第15話 あいつが特務清掃員だから
川崎駅 改札内コンコース
「ごめん。お待たせ」
「お弁当買えた?」
「うん。崎陽軒のチャーハン弁当、おじいちゃんの好物なんだ」
「へえ…確か鐵ちゃんもそれ好物だよ。秋村さんと気が合うかもな」
のんきな会話をしながら浄と郁実は南武線ホームに向かった。
なんだかんだで十五時を回っている。多摩区ではそろそろ夜間デブルス嵐の
前兆が訪れる時間であるが、ここ川崎区にはそんな気配はない。
駅コンコースに溢れる人々の半分はマスクをせず簡素な防塵ファッションに身を包み
「今夜どこで飲もうか」などと楽しそうに笑い合っていた。
自分と同じような年頃の女性達が、柔らかな色合いで装い軽やかに歩いてゆく。
郁実は分厚い防塵コートの重みに耐えながら、小さく溜め息をついた。
先ほどまでの鐵也とのやり取りも、彼女の心を晴れないものにしていた。
「……金城さんと、なんであんなに仲悪いの」
「仲が悪いかな」
「最悪じゃない!あと浄さんて意外と意地悪な言い方するんだね。ビックリしたよ」
「そうする必要があったからね。優しく言って聞いてくれる奴じゃないんだもの」
「いつ殴り合いになるかヒヤヒヤしたんだけど?」
「ごめんごめん」
浄は鐵也を別れた瞬間からいつもの調子にへらりと戻っていた。
それに安心しつつも、やはり気が晴れない郁実は唇をとがらせた。
「ずいぶん怒らせちゃったみたい。大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫。あいつを潔闘の場に引き摺り出せたんだから、大成功さ」
「もっと違うやり方なかったの」
「わからない。でもあいつが多摩区にいいイメージないのは予想できたし、
郁実ちゃんがお願いしても絶対に断る。それに
俺を嫌ってるから説得は無理。で、こっちに出せる金はない。
じゃあ打てる手は何か?…って俺なりに考えた結果なんだ」
「荒っぽいなぁ…」
「ま、男のコ同士だからね」
「そんなんで、ちゃんと協力してくれるかな…」
「するさ」
「なんでそう言い切れるの」
「あいつが特務清掃員だから」
郁実は浄の横顔を見上げた。
なんというか『男の表情』だなと思う。
どんなに優しそうに見えても競争を好み、闘争を好み、勝利を求める。
翔吉は他人との競争が嫌いで、
ヤンキーだって「いじめられたくないから」という
消極的な理由でやっていたのだと長十郎が話していた。
デブルス清掃員は誰もが羨むエリート職だ。
しかしそれは翔吉の人柄に合う仕事だったのだろうか。
さっきの浄と鐵也のように剥き出しの闘争心がぶつかり合い、
火花を散らす世界に生きるには、翔吉はあまりにも優し過ぎたのではないか。
せめて自分が、そんな彼の苦労を少しでも分かってあげられていたら…。
ドンッ!!
物思いに沈む郁実の身体に、不意に衝撃が走る。
「いたっ!」
郁実のショルダーバッグをひったくる子供たち。
走り去ろうとする彼らに郁実は反射的に声を張り上げた。
「ちょっ!待っ!どどドロボー!」
子供2人の襟首をすかさず掴む浄。残り2人は脱兎のごとく逃げた。
「はーなーせー!!」
ジタバタ暴れる子供たち。
「静かにしな。警察に突き出されたいか?」
浄が低く囁くと子供たちは騒ぐのをやめた。
そこの駅員が駆け寄ってくる。
二人の子供はピタリと騒ぐのをやめ、浄と郁実の後ろに隠れた。
「さっき「ドロボー」という叫び声が」
「ああ、あっちから聞こえましたね」
川崎駅の勤勉な駅員たちは浄が指差す方向に駆けて行った。
「……さて、こいつらどうする?郁実ちゃん」
浄に再び仔猫のように襟首を掴まれた子供たちは、
瘦せこけた顔の中で茶色い目だけをギラギラを光らせていた。
郁実は少しの間2人を眺め、本日何度目かの溜め息をついた。
「どうって、バッグも中身も無事だし別に……ただお弁当が」
せっかく買った弁当が袋ごと地面に叩きつけられてしまった。
幸い箱の外にこぼれてはいないが、中身はぐちゃぐちゃだろう。
長十郎・郁実・浄の夕食、
そして翔吉の仏前に備えるために買った四つすべてが全滅だ。
郁実は浄に後ろ首をひっつかまれる子供たちを改めて見た。
垢じみた顔や手足は薄黒くすすけ、ひどい身なりをしている。
ボロボロの衣服や靴はサイズが合っていないし
防塵マスクはガムテープでつぎはぎされた形ばかりのものだ。
そして二人とも革紐で金色の小石を吊るしたペンダントをしていた。
(……これは)
底光りする黄金色の結晶に、浄は見覚えがあった。
「これ、あげる」
「は?」
「ぐちゃぐちゃになったお弁当なんか土産に出来る訳ないでしょ。
あんたらで責任持って処分してよね!」
つっけんどんな物言いで弁当の袋を差し出す郁実。
それを見た少年はごくりと唾を飲み込んだ。
神奈川県が全国に誇る崎陽軒のチャーハン弁当…。
どこのゴミ捨て場を漁っても御目にかかれない高級品だ。
子供は躊躇した後、郁実の手から弁当の入った袋を受け取った。
浄が掴んでいた手を放すと、子供たちはすかさず二人から離れた。
そして浄を指差し勇ましく叫ぶ。
「おい!そこのイケメン!」
「ん?俺?」
「てっちゃんはオマエなんかよりチョーゼツつよいんだからな!」
「かおとしんちょーしか勝ってないくせに!バーカバーカ!」
「おねえちゃんベントーありがとう!チクショー!」
「だいじにくうからな!コノヤロー!」
いつの間にか戻ってきた残り二人の少年少女もヤジに加わる。
「さっさと行きなさいッ!刑務所ブチ込まれたいの!?」
子供たちは郁実の一喝にキャンとも言わずに逃げて行った。
「あっ!こらお前ら!!」
自動改札を見事なスライディングですり抜け走り去る彼らに
追いつける駅員はいないようだった。
***
帰路 南武線車内
行きよりも空いた車内にほっとしながら郁実は座席に腰を下ろした。
一日が終わるには早い時間だが、なんだかどっと疲れた。
川崎区で鐵也に会って、浄と鐵也が潔闘することになって、
子供にバッグをひったくられそうになって、
土産に買った弁当がおじゃんになって……
「疲れたみたいだね」
「ちょっとね。色々ありすぎたよ」
「横になるかい?膝枕するよ」
「やだよ!…!そう言えばさっきの子達
『てっちゃん』がどうって言ってたよね」
「言ってたね」
「もしかして金城さんの知り合いなのかな?」
「かもね。鐵ちゃん、ああ見えて女子供には甘いから」
「私には厳しかったけど」
「言葉を濁さず、きっぱり断るのも優しさだよ」
「そっか……まぁそうだね」
確かにそうだと郁実は思った。
多摩区を餌場にしていた悪徳清掃業者はみんな最初は愛想よく
耳障りのよい言葉を囁いたものだ。そして例外なく裏切った。
金城鐵也を怖いとは思いこそすれ、嫌な印象がないのはそのせいだろう。
「……あの子ら、デブルス禍で親を亡くした子供たちだよね」
「ああ。おそらく国営の養護施設から脱走して野良で暮らしてるんだろう」
「デブルス孤児か……川崎区にもいたなんて」
「少ない方さ。地方じゃもっとひどい」
「そうなの?」
「ああ。孤児たちのコミュニティと契約して仕事したこともあるよ」
「なにそれ信じられない!!」
郁実は吐き捨てるように義憤の声を上げた。
「ほんっと政府は何してんの!?一番税金使うべきとこでしょ!」
それを言うなら多摩区だって同じだろうに。
浄はそう口に出す代わりに苦笑した。
我が身よりも子供たちを案ずる郁実。
稲城砂漠で出会った三人の自衛隊員も同じだった。
そして鐵也と孤児たちも。
つくづく自分はそういう人々が好きなのだ。そう思った。
浄の優しい視線が自分に注がれていることに気づき、
郁実は居心地悪そうに言った。
「……なに?」
「いや……『好きだな~』と思って」
からかうな!という一言の代わりに、
郁実は浄の脇腹に肘鉄を喰らわせた。
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