第17話 なんでテメェは


潔闘当日 午前8時



 川崎市立シン岡本太郎美術館

約1時間後に潔闘が行われる現場は静かだった。

デブルス清掃は危険を伴う作業であり、潔闘は交渉方法であって見世物ではない。

したがって潔闘会場にいるのは運営管理を担う最低限の清掃庁職員、

特務清掃員の関係者…そして『潔闘立会人』である第三者の特務清掃員のみである。


「おはよう鐵ちゃん」

「…おう」


 控室などといった気の利いたものがある訳でもなく、会場近くを

出歩いて時間を潰していた二人は、幸か不幸かこうして出くわした。


 当然だが潔闘会場は、そう決定したその時から両清掃員とも立ち入り禁止である。

公平さを守るため、どちらも清掃経験のない現場がわざわざ選ばれたのだから当然であろう。しかしながら潔闘前に対戦相手と会話をしてはならないという規則は特にないため、浄と鐵也は少しばかり会話を交わした。


「大学以来だね。こういうの」

「ああ。だが今日勝つのは俺だ」

「相変わらずムキになるね…鐵ちゃん俺に何回も勝ってるだろ」


困ったように肩をすくめる浄を鐵也は鋭く一瞥し、また眼を逸らした。


「勝ったさ。手抜きしたテメーにな」

「しつこいなぁ…。俺の実力はその程度だってば」


鐵也は忌々しげに舌打ちした。


「…俺ァ、テメーのそういうとこが嫌いなんだ」

「本当は好きなくせに」

「嫌いだっつってンだろうが!!」


 軽口に対して律儀にブチ切れる。

恐ろしげな外見をしているわりに他人にいじられやすいのは、

確実に彼のそういう性格のせいなのだが、鐵也自身はそれに気づいていない。

 

 二人はしばらく無言で歩いた。

午前中だが空気中のデブルス濃度は低くない。

特務清掃員には問題ではないが、一般人なら防毒防塵マスクが必要なレベルだ。

黒く朽ちた枯れ木ばかりの森の中、ごく僅かだが緑の葉を茂らせる樹々があった。

デブルス禍さえなければ緑豊かな場所だったのだろうと、かつての姿が偲ばれる。


「どうかした?」

「枯れてねェ木がある…このデブルス濃度で」

「それ多分、バラ科の木だよ」

「…なんでそう思う」

「雇い主の秋村梨園さんが教えてくれたんだ。『梨はなんでかデブルスに強い』っ  

 て。梨はバラ科の植物なんだってさ」

「ふーん…」


しばし足を止め、僅かながらも緑の葉を広げる樹を二人は見上げた。


「…ひとつ訊くが…」

「ん?」

「なんでテメェは」

「……」

「…いや、やめとく」

「なんだよ気になるなぁ」

「ベタベタお喋りなんてガラじゃねェんだよ」


もう戻ると言い捨てて去ろうとする鐵也に、浄は再び声をかける。


「鐵ちゃん」

「…ンだよ」


「今日は俺が勝つから」


鐵也は足を止め、浄に振り返る。真っ直ぐな視線同士がぶつかる。


「そうかよ」


 今度こそ背を向けて鐵也は去った。

去り行く彼の口元が一瞬だけ笑みを形づくったが、それを知る者はいなかった。



***

同日 午前9時

生田緑地 東口ビジターセンター



 ついに潔闘の開始時刻となった。

とはいえ9時ちょうどに始まるという訳ではない。

これはれっきとした清掃庁公認の催事であり競技である。

段取りが色々とあるのだ。


 かつて緑地を訪れる人々を出迎えていた施設で、

今回の潔闘の事前検査と説明は行われた。

10数年近く打ち捨てられていた建物だが、前日に清掃庁から派遣された一級清掃員が丹念に清掃作業を行ったため、本日一日限りの役割は果たしてくれそうだった。

 

 元は展示ホールだった空間に、参加者である特務清掃員2名、清掃庁職員、

そして関係者の郁実と長十郎が集い、粛々と事前検査が行われた。


「では両清掃員。作業装甲を装着してください。

…まずは金城清掃員から」


 まず鐵也から装着する事になった。深い意味はない。五十音順なのだ。

鐵也の特スイブレスが黄金に光った。

柏手の音が鋭く二度鳴る。室内の空気が一気に張り詰め、

そして地鳴りのごとき轟音が地の底から響く。



「『払え給い、清め給え』!!」

『 音声・動作両コード確認 だワン! 』



 両掌を合わせ瞑目する鐵也の周囲に渦巻く

砂や石の群れに似たものは、具現化した清掃力だ。

まばたきする間に地面から3mはあろう巨大な暗灰色の岩塊が地面から生じる。

この暗灰色の岩も同じく清掃力が質量をもった物だ。

 

 岩塊に幾筋もの亀裂が走り、黄金の結晶と光を振り撒き破裂する。

その内側からつや消しの金と漆黒を基調とした作業装甲の姿が現れた。

地味な母岩から華麗な結晶が生じるかのように。


 A級特務清掃員・金城鐵也の清掃力…

その属性は『土』


 清掃力の四属性である水・風・火に比べると一般的に地味なイメージが否めないが

そのエネルギーが発露する様には鉱物や宝石のごとき独特の美しさがあった。

それに清掃力四属性中、もっとも希少な属性でもある。


 パネルラインと三箇所の機構が黄金に光って唸りを上げ、

首の後ろから琥珀色の光の帯がマフラーめいてたなびく。

威嚇するかのように2つのカメラアイが強く光った。


『作業装甲 装着完了 だワン!』


 シバタローが誇らしげに告げる。

ちなみに鐵也のカワイイAIは彼自身が選んだ機体である。

彼は犬が好きなのだ。(「シバタロー」という名も鐵也が付けた)



「では次に皆神清掃員。作業装甲を装着してください」


 職員にうながされ、次は浄が作業装甲装着に入った。

右手の特スイブレスが青い潮流に似た光を放つ。

柏手を二回打つ。その瞬間から夥しい清掃力がホール内に渦巻いた。


「払え給い、清め給え!!」

『 音声・動作両コード 確認 』


 シバタローの後だとマメ公の声が非常に淡々と聞こえる。

青と白銀の清流に似た清掃力が渦巻き、それは巨大な水柱と化した。

水柱の内側が青白く強い光を放つと水柱は縄を解くように

幾筋もの水流に解け宙を舞った。

その内から現れたのは青と漆黒を基調とした作業装甲。

背中から6本の洗剤射出ユニットが伸び、それは再び後背部に収納された。

その姿にはどこか、水辺に巣を張る大蜘蛛を思わせる。


 パネルラインと三箇所の気候が青く光って唸りを上げ、首の後ろから清流のごとき

甕覘き色の光の帯がマフラーめいてたなびいた。

頭部装甲の顔面に大小4つのカメラアイが光る。


『 作業装甲 装着完了 』


「作業装甲装着 両者問題なし」

「両清掃員、着用感及び頭部装甲モニター、各種センサーその他に

異常はありますか」


浄と鐵也は「ありません」とそれぞれ応えた。


「では両清掃員、インスペクションAIを伴ってスタートラインへ」


 その言葉で一同はぞろぞろとビジターセンター前の緑地内道路へと向かった。

デブルス清掃のノウハウ…中でも特務清掃員の作業装甲は

国家機密レベルの箝口令が布かれている。

どの国の人工衛星が覗き見しているか分からない屋外で、

着替えさせる訳にはいかないのだ。


 スタートラインには特務清掃員専用の自動二輪車が並んでいる。

これも潔闘に使うのである。

浄とマメ公、鐵也とシバタローが粛々とスタートラインに並ぶ。


「両AI、インスペクション・レベルを『厳戒』に設定!

潔闘終了まで解除不可とする。両清掃員、AIに命令を」


「マメ公。聞いたとおりに」

『了解 インスペクション・レベル『厳戒』』

「シバタロー。インスぺレベル『厳戒』に設定」

『了解 だワン! インスペクション・レベル『厳戒』 だワン!』


インスペクションとは本来、

「調査」「検査」「視察」「査察」等を意味する。


 即ちインスペクションAIとは、特務清掃員の作業品質や勤務態度、場合によっては私生活の素行まで、ほぼ24時間365日監視するのが本来の役目なのだ。

完全にプライバシーの侵害なのだが、特務清掃員に文句を言う者は一人もいない。

それらに目を瞑れるほどAIの恩恵は大きいのだ。

なにせ細々とした手続きなどを命令ひとつで代行してくれるのだから。

たとえば県境パスポートの申請から、果ては確定申告まで。



「最後に当潔闘立会人、ご入場ください」


 一気に空間全体の空気が澄み渡り引き締まる。

同時に自然と背筋の伸びるような緊張感。高い清掃力を持つ者特有の…

そして同じ能力を持つ者のみが感じ取れるプレッシャーだ。


 優雅に歩く男はスラリと背が高い。

そして目に痛いほど白い作業装甲を纏っている。

純白のロングコートを思わせる作業装甲…

その意匠は浄や鐵也のそれよりも繊細な優美さを持ち、

そしてどこか西洋の騎士を想起させる勇ましさがあった。

しかし何より目を引くのは頭部装甲から長く伸びた一対の清掃力の帯だろう。

白銀に輝くそれは羽根飾りにもカイコ蛾の触角にも見えた。


「このたびの潔闘の立ち合い人を務めます。

 S級特務清掃員・白鳥響司しらとりきょうじと申します」


 白鳥は優雅に一礼した。

その立ち居振る舞い、所作のひとつひとつが完成されていて、

「これぞS級」と誰もに思わせる気品がある。


 S級特務清掃員。

実務経験と厳正なる試験・審査によって選出されるエリート中のエリート。

「ただ清掃作業が上手い」というだけでは到達し得ない、デブルス清掃員の頂点。


「まず勝利条件の確認を行い、その後潔闘開始となります」


白鳥は落ち着いた美声で簡潔に説明を始めた。


「記念館の外周・建築物内を二分割し、

デブルス清掃の速さとクオリティを競う。

制限時間内に各自の担当区画のデブルスをいかに多く速く正確に駆除し、

環境及び建築物の安全・衛生・美観を取り戻すかによって勝敗が決まる。

…以上です。

金城清掃員、皆神清掃員、よろしいですか」


「はい」

「問題ありません」

「……」


 白鳥響司は浄と鐵也を真っ直ぐ見据え、しばらく沈黙した。

そして静かに言葉を続ける。



「…デブルス清掃は、

時に刑法・民法ですら道をあける絶対の正義。

そして我々は、それを行使せし者の頂点」


 騎士めいた純白の頭部装甲にあって唯一の異彩を放つ

滅紫のカメラアイが奥底より強い光を放つ。



「両者、特務清掃員の名に恥じぬ作業を行うように!!」

「「了解!!」」



 浄、鐵也は最敬礼した。

そういうプロトコルではあるのだが、

そうせずにはいられない迫力が白鳥響司の全身から迸っていた。


 職員たちは一斉にその場から離れ、

残るは浄・鐵也、そして白鳥の三人のみとなった。

郁実・長十郎も職員に伴われビジターセンターに戻った。


「では両清掃員、ライドポリッシャーの限定解除を」


 浄・鐵也はそれぞれのバイクのメーター機器部分に特スイブレスをかざす。

前後二輪のタイヤは機内に収納され、ホバーバイクめいた姿に変形する。

これが特務清掃員専用・機動清掃用具『ライドポリッシャー』である。



白鳥響司が右手を高く掲げる。


枯れた森からデブルスに黒く染められた野鳥の群れが一斉に飛び立つ。


ビジターセンター内の潔闘監視システム及び作業装甲の頭部モニタで

開始までのカウントダウンが始まる。

数字の代わりにディスプレイに表示されるのは

清掃業界に古来より伝わる戒言『清掃の4S』である。



整理 

Ready!


整頓 

Get!


清潔 

set!


掲げた右手が振り下ろされた!!


清掃

Go!



 ライドポリッシャーのエンジンが咆哮する。駆け出す二人。

清掃力でブーストされたその速さは、すでに常人が目視できる範疇を越えている。


 潔闘…

勝利条件は美術館内の指定されたエリアに巣食うデブルスを

いかに早く大量に確実に清掃するか。いかに早く目的地に至るか。


そして敗者は勝者の清掃作業を無償で手伝うのだ。



今、戦いの火蓋が切られた!!



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