。


「あ〜暇、暇過ぎる〜!てか頭痛ぇ。昨日の酒、まだ抜けねぇのかよ、ったく」


 ただでさえじっとしているのが性に合わないフィーゼだが、食事を済ませてからも二日酔いでベッドの上でグダ〜っと動けないでいた。


 あの使用人のオッサンの言葉、本当になっちまったな…と、ため息をつく。


 不敬罪、ってヤツか。けど、しばらく謹慎ってだけの軽い罰でよかった。ま、当のお嬢は、俺の気持ちなんてこれっぽっちも気づいてないんだろうけど。


 せっかく漏れ出た言葉も、結局あやふやになっちまったし…。


 フィーゼはやるせなくゴロンと体勢を変えて、窓の外に顔と体を向けた。


「俺のせいで公子殿下には完全に勘違いさせたからな。ハッ、言うまでもなくカンカンにお怒りだったし…、あの子、酷い扱いされてないといいが…」


 ボーッと窓を眺めるフィーゼ。サラサラと降り注ぐ雨が、窓ガラスを小さく叩いてる。


「今日はお披露目会がなくなったとか言ってたっけか。お嬢のやつ、ホッとしてるかな?


 …はぁ、今ごろ一体どこで何やってんだか」


 フィーゼは力なくポツリと呟く。その耳にはターコイズブルーの石がついた耳飾りが揺れていた。


 嗚呼、ちょっとの間しか離れてないのに、こんなにも———、


 不意に、キュッと胸の辺りを握るフィーゼ。


「会いたい…」


 その口からこぼれ落ちた悲痛な叫びは、狭い部屋の中に誰に届くことなく消えていった。

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