第8話ーお土産、とは…?ー

 ———耳飾りが指し示す光を頼りに2人が辿り着いたのは、街外れのとある橋の下だった。


「うわぁ、蛍がいっぱい!」


 真夏の川縁には数多の蛍が所々に光り輝いていた。


「シッ、あんまデカい声出すな」


 フィーゼはそう言うと、思わず駆け出そうとする少女の手を掴む。


 橋の下には確かに人がいる気配はするが、闇に閉ざされていて何も見えない。


「お嬢はここにいて。絶対動くなよ?」


「でも、」


「危ないから下がってて。怪我なんてされちゃかなわんからな」


「っ、わかった…」


 フィーゼの言葉に、シンシアは頬を膨らませ少しむくれながらも、大人しく従うのだった。


「…コレでも付けてな?」


 そう言って、フィーゼは残っている方の耳飾りをシンシアに付けてやるのだった。


「フィーゼこそ、怪我しないでね?絶対だよ?」


「大丈夫だよ。俺を誰だと———」


「早く行ってきて!」


「…っ、うぃ」


 シンシアに見送られ、フィーゼは橋の下の暗闇に足を踏み入れるのだった。



 ♢



 ———橋の下の闇の中で、一人の男の声がした。


「さぁて、今日の戦利品を拝むとするか。あの女、相当いい格好してたからな。どこぞの貴族の娘かなんかか?———さぞ耳飾りコレも、結構な高値が付くはずだ!


 …っ、うわぁ、何だコレ??水?!」


 暗闇の向こうから突如聞こえた大きなの太い声。どうやらシンシアから奪った耳飾りが半分溶けて水になってしまっているようだ。


「ハッ、バカが。———ぁ…、」


 バカは一体どっちなのやら…。遠くから盗人の様子を見ていたフィーゼだったが、いい気味だと吹き出した声が思わず漏れてしまい、急いで口を塞ぎながら身を隠せる場所を探す。だが、周りで飛んでいた蛍がフィーゼの姿をあっさりと照らしてしまったのだった。


「…ぁ、コラ、俺はいいんだよ、」


 あっち行っとけ!と慌ててツッコむフィーゼに、


 誰だ?!と男が叫ぶ。


「———はぁ、バレちまっちゃ仕方ねぇ。とっととその溶けかけの耳飾りを返せ。ウチのお嬢の大事なモンだ」


「っ、何言ってる、耳飾りが溶けるワケあるか!?一体何をした??」


 そう言った男の姿を蛍の光が浮かび上がらせる。相手はフィーゼよりも大柄な男で、予想外のことに動揺しているようだ。


「それは俺の氷で作った上等品だ。魔力を持たないヤツが手にすると、普通の氷のように溶ける仕組みになっている」


「…っ、なら尚更返せるか?!そんな面白い代物なら、魔力を持った金持ちに高値で売りつけてやる!」


「その前に全て溶けてなくならなきゃいいがな!」


 そう言った途端、フィーゼは、 “ パチンッ! ” と一つ指を鳴らした。


 すると、耳飾りを持つ方の男の腕は、手のひらから肩にかけてじわじわと氷が張り巡らされていく。


「っ?!…な、何だ、どうなってる?!」


「お前の気色悪い体温で、これ以上氷が溶けないようにだよ。ったく、人間の “ 温もり ” ってのも時には不便なもんだな」


 フィーゼはそう言いながら怪しくニヤリと笑う。


「や、やめ———」


「やめてほしけりゃとっとと返せ!凍傷になっても知らねーぞ?」


「っ…!?」


 やっと観念したのか、男はフィーゼに思いっきり耳飾りを投げつけるのだった。


「チッ、もっと丁寧に扱え!クソ野郎」


 フィーゼはそう言いながらパッとそれをキャッチする。


 しかし、フィーゼはまだ氷を解こうとはせず、


「何してる?早くこの氷を何とかしろ!」


 と、男は怒鳴りつける。


 その間にも氷は男の身体を這うように、腕はおろか胸、足へと向かっている。


「なぁ、頼む、耳飾りはちゃんと返しただろ?」


「あぁ、耳飾りは、なぁ。…けど、これだけじゃないんだろう?お前の “ 戦利品 ” は」


「っ…、何が言いたい?」


「さっさと出しな!氷漬けにされたくなけりゃな」


「…あぁ、もぅ、わかったよ!」


 男はそう言うとまだ氷の餌食になっていない方の手で懐に隠していたありとあらゆる盗品をその場に投げ出したのだった。


 その量の多さに、


「は〜、一晩でよくこんなに掠め取ったもんだな…」


 と、呆れながらもある意味感心するフィーゼ。


「いいから早くコレを!」


「…っ、」


 フィーゼは男の言葉に面倒くさそうに、“ パチンッ! ” と指を鳴らす。すると、男の身体を包み込む氷は瞬く間にして消え失せてしまったのだった。


 …しかし、とはいえだった。


「おぃ、どういうことだ?コレは」


 男の腕を後ろで縛るように氷ががっちり巻きついているではないか。


「お前の身柄は警官に預ける」


「んな、話が違うじゃないか?!」


「何が違う?俺は氷を解いてやるとは言ったが、お前を自由にしてやるとは言ってねぇよ。バーカ」


「はなから解放する気なんてなかったのか?!」


「ったりめぇだろ!ウチのお嬢にとんでもねぇことしてくれたんだ。その償いはたっぷりとしてもらわにゃ、なぁ?」


「っ?!」


 フィーゼはそう言って怪しく笑いながら手をパキポキとグリグリ鳴らす。


 それからフィーゼは男の腹に勢いよく一発パンチをお見舞いし、気絶させてしまったのだった。



 ♢



「フィーゼ?!」


 戻ってきたフィーゼにサッと駆け寄るシンシア。


「おぅお嬢、ほら、取り返したぞー」


 フィーゼは溶けかけてかなり小さくなっていた耳飾りを完璧な元の状態に戻して、彼女に返してやるのだった。


「…よかったぁ。ありがとう、フィーゼ」


 シンシアは戻ってきた耳飾りを愛おしそうに見つめ、それから左耳に付けるのだった。


「フフッ、この子も “ ありがとう ” って」


「本当にそんなこと言ってんのかねぇ?」


 フィーゼは言いながら、シンシアに返されたターコイズブルーの方の耳飾りを自分の右耳に付けるのだった。


「悪者さんはどうするの?」


 いまだ橋の下で捕らえている男の方をおっかなそうに見やるシンシア。


「あぁ、アイツの身柄は警官隊に引き渡す。これ以上悪さできないようにな」


 そして2人は街に戻り、警官に事情を軽く説明して、男を引き取りに行かせるのだった。


「———そういやぁ、明日だよな、東の国に発つのは。お土産とか買わねぇの?」


「え?」


「え?」


 シンシアはフィーゼと目が合って目をパチクリさせる。



「オミヤゲ…って、何??」



「ん?」


「ん??」


 それ以上二人の会話が続くことはなかった。


 ———あぁ、そっか。この子は外国へ行くのは、いや、他者を訪問すること自体が今回が初めてなのか。


 …え、大丈夫なん?


 いや、公王様のことだ。娘が婿になる人に会いに行くんだし、きっと、この子に色んな貢ぎ物を持たせて…、いや、でも公妃のあの性格を考えるとな———。


 フィーゼは少し心配そうにこれからの旅路を思うのだった。


「なぁお嬢、その、婚約者様?は何が好きなんだ?」


「えぇ?!さ、さぁ…」


 突然の質問に首をかしげながら、どうしたの?急にと戸惑うシンシア。


「おぃ、未来の旦那の好物も知らんのか?」


「仕方ないでしょう?小さい頃に一回会ったくらいなんだから」


 シンシアはそう言って口を尖らせる。


 それも、お会いしたのはもぅ10年以上前のお母様のご葬儀の時。もはやお顔さえ、はっきりとは思い出せない…。


 そんな人と、近い内に会わなければならないと思うと、途端に不安が押し寄せてくるシンシア。


「幼い頃に一度だけ、ね」


 フィーゼはボソッと呟く。


 ———それで婚約者、未来の全てを託さなければならない相手、か。貴族ってホント、酷な世界だな…。


 フィーゼは人知れず小さく息をつくのだった。


「…なら、“ 大好きな人 ” にだったら、お嬢は何をあげたい?」


「大好きな、人?」


 シンシアはぽやんとした顔で首をかしげる。


「例えばの話だよ。自分が大切だと思ってる人に久々に会いに行くとして、お嬢は何を送りたい?」


「大切な人に会いに行くには、何か持って行かないといけないの?」


「…っ、」


 主の発言にフィーゼはポカンと口を開ける。


 …あぁ、なるほど。貴女にはそう言った経験がないのか。


 どうやらこの人はガチでお土産という概念をわかっていないらしい。珍しいな。お嬢にも知らないことがあるなんて。大抵のことはなんでも知っている人だから。


 “ お土産 ” 。初め師匠からその存在を聞いた時、正直驚いた。全く、人間どもの世界はいちいち面倒くさいことするな〜って思ったのを、ふと思い出した。


 ま、よくよく考えればこの人は立場上、贈る側というよりは、贈られる側の方が圧倒的に多い人だもんな。


 ま、そうなんだけど…。


 シンシアの素朴な疑問にどう説明すべきか頭を悩ませるフィーゼ。


 どうにか納得してもらえるような理由がほしい。


「…あ、じゃあ、これはどうだ?


 お嬢の婆さんに会うとしたら?


 久々に婆さんに会うとしたら、何か持って行ってやったら、喜ぶと思わないか?」


「お婆様、に…?」


 シンシアは不思議そうに首をかしげる。


「もしもの話だ。例えば食べ物なら一緒に食えるし、モノだったら飾っていられる。


 貴女から貰ったモノなら、それを見たらいつでも貴女を、貰った時のことを思い出せる。お土産ってのは、そういうもの、…だって、師匠が言ってた」


「…っ、」


 フィーゼの言葉に、ふ〜ん、と少し腑に落ちたような落ちないような反応を示すシンシア。


 貰った時のことを思い出せるモノ…、か。


 なるほどと、頷くのだった。


「ま、要は誰でも何か貰えたら、嬉しいってことだ」


「…なら、お菓子にする!さっき見たお店で美味しそうなのがいっぱいあったの!もう一度見に行こう?!」


 急に元気になったシンシアはフィーゼの腕をガシッと掴む。


 それに、お、おぅ、と、たじたじになりながら頷くフィーゼ。


 それはただ、お嬢が食べてみたいだけなのでは———?ま、いっか。


 お土産の意味をシンシアが本当に理解したのかは謎だが、今度はシンシアがフィーゼの手を引いて、また夜市に戻って行くのだった。

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