第23話ー深まる絆ー
「ほんと、どうしてこんな奴と契約しちゃったんですか?この人、この森じゃ1、2を争うバカで有名だったんですよ?」
そんなキュピルの言葉に、シンシアは、ぇ?とパッとフィーゼを見る。
「オマ…、だから余計なこと言うな!
———お嬢、これはあくまで過去の話だからな?今は、…わかるだろう?」
慌てて弁解するフィーゼに、と、柔らかい笑みで頷くシンシア。
「今はフィーゼ、学年で3位の成績だものね」
シンシアが溢したその言葉に、
…は??と、キュピルとイグォルは動きを止める。
「いや、ありえないでしょ、この人が上から3番目?下からの間違いじゃないの?」
「お前〜、絶対カンニングとか不正しただろ?」
「アホか、してねーわ!公女殿下の従者が、んなことしたら、この人の信用が一気に地に落ちるだろーが!正真正銘全て俺の実力だ!」
総ツッコミを懸命に跳ね返すフィーゼの言葉に、
そんなことまで考えてくれてたんだ。と、シンシアは思わずドキッとする。
「あー!お嬢までそんな意外そうな顔すんなよ…」
「ぁ、違っ、私は…」
不意に振り返って目が合ったその人に、シンシアはあわあわと取り繕う。
「とはいえ、大の勉強嫌いのアナタが…。一応努力してんのね。えらい、えらい」
「いい加減にしろよ?テメェ〜」
ため息混じりにキュピルに答えるフィーゼ。
そんな彼を見て、
「フフッ、フィーゼはとっても努力家ですよ?執事としての所作も綺麗だって、色んな方に褒められますし」
そう言ってそっとフォローを入れてくれる主。
そ、そう、なのか…と、フィーゼはなんだか恥ずかしそうにそっぽを向く。
「それに、フィーゼが淹れてくれる紅茶は、とても美味しいんです!」
「…お嬢、いいよ、そんな世辞は」
自慢げに言うシンシアに、フィーゼは嬉しさ半分照れ半分だった。
「お世辞なんかじゃないよ。お菓子だって美味しいし…。あ、この前なんてマカロン作ってくれたんですよ?」
「紅茶にマカロン?!」
シンシアの口から飛び出した可愛らしい言葉に、キュピルとイグォルは口をあんぐりさせる。
「いや、お嬢、マジでもぅいいから…」
「ぇ、でも、クッキーとかケーキを作ってくれたりとか、それからそれから———」
「ちょ、ちょっと、待て!」
フィーゼはそう言って全力でシンシアを止めに入るのだった。
頼むからもうやめてくれ。恥ずかしくて死ぬ…。
大慌てで強制終了に持ち込むのだった。
「とにかく、私の従者は誰よりも素晴らしいってことです!」
一生懸命フィーゼのいい所を並べて行くシンシアに、キュピルは思わず、クスッと笑みをこぼすのだった。
「ぁ、ごめんなさい、可愛いなとて思って。
そりゃ、雪の悪魔だって丸くもなるわね。こんな可愛らしい人が主なんだったら…」
「うぇ、か、可愛っ、いや、決してそんなことは…、」
言われ慣れてない言葉に途端に頬を赤らめ、あわあわするシンシア。
「な?可愛いだろ?俺の主は。こんなことで照れて真っ赤っかになっちまうんだから」
「もぅ、フィーゼもからかわないで!」
顔から火が出るんじゃないかと言うほど赤い顔をした主の頭を、どこか嬉しそうに、愛おしそうに撫でる従者。
「…っ、」
———ほら、またその顔。
フィーゼの柔らかく緩んだ表情を見るや否や、キュピルはまた心の中でツッコむのだった。それはこの上なく優しく、満足そうで、幸せそうにキュピルには思えたのだった。
「とにかく俺は、このお方の、クリミナード公女殿下の従者として隣に立っても恥ずかしくないように努めてるだけだ。勉強だって、なんだって、完璧にな」
何の躊躇いも迷いもなく真っ直ぐな目でそう言ってしまえるフィーゼを、シンシアは誇らしく思えるのだった。
そしてそんな彼を前に、思わず顔を見合わせるイグォルとキュピル。どうしても自分達が知る昔の彼と比べてしまって違和感を拭いきれないのであった。
「…おっほん、お二人さん、言っとくけど、俺たちもいること、忘れないでくれよ?」
「ふぇ?!」
「…っ、」
わざとらしく咳払いをして話すイグォルの言葉で2人はハッと我に返り、大慌てでパッと離れるのだった。
「今更何照れてるのよ〜」
「う、うっさぃ…」
キュピルにいじられるフィーゼは慌てて顔を背ける。
そんな彼の顔を見て、
フィーゼ、顔、真っ赤…と心の中でシンシアは呟いていた。
シンシアもそうだが、不意にシンシアがチラッと見たフィーゼも、耳まで赤くしているのだった。
「…あ、そろそろ私の名前、決まりました?」
「えぇ?!…あぁ、えっと、」
突然キュピルに話を戻され、戸惑うシンシア。
「なに、お前、改名すんの?」
「いいでしょう!?アナタだって、フィーゼって名前をもらったんだから、私だって、それくらい…」
照れくさそうに口を尖らせながら言うキュピル。
例え血が繋がった兄妹じゃなくても、親が違っても、私だって、同じ人がつけた名前が、ほしい…。
胸の内ではそんなことを思っていたのだった。
そんな時、不意にシンシアが口を開く。
「ファルーテ」
「っ…、ファ、ルー、テ?それは、なんて意味?…ぁ、ですか?」
キュピルは若干食い気味に問いただす。
「クリミナードの言葉で恐縮ですが、古い言葉で、“ 冬を呼ぶ歌 ”、という意味があります」
「っ!?」
それを聞いてキュピルは目を丸くして、パッとフィーゼの方を見る。
「…っ、」
当のフィーゼも同じような表情を浮かべていた。
「あなたはアウスジェルダの森の長様の奥様、なので、その…、森のみんなからしたら、冬の精霊さんたちに、寄り添う存在なのかなって」
シンシアはそっと補足すると、なるほどとキュピルは頷きつつも、他にも意味を勘繰っていた。
「…どう、でしょうか?」
すこし自信なさげに彼女を見るシンシア。
気に入ってもらえた、かな…?
内心ドキドキである。
そんな彼女を見ながら、キュピルはそっと口を開く。
「 “ 冬 ” って、“ この人 ” の名前の意味にも入ってますよね?」
キュピルはピッとフィーゼを指差すので、おぃこら、人に指を差すな!と、鬱陶しそうにフィーゼはすかさずツッコむ。
そして聞かれた当のシンシアはキュピルに、
「もちろんです!」
と笑顔で頷いたのだった。
それを見て、キュピルはそっとシンシアから目を逸らす。
———はぁ、まったく、貴女には敵わない…。
キュピルはそっとシンシアの思慮深さを読み取り、キュッと胸の辺りを握るのだった。
「どう、でしょうか…??」
不安気にキュピルの顔を伺い見るシンシアに、
「あぁ、もちろんありがたく、頂戴いたします…」
キュピル改め、ファルーテは、深々とシンシアに頭を下げるのだった。
「はぁ、よかったぁ…」
彼女の様子を見てシンシアもフワッと脱力したのだった。
「よかったな、新しい名前もらって。俺たちの息子、レヴィエルと同じく、とってもいい名だ」
イグォルも嬉しそうに笑う。
「へぇ、そこのクソガキ、本当はレヴィエルって言うのか」
へぇ〜、と頷くフィーゼに、どういう意味なの?と尋ねるシンシアに、
「
と、補足してやるのだった。
「っ…、素敵な名前だね」
ファルーテの膝枕で眠るレヴィに、シンシアはそう言って微笑みかけるのだった。
♢
それからしばらくして、シンシアとフィーゼはいよいよ宿に帰らなくてはいけない時間になった。
「すっかり長居してしまって、すみません」
「いえいえ。貴女のおかげで、500年もこの2人の間で複雑に絡まっていた糸が、やっと解けましたから」
イグォルの言葉に、シンシアはフィーゼとファルーテを見るが、お互い目を合わせようとはしない。やはりすぐには完全に元通り、とはいかならしい。
いや、きっとこれは、お互い似たもの同士、ということなのだろう。
「お姉ちゃん、もう行っちゃうの?」
小屋でお昼寝していたレヴィは今では目を覚ましていた。
「ごめんね、レヴィ。今日中には国境を超えてジェヘラルト公国へ入らなきゃいけないから」
「や〜だ〜」
シンシアは彼にすっかり懐かれてしまったようで、足元にしがみつかれている。
「ぁ、そうだヴェッツェ、結界を貼り直しておいてくれよ。昔みたいに」
「はぁ?!そんくらい自分でやれ」
「いいだろ?俺のよりお前のが一番効くんだよ。あの強力なやつ、また頼むよ、な?」
イグォルは拝むように顔の前で手を合わせてフィーゼに頼み込む。
「チッ、なんで俺がそんなこと。仮にも俺は神堕ちだぞ?お前らにはプライドってもんがねぇのか?」
口を尖らせ、それ自分で言う?というような悪態をつくフィーゼに、
「いいじゃない、フィーゼ。あなたの力で、
と、シンシアが柔らかく諭すのだった。
「———それも、巡り巡って、ってやつか?」
ふと、彼がそんなことを口にするものだから、シンシアはその通りだと笑顔で一つ頷く。
「 “ 良いことをしたら、巡り巡って、良いことが必ず返ってくるから ” 、ね?」
と、シンシアは笑って返した。
シンシアの言葉に渋々頷くフィーゼは、目を閉じて意識を集中させる。
そして、
“ パチン! ” と一つ指を鳴らすと、その音が静まり返った森に響き渡った。
「…はぁ」
フィーゼはひとつ息をつくとそっと目を開ける。
「もぅ、終わったの?」
主の言葉に従者は頷く。
「これでもぅ500年は余裕で安泰だ」
「ごひゃ…、俺だったら100年に1回は必ず張り替えにゃならんのに??ホント、ズルいよな〜」
「仕方ねーだろ?できちまうんだから」
「こらこら、調子にのらない」
ドヤ顔の従者をスッと諭す主。
「フフッ、公女様?この人の手綱、ちゃんと握っててくださいね。また過ちを犯さないように」
ファルーテは笑ってシンシアに警告しておくのだった。
もぅこれ以上、誰かを助けるために自分を犠牲にしないように…。
その言葉を飲み込みながら、そっとフィーゼを見るのだった。
「お前っ、何が言いた———」
「任せてください!ファルーテさん」
「おぃ、お嬢、」
シンシアは胸を張ってファルーテに答える。
「貴女のお兄さんは、私が護ります」
一つの迷いもなく放たれたその言葉は、フィーゼはもちろん、ファルーテの心にも、温かいものをじんわりと広げていく。
「そういえばその耳飾り、対になってるのを2人で付けているんですか?」
ふと、ファルーテが零した言葉に、そうなんです、とシンシアは頷き、
「フィーゼが作ってくれたんですよ?」
と、得意気に答えるのだった。
そんな彼女からスッと目を逸らすフィーゼの頬は、また少し赤くなる。
「あ、それ、俺も気になってた。その耳飾り、何なんですか?」
「何っ、て?」
イグォルの問いかけに首をかしげるシンシアに、
「もんの凄い魔力が宿ってるよ?それ」
そうズバッと言ってのけたのはまさかのレヴィで、その言葉にシンシアとフィーゼは顔を見合わせる。
「2人とも、ってか、作った本人さえ気づいてなかったわけ?」
「いや、初めはお嬢だけが付けてたし…」
ファルーテの言葉に慌てて言い訳するフィーゼ。
———まぁ、その時から色々と問題はあったから、なんかおかしいとは思ってたが…。
フィーゼはシンシアが耳飾りをつけ始めてからの出来事を思い返していた。
「確かに、フィーゼとも話してたんです。この耳飾りには何か、もしかしたら精霊さんが宿ってるんじゃないかって」
「それもあり得るかもな。何か変わったことはないですか?この耳飾りを付けるようになって」
イグォルの言葉に、再びシンシアとフィーゼは顔を見合わせる。
———いや、ないもなにも、あり過ぎて…ってヤツだ。
「2人のその様子じゃ、大アリなんだな?」
何も答えないところからして肯定と察したイグォルは呆れながら言葉を漏らす。
「声が聞こえるんだ」
「声だって?」
フィーゼの言葉に、何言ってるんだお前?と表情を歪ませるイグォル。
「全ての声。生きとし生けるもの、とにかく全ての」
「怖っ!!…なんだよ、ソレ」
「そこの雪の声だったり、森の木々の囁き、ありとあらゆるモノの声だ。俺がこの森に足を踏み入れる時も、あらゆる方面から警告の声が聞こえてた。お前はここへ来るべきじゃない、とっとと引き返せって」
フィーゼの言葉にシンシアは改めてパッと彼を見る。
そう、だったの…?だからあの時、歓迎されてないから早く帰ろうって、言ってたの??
シンシアは小さく息を呑んだ。
子どもたち以外にも、フィーゼには森の声が聞こえていた———?このヌミの森さえも、子どもたちみたいに、フィーゼを拒絶するような言葉を投げかけていたって言うの?
頭の中には湯水のように次々と疑問が湧き出てくる。
…でも、なぜ私にはソレが聞こえなかった———?私も同じ耳飾りをしているはずなのに。フィーゼが嫌な思いしてるのに、主の私は気づけなかった…。
と、やるせなく下唇を噛むのだった。
っ、まさか、
シンシアはそっと、耳飾りに手を添えるのだった。
「大丈夫。お嬢が気にすることじゃない」
「っ…?!」
シンシアの表情から何かを察したのか、フィーゼはそっと耳元でシンシアにそんな言葉をかけてやっていた。
「とにかく、普通のヤツらには拾えない音や声が、この耳飾りを付けてたら嫌でも聞こえてくるようになったってだけだ」
「…そうか。まぁ、とにかく気をつけるこった。そんな物騒なモン、身に付けておくのはあんまりお勧めしない」
イグォルの言葉にシンシアはピクッと反応する。
やっぱり、この人もフィーゼと同じことを言う…。この子が “ 良くないモノ ” だと———。
シンシアはイグォルの言葉に、まるで隠すように耳飾りと耳を手で覆うのだった。
それを見たフィーゼはまた、
「安心しろ。前も言ったろ?もぅ
そうだろう?と、シンシアに優しく声をかけるのだった。
その言葉に安心したように、少女は小さく頷く。
「ま、何かあっても俺がお嬢を守るだけだ。何も心配ない」
と、自信満々にイグォルの言葉を一蹴するフィーゼ。
「おじさんカッコいい!!」
思わずレヴィが放った言葉に。
「う〜ん、褒めてもらってるとこ悪いけど、おじさんじゃなくてお兄さん、…な?」
フィーゼはちゃんと反応するのだった。
「…さて、そろそろ行かねぇと、本当に日が暮れちまう。———んじゃ、お嬢、ちょっと失礼!」
「ぇ、…キャァ!?」
まるでもうお約束のように、フィーゼはシンシアをサッと抱き上げて馬の背に乗せると、その次に自分もハラリと跨る。
「ちょっ、女性はもうちょっと丁寧に扱いなさいよ!ったく昔っからアナタはガサツで乱暴なんだから」
「だからお前なぁ…」
フィーゼとファルーテは相変わらずバチバチと火花を散らしている。
そんな中、お姉ちゃん…、と、レヴィは寂しそうにシンシアを見上げる。
「また遊ぼうね、レヴィ」
「今度はいつ来るの?」
レヴィの問いに、あぁ、えっと〜と言い淀むシンシアに、
「500年後くらいか?その頃には、結界、また張り直しに来てやるよ」
と、切り返すフィーゼに、
「ちょっ、その時は私、絶対いないから!」
そう言ってすかさずツッコミを入れるシンシア。
「…どうしていないの??」
レヴィの素朴な疑問に、シンシアは答えに困ってしまう。当然だ。彼はまだ子ども。ましてや人間と関わったことなんてまるでない。だからわかるはずもないのだ。人間と
その様子を見てフィーゼはスッと目を背けるのだった。
「…もぅ、会えないの?」
「会えるよ、きっとまた。それまで元気でね!」
不安そうな顔のレヴィに、それを払拭するようにシンシアは精一杯の笑顔で頷く。
「…また会おうね、レヴィ」
「うん、またね、お姉ちゃん!」
2人はそう言って笑顔で手を振り合う。
「お前も元気でな。“ フィーゼ ”」
「っ…、お、おぅ」
イグォルに初めて今の名を呼ばれて、フィーゼはぶっきらぼうに返す。
「 “ 兄貴 ” になにか言わなくていいのか?キュピ…、いや、ファルーテ」
「っ…、」
イグォルに促されるが、うまく言葉が見つからない様子のファルーテ。
そんな彼女に、
「———幸せでな」
フィーゼはたった一言、そう伝えた。
すると、言われなくても、と言い放つファルーテだったが、少し間を置いて、
「… アナタも、ね」
顔を逸らしながらそう返すのだった。
「…ったく、相変わらず可愛くな———」
言ってる途中でファルーテの頬が少し頬を赤くなってることに気づくフィーゼはそっと彼女を見つめる。
「…な、なによ?」
「別に…。元気でな」
とだけ告げた。
———少しは可愛くなったじゃねぇか…。
彼女から目を逸らしながらそっと笑うのだった。
その言葉を最後に、フィーゼは馬を勢いよく走らせ、元来た宿に帰っていくのだった。
そんな中、遠くからは、
「元気でねー! “ お兄ちゃーん ” !!」
という声が、風に乗って二人の耳に聞こえてきた。そんな二人の耳飾りもゆらゆらと揺れている。
「———っ!?」
「フフッ、良かったね、フィーゼ。レヴィ、やっとお兄ちゃんって呼んでくれてる」
シンシアの言葉に、少し間を置いて、そう、だな、とだけ返すフィーゼ。
———嗚呼、やっぱり可愛くない。
フィーゼはフッと小さく笑うのだった。
シンシアはレヴィと言っていたが、フィーゼにはその声が、昔の幼い妹の声に聞こえていたのだった…。
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