第5話ー半分こにしました(後編)ー

 ———フィーゼが耳飾りを付けた、その瞬間だった。


「っ?!何だ、コレ…」


 フィーゼの頭の中にありとあらゆるものが発する大量の “ 声 ” が一斉に鳴り響いたのだ。


 慌てて耳をグッと手で塞ぐものの、そんなものは何の意味もなさなかった。


【公女(あの子)がまたこの部屋に帰ってきたぞ!】


【公国きっての哀れな姫君のご帰還だ!】


【またこの屋敷に住むのかな?】


【住むはずない。あの子は10年前にココから追い出されたんだぞ?】


【違うよ。あの子はあの双子が嫌で自らココを出て行ったんだ】


【意地悪な双子の兄達から逃げ出したんだ】


【わざわざ虐げられにまたココへ帰って来たのか?】


【どうしてまたそんなことを———?】


 聞こえてくる声は、部屋にあるテーブルや椅子、床に天井、ベッドに鏡台、窓やカーテン、その他もろもろ…、部屋中にある人間ではないありとあらゆるモノから発せられているのだ。


 フィーゼはその大量の声に押しつぶされそうになっていた。


 ———あぁ、じゃっかーしぃ!!んな四方八方から同時に喋るな!処理し切れんわ!頭が割れそうだっ、たく…。


 フィーゼは苦しそうに頭を垂れる。その体はもうヘロヘロだ。


 まさかこれが、耳飾りこいつの作用なのか?


 コレをお嬢は日常的に聞いているとでも言うのか?


 フィーゼの頭の処理能力がいよいよ限界を迎えようとしていた、その時だった。



 ———あれ?音が、声が、消え、た…??



 急にフィーゼの頭の中の音がピタリと無に期したのだ。


 一瞬シンシアが自分の方へ手を伸ばしたかのような光景が視界に入ったが、何をしたのかはよくわからなかった。


「はぁ、はぁ…っ、はぁ、」


 乱れに乱れた呼吸を懸命に整えつつも戸惑いながら顔を上げると、さっき付けたばかりのターコイズブルーの耳飾りを、なぜかシンシアが持っているのが目に入った。


「お嬢、が、取った、の…?」


 まだ息絶え絶えの彼に、うん、と頷くシンシア。


 その目に映る従者は、大層疲れ切った面持ちで、その額からは脂汗が大量に吹き出していた。


 咄嗟に近くに置いてあったタオルでフィーゼの頬や首元を優しく拭いてやっていると、しばらくしてだんだんと汗も引いていき、呼吸も安定してきたように見えた。


「———フィーゼ、大丈夫?」


 そろそろ喋れるかなと思い、そっと話しかけるシンシア。


「あぁ、もう平気だ。…それより、何でまず耳飾りそれを取った?」


「ぇ?あぁ…、コレを付けた瞬間、フィーゼの様子がおかしくなったから」


 シンシアはフィーゼから外したターコイズブルーの耳飾りを見せる。


「なぁ、お嬢はいつも “ こんな世界 ” で生きてたのか?」


「こんな世界っ、て?」


 シンシアは従者の言葉にそっと首をかしげた。


「耳飾りから声が聞こえるって、———何だよ?コレ」


 フィーゼはやはり表情を歪ませる。


「周りに存在するありとあらゆるモノの音が、多方面から一斉に頭の中でぐちゃぐちゃに鳴ってる感じだった。やかましいったらねぇ」


 苦々しく訴えるその人に、…あぁ、そのことかと息をつく少女。


「私にもよくわからないけど、きっとそれが、“ みんなの声 ”なんだと思う」


「みんなの声…?」


「テーブルや椅子は喋れないでしょう?でも、この耳飾りを付けていれば、その意思が、声となって聞こえてくるの」


「はぁ?嘘だろ…」


 俄には信じられない言葉に目を丸くする少年。


 生きていないモノの声が聞こえる、だと…?


 あまりにも怪奇なことに、すんなりとは受け入れることができない。


「私も初めはビックリしたんだけど、今は耳飾り(この子)が制御してくれてるのか、聞きたい時にしか聞こえなくなった」


 そう言うとシンシアはそっと自分が付けている耳飾りに手を添えると、


「…ねぇ、お願い。フィーゼにも私と同じようにしてあげて?」


 穏やかな口調で耳飾りにそっと語りかけたのだった。それから、…フフッ、ありがとう。と笑顔で礼を述べる。


 目の前で少女が繰り広げる一人芝居を、フィーゼはあえて何も言わず、ただ黙って見守るだけだった。


「———で?ソイツは何だって?」


「 “ 仕方ないなぁ、やってあげよう! ”だって」


 わざと声色を変えて少し戯けるようにシンシアは答えた。


「絶対そんなこと言ってねぇだろ?!ってか、誰のマネだよ?それ」


「ぅぐ…、」


 普段あまりやらないことを冷静に突っ込まれ、シンシアは顔を真っ赤にして全力で顔を逸らすのだった。


「あ〜ごめん、ウソウソ!慣れないことして、ちょっと恥ずかったよな?———悪い、めっちゃ似てたよ!…いやぁ、あまりに似過ぎて逆にわからんかったわ(?)」


 フィーゼは正直自分でも何を言ってるのかわからなくなっていたが、とにかくフォローの言葉を懸命に頭の中で並べながら、全力でシュンとなるシンシアを宥めるのだった。


 ———結局誰のマネかはわからんが…。


 心の中ではそう言って苦笑いしながら、だが。


 それからシンシアはまだフィーゼの顔を見られないまま、んっ!とぶっきらぼうに、耳飾りだけを手渡す。


「…ぁ、はい、付けます!」


 フィーゼはそう言って再びそれを耳に付けると、ハッとシンシアを見る。


「———ホントだ、静かになった」


 さっきの、まるで1クラス40人ほどの元気な小学生が集まる教室に突如放り込まれたような嵐のような騒音は、全く消え失せていた。



 …できるんなら最初っからやれよ。



 思わず心の中でそう囁いた瞬間、


「———ゔ?!」


 先程の騒音がまさかの轟音となって頭を支配した。


「ぎやぁぁぁぁ、ごめんなさいっ!うそ、うそです!」


「…っ、フィーゼ?」


 シンシアは目の前で突如叫び出す従者に、何してるの?と首をかしげるのだった。


「マジすんません、もう言いませんから、絶対!!」


 フィーゼは慌ててペコペコと耳飾りに謝り倒すと、音は再びスーッと引いていったのだった。


 フィーゼは一安心したようにホッと胸を撫で下ろす。


 ったく、コイツ、心の声まで聞こえてんのかよ…。こりゃ絶対中に何かいるな。はぁ、なんて代物作っちまったんだ俺は…。


 密かに頭を抱え悶絶するフィーゼなのであった。


 そんな中、目の前のその人がやっと落ち着いたのを見計らって、



「お揃い、だね…」



 と、どこか照れ臭そうにポツリと溢す主。


「へ?…あ、あぁ、うん」


 主につられて自分まで照れ臭くなったのか、ぶっきらぼうに従者も頷いた。


 その時ふと見た少女の顔は、思いのほか嬉しそうに見えたのは、きっと気のせいでないとあってほしいと、フィーゼはそっと願うのだった。


 まぁこんなことでどうにかなるかはわからんが、身に付けているのが片方だけなら、耳飾りの効果もきっと半分になるはず。


 耳飾りコイツがお嬢へもたらす影響も半分になるといいんだが…。


 でも、そっか、確かに———、



「お揃い、か…」



 思わず言葉になって出てしまっていた。


 それには気づかずに、フィーゼは少し嬉しそうに微笑むのだった。


 その顔をシンシアが見つめていたのにもおそらく気づいていないはずだ。


 それからフィーゼはふと窓に目を向けると、


「あぁ〜!!」


 とあんぐり口を開けて絶叫するものだから、シンシアはビクッと肩を一つ跳ねさせる。


「なんやかんややってるうちにもぅ夕暮れじゃねぇか…」


 窓からは美しい夕陽が差し込んできており、シンシアは綺麗だねと目を奪われるのだった。


「お嬢を街へ連れて行ってやりたかったのにぃ、クッソ。あの時シェイ———、兄殿下の邪魔さえ入らなければ…」


 フィーゼは悔しそうにドンっとベッドに拳を落とす。


 はぁ、とうなだれる彼に、シンシアは言いづらそうに思い口をゆっくりと開く。


「…っ、ねぇ、フィーゼ、さっき聞きそびれちゃったけど、シェイル兄様は、」


「どうもなってないよ。貴女が他人を傷つけるわけないだろ?安心しろ」


「———っ、そっか、よかったぁ」


 一番聞きたかったことが聞けて、シンシアは大層ホッとしたように胸を撫で下ろすのだった。


 その様子を、ただ黙って見つめる従者。


 あんなに言われといて、どうして相手の心配までできるのかね?貴女は。


 ——— “ 慈悲の心 ” 、やっぱり俺にはまだわからん。


 フィーゼは苦笑いを浮かべるばかりだった。


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