第14話ーおじさんじゃなくてお兄さんなっ!ー

 ———その頃フィーゼは、外のデッキで手すりに両肘をついて寄り掛かっていた。


 と、そこに、


「ぁ、さっきのおじさん!」


「おじっ!?」


 フィーゼに指差して現れたのは

 先程のイグォルの息子だというレヴィだった。


「…あー、お前、さっきの、」


 クソガキ、という言葉が出そうになったが、フィーゼは慌てて飲み込んだ。


「レヴィ?…レヴィエル、どこに行ったの?勝手に先々行かないでって言ってるでしょう?」


 彼を追って、外套のフードを目深く被ったキュピルが遠くからこちらに向かって歩いて来ているのが見えた。


「ぁ、ママだ!おじさん、僕を隠して?」


「はぁ?!隠してって、お前、」


「ママに内緒でパパに会いに来たの。でも、見つかっちゃって…」


「いや、聞いてねぇし…」


 子どもの言葉に終始困惑気味のフィーゼ。


 とはいえ、


「レヴィ、どこなの?」


 彼を探す声はどんどん近づいてくる。


 レヴィはそそくさとフィーゼの後ろに身を潜めるのだった。


「ぁ、コラ!…ったく、」


 フィーゼは目を丸くしながらも好きにさせてやるのだった。


「…っ?!」


 そこに対峙するキュピルとフィーゼ。


「…、、」


 フィーゼはサッと体制を崩しレヴィを彼女から見えなくしてやるのだった。


 …と、自分が外套のフードも被らずに顔が丸見えの状態であることに今さらながら気付く。


 ヤベぇっ、外套、小屋の中だ。———嗚呼、…オワタ。


 顔を腕で隠すように、彼女からもスッと顔を背けるのだった。


 そんな彼の顔をジーッと見つめるキュピルに、


「ど、ども…、」


 ボソッと呟き会釈するフィーゼ。不審者極まりない。


 イグォル、これは不可抗力、だからな?


 ため息混じりに心の中で呟くのだった。


 目がばっちり合う2人だったが、その瞬間お互いが即座に逸らし合う。


「すみません、ここに小さな男の子が来ませんでしたか?」


 ぎこちなく言葉を発するキュピル。


「さ、さぁ…。向こうに行ったんじゃ?」


 フィーゼは明後日の方向を指差してみる。


「小さな足跡がこのデッキに上がる階段の前で終わってたから、あの子は真っ直ぐココに来たはずです」


「あー、ね…」


 至極真っ当なご意見にぐうの音も出ないフィーゼ。


 雪のバカヤロウ…と、真っ白な雪の上にくっきりと刻まれたレヴィの足跡を恨めしく見やるのだった。


「あぁ、そういえばさっき元気そうな男の子を見たような、見なかったような…。


 なんせ冬の精霊ですから、雪の中へ帰って行ったのかも」


「は?」


「ぇ?」


 フィーゼがふと見たその人は、大層冷めた顔をしていらした…。


「大した学もないくせに、なに一丁前に詩人みたく格好つけたこと言ってるのよ。マジキモいんだけど」


「っ、キモ———、、えへへへ…」


 キュピルの辛辣な物言いにグッと顔が引きつるフィーゼ。


 コイツ…。っ、その言い方だとまさか気付いてるな?俺の “ 正体 ” に。


 聞き慣れた懐かしい口調からふと、そう察した。


 対するキュピルはそのまま何の躊躇いなく、そっと外套のフードを取るのだった。


 長く美しい、フィーゼとよく似た雪色の髪が、煌びやかに宙をフワッと舞う。


「———っ」


 フィーゼは500年ぶりに会う妹の変貌ぶりに思わず見入ってしまうのだった。


 そんな中、先に口を開いたのはキュピルだった。


「500年もほっつき歩いて、一体どの面下げて戻ってきたのよ?」


 鋭い問いの答えを探しきれず黙るフィーゼ。


 こ、こんな面で〜す…、なんて言ったら、今度こそぶっ飛ばされんだろうなと、そっと苦笑する。


「た…、たまたまだ。心配しなくてもすぐまた出ていく」


「神使になった時、既にヌミの森ココは捨てたんだと思ってた。…私のことも、全部」


「…っ、」


 フィーゼは何も言わずにキュピルからスーッと目を逸らす。


「どうしてスディンペル様を、一族のみんなを裏切るようなマネをしたの?!」


「…さぁ。もぅ500年も前の話だからさすがに覚えてな———」


「ふざけないで!」


「別にふざけてなんか…、」


 2人の間に気まずい空気が流れ出した頃、


「ダメ!おじさんをいじめないで!!」


 レヴィはフィーゼの後ろからヒョコっと顔を出した。


「っ?!…バッ、お前、」


 せっかく隠してやっていたのに…と驚いた顔でレヴィを見るフィーゼ。


「っ、レヴィ、そんな所に隠れてたの?」


「ぁ、違っ、おじさん、僕をもう一回守って!」


 キュピルの言葉に、レヴィは慌ててフィーゼを盾にする。


「おま…。


 ———はぁ、その前に、おじさんじゃなくて “ お兄さん ” 、な?ココめっちゃ重要だから」


「どうして?おじさんはおじさんでしょう?」


 フィーゼの言葉に、くりくりした純粋な瞳で彼を見ながら首をかしげるレヴィ。


 こんのクソガキ———!!という言葉を、母親の手前、懸命に喉の奥に押し留める。


 レヴィの他人に対して、いや、特に俺?に辛辣なところは親子揃って変わらないようだ。


 終始このクソガ———いや、レヴィのペースで、フィーゼはやれやれといった様子だ。


 と、その時だった。



「その子に近付かないで!」



 二人のやり取りに割って入るようにキュピルは声を荒らげた。


「ぇ?…ぁ、いや、、」


 フィーゼは戸惑った表情で言い淀む。


 言っとくけど、コイツが勝手に近付いてきただけなんですけどぉ?!


 彼女に言い返したい思いをグッと堪えて、苦笑いで流すフィーゼ。


 そんな彼の心の内などお構いなしに、


「レヴィ、早くこっちへ来なさい!」


 と、キュピルは息子に怒鳴りつける。


「や〜だ、ママ、痛い…」


 まだその場から動こうとしないレヴィの首根っこを掴み、キュピルは無理矢理にフィーゼの後ろから引き摺り出したのだった。


 …と、そこに、


「おぃ、何の騒ぎだ?」


 そう言って、騒ぎを聞きつけたイグォルとシンシアが小屋から出てきたのだった。


「あなた、知ってたのね?!戻って来たのが “ この人 ” だって」


「げっ、キュピル…」


 顔を見るや否や声を荒らげる妻に、イグォルの表情は一気に凍りつく。


「ねぇ、ママ、どうしたの?…パパも」


 レヴィは不安そうに二人を交互に見る。


「…っ、」


「っ…、」


 気まずさのあまり、お互い彼とは目を合わせない。


 しばしの沈黙が流れた頃、


「———ご、ごめんな〜、お兄ちゃんが悪いんだ。ってことで悪者はとっとと消えなきゃな」


 フィーゼは苦笑いを浮かべながらそれを破った。


「どうして?おじさんは何も悪くないよ。だって、おじさんなんでしょう?昨日の夜、僕を助けてくれたの」


「っ…!?」


 少年の言葉に皆の注目が一気にフィーゼに向く。


「ねぇ、パパとママにも話したでしょう?昨日の夜、帰り道で人間の大人たちに連れ去られそうになってたところを、助けてくれた人がいるって。


 このおじさんが助けてくれたの。


 人間をみんなやっつけて、森まで送ってくれたんだよ?…そうだよね、おじさん!」


「…ひ、人違いだろ?そ、そもそも、あんなに真っ暗だったのに、なんでアレが俺だってわかる?」


 レヴィの言葉を全力で否定するフィーゼだったが、その声はモロに上擦っており、他の3人は同時に心の中でこう思った。



 ———コイツ、嘘ヘタだなぁ…、と。



 そしてシンシアはフィーゼの言葉でハッと何かを察した。


 そうか、だからフィーゼ、昨日帰りが遅かったんだ…。多分、見回りに行ってくれたんだと思ってたけど、そういうことだったんだ。っ、だから朝寝坊してたんだ…!


 昨夜、周りが寝静まって大分した頃、シンシアは隣のフィーゼの部屋でドタバタと人が動く音を聞いていたのだ。シンシアはフィーゼの奇妙な行動理由にそっと納得したのだった。


 ———とはいえ、だった。


「っ…。それはそれは、どうもありがとうございました。ウチの子まで手にかけられなくて、助かりましたよ」


 キュピルがチクっと毒突くと、


「っ、誰がガキなんか手にかけるか?!」


 それには負けじとフィーゼも食いつくのだった。


「キュピル、やめろ。ヴェッツェも」


 イグォルは一触即発の二人を制するが、一度開いた彼女の口はもう止まらなかった。


「誰が、ですって?一体どの口が言ってるんだか。


 聞いたところによると、かの人間どもの歴史書によれば、のことは食糧危機ゆえの内乱って記されたみたいだけど、あの時、アナタが人間を皆殺しにしたんでしょう?女、子ども関係なく無差別に…。



 ———ねぇ? “ 赤い雪の悪魔 ”さん?」



 そう言ってのけるキュピルに、今度こそ返す言葉が出てこず目を逸らすフィーゼ。


 シンシアは心配そうに従者を見るしかできない。


「ハッ、否定もしないのね」


「必要ないだろう?紛れもない“ 事実 ”なんだから」


「おぃ、ヴェッツェも乗るな!」


 イグォルは呆れながら言葉を放つ。


「ねぇ、フィーゼ、何か、わけがあったんだよね?そうせざるを得なかった理由が。じゃないとあなたがそんなこと———」


 シンシアはいちるの望みをかけて目の前の従者に語りかける。


 そんな主の言葉に、彼はフッと力なく笑って左右に首を振ってみせた。



「わけなんかねぇよ。


 目障りだったから殺した。


 ———それだけだ」



「フィーゼっ!?」


 淡々とした物言いに、口惜しそうに従者を見つめるシンシア。


 それだけって…とやるせなく息をつくしかない彼女を見て、


 全くお前は、とイグォルはフィーゼにため息混じりに零すのだった。



「“ 氷の魔女 ” を守るため、じゃないのか?」



 その言葉に、ぇ?と動揺を見せたのは、フィーゼ以上にキュピルの方だった。


「っ、バッ、余計なこと言うな!!」


 フィーゼが慌てて声を上げる手前で、


「…それ、どういう意味?」


 と、キュピルは表情を強張らせながらフィーゼに詰め寄る。


 そこに、あ、あの〜と、シンシアは遠慮がちに手を挙げて会話に割って入った。


「…皆さん、ひとまず小屋の中へ入っては?私はちょっとこの子と遊んでますから」


 さり気なくそう言ったシンシアに他の3人が目を向ける。


「お姉ちゃん、僕と遊んでくれるの?!」


 幼い少年はそんな中嬉しそうにはしゃいでいる。


「レヴィくん、だっけ。お姉ちゃん、こんなに雪が積もった場所って初めてなの。お姉ちゃんに雪の遊び、教えてくれる?」


「うん!僕のことはレヴィでいいよ!…じゃあ一緒に雪だるま作ろう?」


 とシンシアの言葉に頷くレヴィ。


 …さ、皆さんは行ってくださいというシンシアの言葉に促されるように、他の3人はレヴィをシンシアに任せて、小屋の中へと入って行ったのだった。

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