第29話ー皇家の人々ー
部屋の中にいたのは、ジェヘラルト公王と公妃、そして、エリオットを除く5人の彼らの子どもたちだ。
シンシアたちが現れたことで、皆は一斉にそちらに目を向ける。
そんな彼らの姿を見た途端、シンシアは絶句する。
っ、どうしよう、もぅ皆様お揃いになって———、、
シンシアの身体は音もなく硬直してしまう。
私みたいな者が最後に来てしまった…。どうしよう。また私は、周りの人たちに不快な思いをさせてしまう。せっかく設けていただいた大切なお食事の場が、私のせいで、全て台無しになってしまう…。
いつもなら自分が一番先に会場に来て、後から訪れる者をその場で待ち、出迎えるのが当然だとされていただけに、今回、そんな自分が最後の登場となってしまったことへの気まずさと申し訳なさが、シンシアの罪悪感を煽り立て、思考を全て持っていってしまう。
そんなシンシアの心中と呼吸の異変に、後ろに控えるフィーゼだけは一早く気付いていたのだった。
「父上、母上、シンシア・クリミナード公女殿下が我が国においでくださりました」
エリオットの言葉に、ビクッと反応するシンシア。
———ちょっ、そ、そんな仰々しく言わないでください!恥ずかしい…。
皆の注目がシンシアに集まり、さらに萎縮してしまう。
そんな中、公王と公妃をはじめ、その子どもたちも続々と席を立つ。
「ぇ…、」
思わずその奇妙な光景に目を奪われるシンシア。
うぇぇえ?!な、何?なんで皆様、立っていらっしゃるの?———ぇ、え、私、一体何をしてしまったの…??
何か失敗してしまったのだろうか?そんなことばかりが頭に先立ってしまうシンシア。
そんな彼女に、
「…主、公王陛下にご挨拶を」
「っ?!」
後ろからさりげなく、従者が小さく囁く声が聞こえてきたのだった。
その言葉にハッと気付かされたシンシアは、改めて公王と公妃がいる上座に向き直り、懸命に覚えてきた挨拶文を頭の中に広げるのだった。
「っ、み、水を総べる碧水の王、ジェヘラルト公王公妃両陛下、並びに、ご家族の皆々様に、ご、ご挨拶、申し上げます」
シンシアはぎこちなく、ペコっと頭を下げる。
すると、
「———よく来てくれた、風の国の公女殿下。
長旅でさぞ疲れただろう。ささやかだが今宵は貴殿のために開いた宴だ。存分に楽しんでほしい」
公王は穏やかな口調で答え、
「貴女に出会える日を、今か今かと待ちわびていたのですよ。遠い地からよくぞ、ジェヘラルトへお越しくださいました。お会いできて光栄です、クリミナード公女殿下」
公妃も笑顔で言葉をかけた。
「そんな…、も、もったいなきお言葉です。公王公妃両陛下…」
公王と公妃の温かい言葉に震えあがりながら恐縮するシンシア。
そんな彼女に、タンを切ったかのように、公女たちの話し声が聞こえてきた。
「さっき侍女の女官たちも話してたけど、本当に桜様にそっくりね。まるで生き写しみたい…。可愛い〜」
「こんな可愛らしい娘さんが神威の婚約者だなんて、お姉ちゃん嬉しいわ!」
「神威兄様のお嫁さん、とっても綺麗〜」
エリオットの姉妹たちが、そんな言葉を次々に口にするのだ。
まさかの言葉の数々に、シンシアはやはり戸惑うばかりだった。
「姉上、お前たちも…、そんな一斉に話したら、公女殿下がビックリされているだろ?すみません、お喋りな姉妹たちで」
「い、いぇ…」
四方八方から一斉に声が聞こえて戸惑うシンシアに困ったように笑うエリオット。
「さ、コチラの席へどうぞ…」
彼の導きで席まで案内されると、そこに用意されたお猪口に酒が注がれる。
「…すまない、もう少しだけ付き合ってくれ」
エリオットの言葉にわけもわからず頷くシンシア。
そしてそのすぐ後に、公王の乾杯の音頭で、一同はそれぞれの盃を手に持ち、高らかにそれを掲げるのだった。シンシアも慌てて皆の真似をするように続く。
「可愛らしい来訪者、クリミナード公女殿下の御来訪に、乾杯!!」
「乾杯!!」
「…カ、カンパ〜、ぃ?」
シンシアも皆に合わせて小さいながらも声を零すのだった。
それからやっと全員が席について、ジェヘラルト公爵家の小さな晩餐会が始まった。
———椅子ではなく、床にそのまま座る、んだ…。
慣れない異国の慣習に驚かされながらも、シンシアは用意された座布団に座りながら、一生懸命周りに順応しようと努める。
食事の間にいるのは、公王、公妃、エリオットと、そして彼の6人の姉妹たちだ。彼には3人の姉と3人の妹がいる。1番上の姉は嫁いで城を出て、そして、4番目の妹は病で床に伏しているため今ここにいるのは4人だ。姉弟たちの中で彼が唯一の男児なのであった。
皆はそれぞれに楽しそうに会話を楽しみながら食事も楽しむ。
とにかく静かで、食器とカトラリーの触れ合う音しかしないクリミナードでの食事とはまるで勝手が違い過ぎて、やはりシンシアは戸惑うばかりだ。
———エリオット様、他の方もそうだけど、食べ方、とても綺麗…。さすがは公族、そりゃそうか。
シンシアはそんなことを思いながら、無意識のうちにジーッとエリオットを眺めていた。
食事中、向かい側に座るエリオットの所作がどこか女性のように美しくしなやかなのは、育ちの良さと、周りの人間の影響も手伝ってのことだ。そしてその容姿もまるで女性のように美しく整っているのは、彼が幼い頃から姉たちの着せ替え人形のように遊ばれてきた結果ともいえた。
そんな中、ふと、エリオットが向かい側の少女に目を向けると、彼女はなかなか食が進んでいないようだった。
「…どの、…シンシア殿?」
「…。」
名前を呼んでみるがその人は無反応で…。
と、その時、
「———主、」
「…ぇ?!」
見兼ねたフィーゼが、後ろからそっと彼女に状況を囁いてやるのだった。
「…ぁ、す、すみません、私、」
「料理、口に合わないか?」
「っ?!あ、いぇ、そういうわけでは、」
あまりの緊張で、どれから手をつけて良いのか頭がまるで回らないのだ。
「…もしかして、箸では食べにくいか?ナイフとフォークを用意させようか?」
「っ、ち、違うんです、お箸はちゃんと使えます。練習だってしています!」
シンシアは慌てて箸を手にギュッと持つ。その手は密かに震えていた。
…どうしよう、見られてる。ちゃんとお箸を使って食べないと。でも、どれから手をつけよう?どれなら食べやすいかな?
そっと箸を伸ばすものの、行き場に迷うシンシア。
どうかしたの?と、エリオットたちの声に気付いた周りの者たちの視線が、シンシアに集まりだした、そんな時だった。
「———っ、」
「うぇっ?!」
不意に誰かがシンシアの服の裾を引っ張り、シンシアは慌ててそちらを見たのだった。
…ぇ、誰??
そこにいたのは、一番末の
「あ、こら、
勝手にシンシアの所まで来てしまった小さな妹に、エリオットは慌てて注意をする。
「…。」
だが、美神は兄の言葉には応えず、シンシアの服の裾を握り、シンシアの顔をじっと見る。
か、かわいい———。
床に座っているので、ちょうど目線の先にある、まだ幼いそのクリクリした瞳に、シンシアは目を奪われる。
「どうか、なされましたか?えと…、六の姫君」
シンシアは珍しく自分から声をかけていた。
「…っ、」
だが、呼ばれ慣れない仰々しい呼び方に照れくさくなったのか、美神から先に目を逸らしてしまった。
「
「は〜い、神威兄様…」
エリオットに言われ、神奈と呼ばれる7歳ほどの第五公女が美神を連れ戻しに席を立つ。
「美神、何してるの?早く席に戻るよ?」
「っ…、」
神奈に腕を掴まれるが、美神はシンシアの服の裾を握ったまま、首を横に振って動こうとしない。
「…ほら、公女様が困ってるでしょ?わがまましないで早く来なさい!」
「———私は、大丈夫ですから、そんな叱ってあげないでください」
シンシアは苛立つ神奈を宥めようと言葉をかける。
そんな時、シンシアの後ろで座していたフィーゼが、
「失礼ですが第六公女殿下、その手に持っておられるものは、何でしょうか?」
何かを察してか、美神に声をかけたのだった。
突然のことに、美神はビクッと肩を跳ねさせる。
「一介の従者ごときが、高貴な公女殿下にお声をかけてしまう無礼を、どうぞお許しください…」
いつもの彼の口調とはまるで違い、小さな公女殿下相手に丁寧に話しかけている。
それがなんだかシンシアには微笑ましく見えた。
そんな中、美神は持っているものをフィーゼに取り上げられてしまうのではないかと、咄嗟に彼から距離を取るのだった。
「あ、美神、それ…、」
神奈も美神が何か手に持っていることに気づき、彼女の腕を離してやるのだった。
「公女様にそれをあげようとしたの?」
「…。」
姉の言葉に美神は小さく頷く。
「我が主に、何か贈り物ですか?」
「…。」
フィーゼの言葉に押し黙ったままの美神を見兼ねて、
「コレ、私たち姉妹で作ったものです」
と、神奈が代わりに答えてやるのだった。
そんな妹たちのやり取りを見て、
「はぁ…。美神、言いたいことがあるなら、はっきりと自分の口で言いなさい!」
エリオットは少し強い口調で美神に注意を投げかける。その言葉に当の美神はますます身体を硬直させ、服の裾をキュッと握って縮こまってしまう。
震え上がる美神の姿に、シンシアは胸が小さく締め付けられるのを感じていた。
「申し訳ないです、シンシア殿。この子は少し言葉が遅くてね。周りにお喋りな者が多くて、勝手にこの子の気持ちを先取りするものだから、当のこの子は逆に何も話さなくなってしまって…」
と、エリオットはため息混じりにフォローという名の説明を付け加える。
その言葉は、さらにシンシアの心を締め付けるのだった。
「———なら、なおのこと、話せなくもなりますよね」
「ぇ?」
「主…?」
突然のシンシアの発言に、エリオット並びにフィーゼも目を丸くする。
そんなに強い口調で急かされては、せっかく話そうとしていても、余計に話せなくなってしまうというものです。恐怖で、喉が締め付けられて、苦しくて、怖くて、挙句、何も出てこなくなってしまう…。
———嗚呼、そうか。美神(この子)を見てると、どうしてこんなに心が痛むのかわかった。
私は、
シンシアはふと、そんなことを思う。
シンシアは目の前でうなだれる美神と、かつては兄たちや継母、周りの使用人たちの言動に、毎日縮こまりながら生活していた幼い頃の自分を無意識のうちに重ねていたのだった。
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