第16話 『潔闘』…本当にするんだね


翌日 秋村梨園


 清掃庁より浄・鐵也各自のカワイイAIに向けて潔闘に関する通告があった。

日時は三日後の午前九時。

会場は川崎市多摩区・シン岡本太郎美術館。

生田緑地内に建つ文化施設である。


 万和元年に大幅に増改築したものの十五年前に惜しまれながら閉館し、

展示・保蔵されていた美術品のすべては東京国立博物館に移送されている。

緑地内の広大なフィールド、ほぼ左右対称の建物、

ゴールに打ってつけの巨大モニュメント。

そしてなんと言っても首都圏最悪のデブルス禍で有名な多摩区という、

一般人やマスコミが、おいそれと入り込めない立地が選ばれた決め手だろう。


 雇い主である秋村家の二人にも同じ情報が知らされている。

当日の立ち合いも許可されてもいるが、『潔闘』についてのあらゆる情報を

何人にも口外せぬよう清掃庁から厳しく言いつけられている。

これを破った陣営は問答無用で不戦敗となるので、

郁実も長十郎も口を貝にして過ごした。

 当の皆神浄は特別にトレーニングをするでもなく、

通常のデブルス清掃や向ヶ丘2型の調査を行い、梨園の農仕事や

秋村家の家事を手伝って過ごした。


***


潔闘前夜。


 また数日ぶりにデブルス嵐のない夜が来た。

梨園に置かれたビールケースに座り、浄が弾くギターを郁実は聞いていた。

一曲終わり、小さく暖かな拍手がパチパチと響く。


「『潔闘』……本当にするんだね」

「ショーちんにはそういう話なかった?」

「なかったんじゃないかな…。でも誰かに持ちかけられても

『まず話し合いましょう』って言ってたと思う。ショーちんの性格からして」

「優しいなぁ、ショーちん……」

「普通でしょ。浄さんと金城さんが血の気多いんだよ」

「男のコだもの」

「ショーちんだって男の子です!…明日はおじいちゃんと立ち会うから」


郁実は浄をまっすぐ見つめて言った。


「勝ってね。浄さん」


 郁実は思う。

本当は勝ち負けなどどうでもいい。無事でさえいてくれたら。

ただこの男は『頑張って』などという言葉を求めてはいないだろう。

せめて浄が望む言葉をかけてあげたかった。

翔吉に出来なかった分だけ。


 浄は勝気に微笑む。

そして右手の拳を握り、隣に座る郁実に差し出す。


「勝つよ。絶対」


郁実は頷いて、浄の拳に小さな拳をこつんと合わせた。


汚染雲の向こうから白い月がか細い光を地上に投げかける。


 同じ時刻の京浜工業地帯。

その日の仕事を終えて夜空を見上げる金城鐵也の傷だらけの作業装甲にも、

彼に寄り添う犬型カワイイAIにも、それは等しく降り注いでいた。



***


潔闘 当日早朝


南武線車内液晶画面


<<本日・登戸駅周辺にて大規模デブルス清掃作業が行われます>>

<<場合によってはダイヤに大幅な乱れが生じる事もあります。ご了承ください>>


 万和四十年の現在、このような表示はどの交通機関であっても日常茶飯事であり、

必ずしも南武線に乗り込む人々の注意を引くものではなかった。


 万和二年に設立された清掃庁は徹底した秘密主義で知られている。

デブルス清掃のノウハウから清掃員の育成方法に至るまで、

世間に明かされている情報はごく一部だ。


 ゆえに清掃業務に関わらない一般市民たちが、本日多摩区で行われる

『潔闘』について知ろうはずもない。

元より首都圏最悪のデブルス禍に沈む土地に近寄る者は少なく、

JR登戸駅の朝はいつもと変わらずひっそりとしていた。

 ……かと思えたが?


「コラーッ!このガキども!!」

「どこに隠れてた!?タダ乗りしやがって!!」


 登戸駅の駅員たちは血眼になって探しているが、無銭乗車の犯人はとっくに

駅から離れ、今は廃墟となっている小田急線・向ヶ丘遊園駅前でひと息ついていた。


「オエーッ!ヘンな空気…これがタマ区かぁ」

「きもちわるいよぉ……」

「ここをまっすぐいけば『けっとう』のバショだってさ」


リーダー格の少年が指差す先に、異様な色にくすんだ山々が見えた。


「タクトぉ……ほんとにいくのかよ……」

「たりめーだろ!オマエら!てっちゃんへの『おん』をわすれたのかよ!」

「わ、わすれてないもん!てっちゃんにはゴハンたくさんもらったし!」

「いまのネドコにすめるのも、ぜんぶてっちゃんのおかげなんだぞ!」

オレたちがてっちゃんをオーエンしなくてどうすんだよ!」

「そーだそーだ!」

「いくぞ!!」


 四つの小さな人影がデブルス瘴気渦巻く生田緑地めがけて走ってゆく。

近隣の多摩区民や清掃庁職員が彼らに気づく機会は、不幸にも訪れなかった……。



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