第8話 ブッ殺す気かよ一般人をよ~


同日昼前。川崎市多摩区 生田緑地いくたりょくち



 昔は「緑地りょくち」の名に恥じぬ緑豊かな土地だったのだという。

公園としてきれいに整備され、天気のいい休日ともなれば

多摩区民達の憩いの場として賑わっていたのだそうだ。

 息子二人が小さかった頃は、家内と連れて行ったもんだ…と、

長十郎は懐かしげに語っていた。デブルス禍に晒され40年。

この地にかつての賑わいの片鱗もなかった。


 蟻の巣めいた地下通路を作業装甲に身を包んだ浄とマメ公が一人と一機で進む。

地下通路とは言っても人工的に造られたものではない。

多摩区・桝形山付近の地中深くに埋まっていると目される大型デブルス隕石…

『向ヶ丘2型』から噴き出したガス状デブルスが地表に吹き出した痕跡なのだ。


万和40年の世界から太陽と青空を奪っているのは、このガス状デブルスと塵埃デブルスだった。


「マメ公。マッピング出来てるか?」

『 順調 バックアップ済み 』

「OK。引き続き頼む」


 一年前に作られたにも関わらず、

多摩区の特務清掃員・秋村翔吉の地図は正確だった。

特スイとして忙しい日々の業務の合間に、毎日コツコツと穴ぐらに潜ったのだろう。

すべては郁実と長十郎のために。多摩区のために。


(その真面目さを邪魔だと思う輩がいた…そんなところか)


 浄は基本的に暢気な男だが、真面目さや誠実さが

誰からも歓迎されると信じるほどお花畑ではない。

人間の愛すべき面を嘲笑い利用する、醜い人間が存在する事を知っていた。


 秋村翔吉は、何らかのトラブルに巻き込まれた可能性がある。

特スイ認証で情報を隠さざるを得ない状況に追い込まれるなんて、普通ではない。

それを清掃庁にも家族にも誰にも相談できない。明らかに非常事態だ。


 郁実や長十郎には、たとえ憶測でも口にすることを憚られる

残酷な可能性のひとつを、浄はひとりで噛みしめた。



 頭部装甲の暗視ゴーグルを頼りに進んでゆく。

30分ほど地中の迷路を歩き続けると、やがてぽっかりと開けた場所に着いた。

地下のはずだがほんのりと明るい。

壁面に付着しているデブルス苔がほのかに発光しているのだ。


「『ここから中ボス戦です』ってな趣きだなぁ…」


その刹那、マメ公のカメラアイが警戒色で強く光った。


『 高濃度デブルス反応 接近中 』

「やっぱりな」


 デブルス核付近の開けた空間…

それはすなわち核から発生した多種多様なデブルスの巣を意味する。

それらは核となる隕石を始末するまで、絶えることなく湧きつづけるのだ。

空間の奥を覆う暗闇が禍々しく質量を持ってゆく。


「さて。清掃開始と行きますか」


 浄の右手に近い空間に波紋めいた渦が生まれ、

そこから柄の長い対デブルス清掃用具が生じた。

電磁モップと呼ばれる、デブルス清掃の基本中の基本とされる

一番スタンダートな用具である。

その扱いを見ればデブルス清掃員の実力がひと目で分かると言われるほどだ。

 

6つのカメラアイが青く光る。

空洞に満ちたデブルス達の性質を手際よく分類してゆく。

洞窟や地下鉄・地下街などに巣食うカビ・塵・苔デブルスの群体が主で

デブルス獣はいない。好都合だ。

デブルス核を破壊するための必殺洗浄技術を使うには、洞窟内では空間が足りない。


「モップでちまちま片してくのはちょっと骨だな…広範囲洗浄で行くぞ」

『 了解 広範囲洗浄使用申請 承認 』


 両手を突き出し電磁モップを真一文字に構えると、それを勢いよく回転させる。

電磁モップの房が放つ青白い光が円形の弧を描く。光の円が完全なものとなると

そこから実体を持って空間に現れ出るものがあった。

イネ科の植物の茎を幾重にも束ね直径3メートルほどの円輪を象った

神道祭具『かや』に酷似しているそれが、広範囲洗浄放射ユニットである。


「…『宮川の清き流れに禊せば 』」


 浄は電磁モップの柄を両手で捧げ持ち、∞(無限大)の形に穂先を振るった。

次第に電磁モップの青白く光る房は四角い光の連なりに形状を変える。

その様は神主の持つ祭具・御幣 ごへいによく似ていた。


「『祈れることの叶はぬはなし』…!」


マメ公のカメラアイが青く発光する。


『 音声・動作両コード認識 広範囲洗浄 発射カウント開始 』

『 3 』

空洞奥の闇からカビデブルス群体が津波めいて殺到する。

『 2 』

浄は発光する御幣と化した電磁モップの穂先で発射方向を指し示す。

『 1 』

群体津波が茅の輪の2メートル前に迫る。

『 0 』


ドォッ!!!!

 ゼロのカウントと共に茅の輪から凄まじい水柱が噴出する!!

それは単なる水流ではない。

聖なる未知の力『清掃力』と対デブルス洗浄剤の奔流である。

洗浄力としては必殺洗浄ほどの効果はない。しかし空洞奥のデブルス群体のように

核を持たないが広範囲に広がる中ザコにはきわめて効果的な洗浄方法なのだ。


 茅の輪は電磁モップの穂先の動きに従い、首振り扇風機めいて

空洞の隅々まで洗い流した。

凄まじい水流に押し流され、デブルス群体どもは地下深くに押し流されて行く。

核を持たない群体は清掃力によって生まれた水と、それに含まれた洗剤の効力で流されている間に消える。

死滅したデブルスの残骸が白く浄化され、光の粒子となって空気中に霧散した。


『 広範囲洗浄 終了 』

「よし。…便利だけど疲れるんだよな、これ」


 マメ公の電子音声と共に茅の輪はゆっくりと異空に消えた。

軽く肩と首を回し、浄は気を取り直して地図を見た。


「ここでショーちんの地図も終わりか」


 頭部装甲の内部に映し出される図形を見て、浄は足を止めた。

マメ公も泳ぎをピタリと止める。


「こっから先の案内は有料だぜ?ナマダ清掃さんよ」


 来た道を振り返り、浄は言い放った。

返事はない。浄はわざとらしくため息をつくと、電磁モップを回転させる。


「おいおい!ブッ殺す気かよ一般人をよ~」


暗闇から歩み出て来たのはナマダ清掃の主任である。


「悪徳清掃会社に人権はねえよ。何しに来やがった」


浄が冷たく言い放つと、主任は不遜な笑みを浮かべた。


「昨日の礼に来たんだよ!!」

ドサッ!!

 ナマダのヒラ社員がなに物かを地面に転がした。

浄の顔色が変わる。

それは手足を拘束され、口に猿ぐつわを嚙まされた長十郎と郁実だった。


「ムー!!」

「ンムーー!!!!」

「秋村さん!!郁実ちゃん!!」



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