第16話ー全然かっこよくないから、それー

「ハッ…、ふざけないでよ…」


 キュピルはただただ力なく吐き捨てる。


 それで私を助けたつもり?アナタが神堕ちになったと聞いて、私がどれだけ———。


 キュピルはクッと奥歯を噛み締める。


「キュピル…、ヴェッツェだって苦肉の策だったはずだ。全ては俺たちアウスジェルダを、お前を救うために———」


 イグォルは居た堪れずに口を開くものの、


 救うだなんて大層なこと言わないで!とキュピルに一蹴されてしまう。


「神堕ちの妹として、私が今までどんな目に遭ってきたか、イグォル、あなたならよく知ってるでしょう?!」


 その言葉にはイグォルはただ気まずそうに目を背ける。


 彼が封印されてからキュピルは神堕ちの妹として森に住む同族からは白い目で見られ、一族の恥晒しの汚名を、フィーゼの代わりにその身に一心に被ってきたようなものだった。


 そんな当時の彼女を一番側で見てきたのがイグォルだ。彼は自ら森の長に志願し、就任てからは、陰で懸命に彼女を支えてきたのだ。


 あの悲劇から400年。代替わりも進み、今ではフィーゼの存在を知らない世代も徐々に増えてきたため、キュピル自身も大分穏やかに暮らせるようにはなってきたのだった。



「助けてなんて、私は一言も頼んだ覚えはない」



「…っ、」


 ポツリと落とされた言葉に、フィーゼは何と返して良いかわからなかった。



「自分を犠牲にしてまで助けてもらったって、



 私は何も嬉しくない!!」



 その言葉に、フィーゼは静かにひとつ息をつくと、無理矢理開いたその口で、


「…悪いことをしたな」


 とだけ、小さくポツリと言葉を紡いだ。


「いつもそう…。アナタはいつも、しれっと他者を優先する。それがたとえ自分の意志を捻じ曲げることであっても。


 初めてアナタに会ったあの時だって、力が暴走した私をアナタは有無を言わず助けてくれた」


「あ、あれは、なんだ…、お前のヒョロい力より俺の力がまさってたから、押さえ込んでやっただけ。


 ———ま、まぁ、アレだ。上には上がいることを教えてやったまでだ」


 キュピルの言葉に、フィーゼはどこか慌てながら辿々しく言い訳じみた言葉を並べる。


 とはいえ、当時はお前がまだ子どもだったから抑え込めただけ。今やり合ったらどうなるかわかったもんじゃないがな…。


 フィーゼはそう思いながら苦笑いを浮かべる。


 そんな彼を見ながら、キュピルは小さく息をつく。


 ———全く、口をつけば強がりばっかりなんだから。私を必死に止めてくれたあの時なんて、全身ボロボロになってたクセに…。


 キュピルは出かけた言葉を喉の奥にしまって、心の中でため息混じりに呟く。


「…フッ、なんだ?ヴェッツェ、その見苦しい言い訳は」


「うっさい、黙れ」


 フィーゼのたどたどしい言葉に、思わず吹き出すイグォル。


「ハハッ、懐かしいねぇ。お前はいつもそれしか喋らんかったもんな。だからみんなからも恐れられてたんだぞ?、なんて言われてたこともあったな。お前通り名多すぎ———」


「 うっさい、黙れ」


「っ、お前なぁ、まるで機械みたいに…」


 同じ言葉を淡々と繰り返すだけの氷鬼に、呆れ果てるイグォル。


 誰か〜、あのお嬢さんを呼んで来てくれ〜!と思わず叫びたくなるほどだ。


 シンシアがそばにいないと途端に態度が昔に戻るフィーゼに、イグォルはたじたじだった。


「そういえばこの森に2人で捨てられた時も、アナタは家族でもなんでもない私を、“ 妹 ” だと偽って、この森に住まわせてもらえるよう長様に頼み込んでくれた、よね」


「勘違いするな。あれは、都合よくお前が虚弱体質だったから、前の森長ジジイや他の奴らから憐れみを買うために、あえてお前を利用しただけだ。俺がこの森に住みやすくするように、な」


 決してキュピルお前のためじゃないと、どこか照れくさそうに顔を背ける。


「ヴェッツェ…、」


「な、なんだよ?!」


 イグォルはそんなフィーゼの隣に腰掛けると、まるで、“ みなまで言うな ” とでも言うように、ポンっと彼の肩に手を置く。


「…な、なんだ?気色悪い」


 なにかあるならはっきり言えと、フィーゼはイグォルの行動に思わずのけぞるのだった。


 そんな中、キュピルはそっとフィーゼの姿を見据える。


「スディンペル様が私じゃなく、アナタを神使に選んだ理由が、何となくわかった気がする」


 ポツリと零された言葉に、フィーゼはふと彼女を見るのだった。


「ずっと、ずっと後悔してた。アナタが神堕ちになったって聞いて、ココを出て行くアナタを、あの時どうして止められなかったんだろうって」


 その言葉に、ゆっくりと目を伏せるフィーゼ。


「アナタは言ってたよね。


『お前が俺と一緒にいるから、お前まで、氷の魔女だ、とか、周りから悪く言われるんだ』って。


 だからあえて神使になったの?私から離れるために?」


「っ、か、勘違いも甚だしい。別にそんなんじゃねぇよ。


 悪魔だとか魔女だとか、そんなカッコいい二つ名を背負うのは俺だけで十分だって話だ」


 フンッとそっぽを向く彼に


「ヴェッツェ〜」


 とイグォルはわしゃわしゃと頭を両手で激しく撫でるのだった。


 バカっ!やめろ、クソが!と、フィーゼは全力で嫌がる。


「ホント、バカなの?!一人でカッコつけすぎ!言っとくけど全然カッコよくないから!」


「っ、2人がかりで言わんでも…」


 キュピルの物言いにフィーゼはたじたじだった。


 そして、


「え、お前も何??」


 キュピルもフィーゼの隣に腰掛けてきたのだ。


「おい待て待て、いくらこのソファが三人掛けでも大の大人が座ったらさすがに狭いわ!!」


 フィーゼの言葉に


「…バカ」


 とだけ答えるキュピル。


 は?とフィーゼがキュピルに向き直ったところで、キュピルは彼の胸元にパコパコと拳を振り下ろす。


「ぇ、ちょっ、なに?」


「バカバカバカバカ!!」


「おいコラ、バカ言い過ぎ。てか痛い、やめろ!」


「———私はただ、そばにいてくれるだけで良かったの」


「はぁ?」


 急に彼女は力なく手を止めて語り出すものだから、フィーゼは訝しげな表情を浮かべながらも耳を傾ける。


「どんなに森のみんなに氷の魔女と揶揄されようが、氷の力を恐れられようが、私にはアナタが、



“ お兄ちゃん ” さえそばにいれば、私はそれで良かったのに…」



「———っ、」


フィーゼは一瞬耳を疑った。


 なにしろ久々に聞く、“ お兄ちゃん ” の破壊力に途端に抵抗力をなくし、やり場をなくした手を妹の頭に静かにポンッと手を置くのだった。


 そしてポツリと言葉を落とした。



「悪かったな、急にいなくなって。お前を独りにして」



 その言葉に、妹は兄の胸に顔を埋めながら一つ雫をこぼしたのだった。



 ♢



 その時、小屋の外では———、


「…お姉ちゃん?!」


 シンシアが突然ガクッと膝を折って蹲り、レヴィが慌てて駆け寄っていたところだった。


「どこか痛いの?さっき雪合戦したから?雪玉、そんなに痛かった?」


「ううん、どこも痛くないよ」


「でもお姉ちゃん、泣いてる…」


 レヴィの言葉にシンシアは、ぇ?と小さく声を漏らす。彼女も気付かぬうちに、その目からは涙が次々にこぼれ落ちていたのだった。


「胸、痛いんじゃないの?」


「…ううん、大丈夫だよ。大、丈夫、っ、ごめんね、ビックリさせて…」


 シンシアは心配をかけまいと必死に首を横に振って答える。


 ———この痛みは、私のものではないだから…。


 キュッと締め付けられる胸を懸命に抑えることしか、今の彼女にはできなかった。


 そんな彼女の右手の手袋の内側では、眷属紋が煌びやかに光っていたのだった。



 ♢



 ———小屋の中ではキュピルがフィーゼに詰め寄っていた。


「ねぇ、どうして私を置いて行ったの?」


「…っ、」


「どうして私を1人ぼっちにしたの?」


「…。」


「どうして———、どうして私の手を放して、スディンペル様の手を取ったのよ…?」


 消え入りそうな震える声と、時々鼻を啜る音。今は俯いてギュッと服の胸元を握りしめられていて顔さえ見えない。


 ただ耳を掠める妹のか細い叫びに、兄は、


「…すまなかった」


 そう一言返すだけで精一杯だった。


「私が大人しく人間の奴隷になっていれば、」


「は?何言って———」


「ううん、そもそもあの時、神使に選ばれたのが私だったなら、アナタは神堕ちなんかにならずにすんだかもしれない。


 森のみんなにこんなにも忌み嫌われることなく、ずっとココにいられたかもしれない。


 ———こうなったのは全部、全部私のせい…」


 今にも消えてしまいそうなほどに小さく聞こえてくる自責の言葉に、フィーゼは深い息をついた。


「全部自分のせいだぁ?ハッ、自惚れんな。あのままココにいた所で、お前も俺も必ずしも幸せになれたわけじゃない」


 その言葉に静かに顔を上げるキュピル。


「忘れたか?ただでさえ周りの奴らは、初め、俺たちをこの森に迎え入れるのも嫌がってたんだ。あんなことがなくても、遅かれ早かれ俺はこの森を出てた」


「…何言って、」


 目を合わせないその人に、キュピルは呟く。


 例え神使にならなくても、アナタは森を出るつもりだったって言うの?結局は私、捨てられる運命だったってこと…?


 彼から紡がれた意外な言葉に、少し寂しそうな顔で目を伏せるキュピル。


「…だから、その、要するにだ。



 もうこれ以上、



 自分を責めるな」



「っ———、」


 フィーゼの言葉に、キュピルはそのまま動けなくなる。


「ココに魔女なんていなかった。



 全ては “ 悪魔のせい ” だ。



 お前はなにも悪くない」



 やはりそっぽを向いたまま言うその人に、


「っ…バカ…、言っとくけど全っ然上手くないから、それ」


 キュピルは懸命に絞り出した声で相変わらずの悪態で返す。


 ———嗚呼、本当にこの人は格好ばかりつけて…。バカ兄貴!


 と心の中ではそう叫んでいた。


 対するフィーゼも、


「っ、あ、っそ…」


 とだけ言葉を漏らし、その実、心の内では、


 ———ったく、いつまでたっても可愛くねぇ妹だこと…。


 と、ため息混じりに吐き捨てるのだった。



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