第21話ーいや、あれはただの人命救助であって…ー

「———けど、どうしてフィーゼは、洞穴ココに私がいるってわかったの?」


 シンシアはふと、ずっと疑問に思っていたことをフィーゼに問いかける。


「あぁ、コレだよ」


 シンシアの問いに自分の耳飾りをトントンっと指し示すフィーゼ。


耳飾りコイツに道案内させたってわけ」


「そうだったんだ!なんだか夜市の時みたいだね」


 そう言いながらなるほどと頷くシンシア。


 耳飾りあなたが私の居場所をフィーゼに教えてくれたんだ。ありがとう———。


 少女はそっと穏やかに耳飾りに触れるのだった。


「…だが、イグォルはなんで?」


「あのなぁ、あれだけ派手に雪を撒き散らしてくれりゃ、その後を辿るなんてわけねぇよ」


 ほら、コレなんかそう。と、地面を指差しながら、フィーゼが吹雪を身体に纏い猛スピードで移動した痕跡を示す。


「うわぁ、確かに派手…」


「ったく、お嬢まで…、わかりやすいと言ってくれ!」


 呆れ顔のシンシアにフィーゼは思わずツッコむのだった。


「…そういやお嬢、氷柱に閉じ込められる前に火の魔法を使ったか?」


 突然の従者の問いに、ぇ、なんで?と首をかしげた主は、いきなり過ぎてそんなこと考える余裕もなかったよ、と苦笑いで続けた。


 そんな彼女に目を丸くするフィーゼ。


 では、彼女を氷柱の中から出した時に一瞬見えたあの火の粉は、一体何だったのだろうか…?


 ん?と腕組みをしながらフィーゼは頭を捻るのだった。


 そんな彼に、でもね、と主は続ける。


「精霊さんが助けてくれたの」


「…精霊?どんな?」


「 “ 火の粉の加護 ” を持つ精霊さん…」


 火の粉?と聞いたこともない加護にまた頭を捻るフィーゼ。


 だとするとおそらく南の国、火の国サリンドラの精霊だ。なぜわざわざこんな真反対の北の地なんかに…?


 フィーゼはますます頭を悩ませるばかりなのだった。


「私、あの時から火は怖いものだと思ってた。フィーゼを酷く傷つけたものだから」


「っ…、それって、あの剣術大会のことを言ってる?」


 主の話ぶりに、瞬時に当時のことを思い出したのか一瞬ビクッとしながら、あの時は酷い目にあったからな〜と苦笑いを浮かべるフィーゼ。


「だけどその火は、元はとっても優しいものだった…。やっとそれがわかったの」


「それは、どういう———?」


 シンシアの言葉が解せず首をかしげる従者。


「あの時の火の粉の残り火が、私を助けてくれたの。


「…っ、」


 その言葉に何かを察したフィーゼは、


「それは、よかった、んだよな?」


 と首をかしげた。


「うん。だからこそこうして私は助かった。最後まで私に寄り添って温めてくれてたの」


 シンシアは胸のところに手を当てがいながら柔らかく微笑む。


 最後の最後までずっと私を励まし続けてくれていた。きっと大丈夫だからと。雪の騎士フィーゼが必ず助けに来てくれるから、と———。


 ありがとうございます、エストさん…。


 心の中でお礼を述べる彼女のそばを、火の粉が一つ舞い上がって、静かに音もなく消えていったのだった。


 それ以上は自分が目覚めた時のことは何も言わないし、問い詰めてもこない主の様子に、フィーゼはどこかホッとしたような、だがしかし少し残念そうな面持ちで、彼女のそばに寄り添う。


 ———あれ?やっぱり気づいてないのか?自分がどうやって息を吹き返したのか。


 …ま、いっか。今更問い詰められたところで説明にも困るし。と、一つ息をついた。それも束の間、なぁ、ヴェッツェ、と前を歩いていたイグォルが急に振り返る。


「俺さ、洞穴に到着した時一瞬見えたんだけど、お前、お嬢さんが気を失ってるのをいいことにキスしてたよな?」


「はぁ?!どさくさに紛れて何言ってんだ?テメェ」


 唐突にぶっ込まれる言葉を、フィーゼは慌てふためきながら一刀両断した。


 シンシアは少し驚いた顔をしながら、ぇ?とフィーゼの顔を伺い見るのだった。


「キス、って、何の話?」


「いや、違っ、誤解だ!アレはあくまで人命救助のためで、」


「何カッコつけたこと言ってんだよ。こう、なんか胸の辺りも触って———」


「ぇ…、」


「だから!誤解を招くような言い方はやめろ!マジでぶっ殺すぞ?テメェ!!」


 次第に頬を赤く染めていく主を目の前に、フィーゼはてんやわんやでイグォルに凄む。


「お嬢、あれはあくまで師匠から習った蘇生術を施したまでで、」


「…蘇生って、心臓マッサージってこと?」


「まっさ、じー…??と、とにかく、息が止まってた貴女を助けるには致し方なかったってだけで、あのアホが想像しているようなイヤらしいことはなにも———」


「…な、なるほど」 


 フィーゼの言い訳めいた辿々しくも慌てた言葉に、シンシアはぎこちなく頷いた。


 ———キス、つまりは人工呼吸、をしてくれたってこと、だよ、ね?


 あぁ、なるほど。そう、なんだ…。


 私、息が止まって、それで———。


 あくまで致し方なかったこと。頭では理解してはいるのだが、心がまるでついてこないのだ。


 シンシアは俯きながら密かに自分の唇に指を這わせるのだった。


「…お嬢、あの、大丈夫、か?」


 急に俯いて黙り込んしまった主を恐る恐る伺い見る従者。


「だ、だいちゃふ、、大丈夫に、き、決まってるんじゃない!ぁ、いや、だって私は、あのっクリミナードの公女殿下なんだよ?こんなキスの一つや二つ、私にとってはなんてこと…」


 懸命にガチガチの作り笑顔を作るその人に、フィーゼは心の中で、


 うん、そうだよな。大丈夫なわけないよな。


 と返すのだった。


 とはいえ、それ以上どう声をかけていいかもわからず、話は続かずにお互い気まずさに塗れて終わった。


 ———それから数分後のこと。


 お姉ちゃ〜ん!と遠くの方からレヴィがシンシアを呼びながら駆けて来る。


「レヴィ…」


 良かった、無事だったんだ。とシンシアは彼の姿にホッと胸を撫で下ろす。


 走ってきたレヴィはそのままシンシアにガバッと抱きつき、そんな状況が初めての彼女は不慣れながらに、膝を折ってレヴィをその腕の中に迎え入れる。


 彼もイグォルが去った後、そばで付き添っていたキュピルが作り置いていた聖水を飲み、こんなにも元気になったのだった。


 フィーゼがチラッと見た首元も、今では痕も何も残っていなかった。


「よかった。レヴィ、無事だったんだね」


「僕の心配よりお姉ちゃんだよ!大丈夫だった?怪我とかしてない?」


 自分のことよりまず彼のことを心配するその人に、レヴィは心配そうにその顔を仰ぎ見る。


 そんな彼に、まるで苦虫を潰したような顔で


「うぉい、てんメェなにしてんだ?!とっとと俺の主から離れろ、クソガキ!」


 と彼を主から引き剥がそうとする何とも子どもじみた従者。


 思わずシンシアが、ちょっと、やめなさい。と制するほどだ。


 しかしながらフィーゼはその時、レヴィにだけ聞こえる声で、さっきは悪かったなとボソッと謝るのだった。


 そんな彼に、もういいよと返す男の子。


「それに、僕はお姉ちゃんとお話ししてるんだからおじさんは邪魔しないで!」


「だ〜か〜ら、おじさんじゃなくて、“ お・兄・さん ”、つってんだろ?クソガキ」


「僕だってクソガキじゃなくて、レ・ヴィ・! 」


 お互い睨み合って譲らないヴィとフィーゼ。もはやどちらが子供なのかわからない。


「いいじゃない、おじさんでも。本当にこの子の叔父さんなんだから」


「ちょっ、お嬢にまでおじさん言われると、マジでへこむんだが…」


 主の言葉にはたじたじなフィーゼにシンシアは、おじさんだよね、レヴィ?とどこか楽しそうだ。


「「ね〜!!」」


 お互い息ぴったりに笑い合う。


「っ?!なにが “ ね〜 ” っだ?」


 ったく、調子に乗りやがって、コイツら…と、もうすっかり仲良しなシンシアとレヴィに、フィーゼは何もいえなくなるのだった。


 そんな皆のところに、無事で良かったと、少し遅れてキュピルも追いつくのだった。


「危ういところだったけど、王子様のキスで無事に姫君は目を覚まされたよ」


「はぁ?キス?どこのお伽噺よ」


 イグォルの端折り過ぎな状況説明にキュピルは呆れながら、まさかフィーゼあの人がそんなこと、と彼の言葉を真っ向から否定する。


「…ねぇ、お姉ちゃん、キスってなぁに?」


「えぇ?!…あ、えっと、その———」


 クリクリとした、まだ穢れなんてなにも知らない純真無垢な雪色の瞳がシンシアをじっと見つめる。


 シンシアは耐えきれずに、…フィーゼ、パス!と、続きを従者に放り投げてレヴィから目を背けるのだった。


「はぁ?!パスってなんだよ、パスって」


 戸惑ったように、困ったように後頭部をポリポリと掻きむしるフィーゼ。


 そんなやり取りを見兼ねてか、


「レヴィも大人になったらわかるよ」


 イグォルはそう言って彼の頭にポンっと自分の手を置くのだった。当然、レヴィはそれだけではまだ納得のいっていない様子ではあった。


 そんな周りの雰囲気、特にフィーゼとシンシアの顔が一気に真っ赤に染まっているこの状況に、キュピルの目は瞬く。


 ふとキュピルとばっちり目があってしまったフィーゼは、


「あ、あくまで従者だからしたまでのことだ!他意なんてない。従者が主を助けるなんて至極真っ当なことだからな!」


 と、さもこれは合法だと言わんばかりに辿々しく彼女に主張するのだった。


「…従者だから、ねぇ?」


「そ、そうです、キュピルさん!フィーゼにそんなやましい気持ちなんてこれっぽっちもありません!」


 なぜか主までもが応戦するような形で上乗せして熱弁してくるので、キュピルはあぁ、そう…。と頷くしか仕方なかった。


「っ、そういえばキュピルさん、聖水を作ってくださったのだとか…。ありがとうございます、とても助かりました!おかげさまでもうこんなによくなりました!」


 ペコッと頭を下げるシンシアに、何の話?とフィーゼを見るキュピル。


「相手が氷柱の力の持ち主で、我が主はその中に閉じ込められてたんだ。俺が出してやった時にはもう息が止まってて…」


 その言葉に、あぁ、それで…と、どこか納得したように、うん、うん、と頷いた。


「それで何でキスを?」


「だ〜か〜ら〜、口から息を吹きかけて心臓を揉むと息が止まった人間は蘇ることがあるって」


「…は?」


 真面目な顔して何言ってんだ?コイツは。とキュピルの顔は一気に歪む。


「いや、もぅ、そんなゴミを見るような目で見るなよ…。そりゃわかるよ?精霊の俺たちからしたら奇妙な話だってことは」


 眉間に皺を寄せながらドン引きのキュピルに、フィーゼは、俺だって師匠に教えられて初めて理解したんだと懸命に説明するが、まるで通じていない様子だ。


「すみません、彼の説明はアレなんですけど、大方手順はそんな感じで…。そのおかげで助かりました。この通り私、死んでないですし」


「っ、…そう」


 付け加えるようにシンシアも答えたので、キュピルは表情を崩さないまでも、まぁ、貴女がそれでいいのなら、と渋々頷くのだった。


「…それにしても驚きました。冬の精霊さんの中にも色々な力があるんですね!」


「———あぁ、まぁね。ウチの旦那は氷の塊、“ 雹 ” ってのを操る力を持ってる。その雹を弾丸のごとく勢いよくぶつけて、パーンって…」


 キュピルは結んだ拳をパッと広げる仕草をして、手で弾ける様子を再現する。


 その仕草にフィーゼは思わず自分の後頭部にそっと触るのだった。だいぶ痛みは和らいだとは言え、先ほどイグォルの雹の弾丸をお見舞いされたところが、やはりまだジンジンと鈍く痛むようだ。


 ———そう、相手は木っ端微塵ってわけよ!とレヴィの手を引きながら一緒に歩いていたイグォルも得意気に頷く。


「フィーゼのとはまた違う、よね?」


「そうだな。いくら俺たちがもとは同じ、冬の精霊アウスジェルダでも、力には個々にあった個性ってもんが現れるんだ」


 と補足してやるのだった。


 ま、俺は氷か雪が使われていれば、大概のものは再現出来るから、あの技もきっと———。


 フィーゼは心の中でそう言いながら、自分も雹の弾丸を放つところをイメージしていた。


「力にもいろいろ合って、俺は氷と雪のハイブリッド。そしてアイツ、キュピルは氷の力。他にも、霰や、吹雪、あと、粉雪、とか…、冬の天候にちなんだ力を持ったやつらがこの森には住んでいる」


「精霊さんはみんなそれぞれに合った力を持ってるんだね」


「俺たちの他にも、この国は地の国だからな。地に関連した力を持つ精霊もたくさんいる。地震を起こす力があれば、地割れ、砂を操る力や岩を操る力、あとは、そうだな…。植物、とか」


 植物?と、花が好きなシンシアは思わずパッと反応を示す。


「花を咲かせたり、何もない土地から木々や植物を芽吹かせることもできるかもしれない。


 ———別にこの国じゃなくても、クリミナードにいる、風の神イェティスから生まれた風の精霊たちだってそうだろう。例えば竜巻のように強い風を巻き起こす力、はたまた、そよ風のように優しい風を吹かせる力、お嬢のように、傷を癒せる治癒の風を生み出す力とか、あと、… “ 音 ” 、とかかな」


「オト?」


 シンシアはまたハッと反応を示す。それに呼応するかのように耳元の耳飾りもひとつ煌めくのだった。


「音は空気の振動で生まれるだろ?空気を波立てるのが風なのだとしたら、音を操る力を持つヤツがいても不思議じゃない。この世には八百万やおよろずの精霊がいると言われているからな。俺たちの想像もつかない力を持ったヤツだって五万といるだろ」


「音の、精霊さん…」


 シンシアがつぶやいた瞬間、静かな風が2人の間を通り過ぎて、それぞれの耳についている2つの耳飾りを揺らして行ったのだった。


 と、そんな時、


「あれ?レヴィ、泣いてる…?」


 ふいに後ろを歩いていたレヴィの泣き声が聞こえてきた。


「あぁ、手を離した隙に走り出したかと思ったら滑って転んじまって…。


 ———ほら、泣くな。お前はアウスジェルダだろ?」


 苦笑いで説明しながら、レヴィの前にしゃがみ込んで服についた雪をはたいてやるイグォル。こう見ているとちゃんと “ お父さん ” をしている。


「まったく、冬の精霊が雪に泣かされてどうするのよ」


「だって、だってぇ…」


 ボロボロ涙するレヴィのそばに寄り添うようにかがみ、彼の頭を撫でてやるキュピルもまた、ちゃんとお母さんをしていた。


 どこにでもある3人家族の微笑ましい図がそこにはあり、シンシアの胸はホッと温かくなるのを感じた。


 レヴィは膝が擦りむいているようでズボンの膝の部分に血が滲んでいる。


「———っ、」


「お嬢…?」


 シンシアはそんな彼を見て、そっと氷翠石の笛に息を吹きかけていた。



「〜♪」



「っ、何?この、音」


「何か、綺麗な音だな」


 笛の音とともに、優しい風がレヴィを包み込むように吹き渡るのだった。


 すると、


「…あれ、もう痛くない」


「本当?」


「うん、ママ。もう治った!


 …さっきの笛の音は、お姉ちゃん?」


「え?!ぁ、えっと、」


 首をかしげるレヴィに詳しく話すのは、と躊躇うシンシア。


「さっきまであんなに痛がって泣いてたのに…。一体、何をしたんですか?」


 キュピルも便乗するようにシンシアを見る。


「わ、私はなにも。ただ、コレを吹いただけです」


 彼女は少し慌てながら首から下げる氷翠石の笛を見せると、


「全てはきっと、風の神様のご慈悲ですよ」


 そう言ってハハハと乾いた笑いで取り繕うのだった。


「…え、風の神…?イェティスの?」


 懸命に言葉を紡ぐシンシアに、イグォルとキュピルは、ただただ不思議そうな顔を浮かべるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る