第9話 秋村翔吉に何をした


「お前の雇い主どもに来てもらったぜ。

二度と特スイを雇おうだなんて思わねえよぉになー!!」

「…てめえ…!!」


大小6つのカメラアイが怒りに燃える。


「ほらほら!!せいぜい働けよ!特務清掃員サマよぉ!!」


 主任はそう言ってゴム手袋をはめた手で野球ボール大の何かを投げ放つ。

浄が身を翻して避けたそれは黒くゴツゴツと歪な塊…

高濃度デブルス液のアンプルが突き刺さったデブルス核だった!

それを見た浄は頭部装甲の下で顔色を変える。


「この馬鹿!素手でこんな危険物を…!!」

「ゴム手袋してんだから素手じゃねえよ」

「トーシロ以下だなてめえは…」


 餌を与えられたデブルス核は、あっという間に巨大化した。

もしこの空洞の清掃が完了してなければどうなっただろう。考えたくもない。

頭部をクリオネの口部めいて開き、デブルス獣はおぞましい声を上げて暴れ出した。

デブルスに知性も感情もない。

あるのは地球上の物質・生物の細胞に取り入り、その力を利用して増殖する本能だけだ。


 毒液を撒き散らすデブルス獣の猛攻を巧みに回避しながら、

浄は清掃の手段を考えていた。

秋村家の二人は主任やヒラ社員の廉価版清掃バリアの内側でもがいている。

長十郎と郁実の安全に心を砕きながらも、浄はデブルス清掃に専念しようと努めた。

いくら愚かな悪徳清掃会社でも、まだ利用価値のある人質をやすやすと殺すまい。


(核があるだけさっきの群体より厄介だな…アレを使うか)

浄はマメ公にオーダーする。


「高圧洗浄機、使用申請!」

『 音声コード 』

「起動コード全省略!」

『 了解 起動コード 全省略 高圧洗浄機使用申請… 』


『 承認 !! 』


 音声コードには言霊の力によってバッテリーと清掃力増加と消費を

軽減する効果があるが、今のようにそんな暇のない場合は省略も可能である。

ただ消費軽減効果はない。

ちなみに動作コードには精神力を高め、音声コードを補助する役割がある。


 浄が伸ばした右手の先、空間が波紋めいて揺らぐ。

SK(異空間収納)からズルリと引きずり出した清掃用具。

無骨なそれはどこからどう見てもライフル銃だが、清掃用具なのである。


『 遠距離清掃用高圧洗浄機 射出準備 』


 浄は遠距離清掃用具を基本通りに構え、眉間に力を入れる。

6つのカメラアイが強く発光する。頭部装甲越しの視界に

デブルス獣の体の奥底に脈動する核の在処が赤紫に明滅する。

これは特スイ装甲の基本機能ではない。

特務清掃員の清掃力・精神力によるものだ。


『 目標 捕捉 』


 マメ公の電子音声が終わる前にトリガーを引く。

洗浄機の先端から内部機構と清掃力で加速された洗浄剤が

レーザービームめいて高速射出される!


 反動で浄の身体は射撃体勢のまま1mほど後退した。

地面に着いた足裏と膝が地面に溝を掘る。

一筋の光と化した洗剤は一瞬にしてデブルス核を粉々に打ち砕いた!

断末魔の叫びをあげる間もなく、デブルス獣は爆発四散した。

暴風が吹き荒れたあとの空洞に残るのは、白く光る清らかな粒子だけだ。


『 清掃 完了 』


 SKに洗浄機を放り込むと、浄はわずかに倦怠感をおぼえた。

特スイ装甲のバッテリー計を見ると、残り40%。

予想はしていたが消耗が激しい。

まだ『向ヶ丘2型』の核の場所すら捉えていないというのに。

 

 万和元年から実に40年、多摩区が放置されていた理由が分かった。

侵蝕の規模が広大過ぎるのだ。

特務清掃員であっても新人一人では手も足も出なかったのだろう。


(せめてショーちんがいた頃、俺がここに来ていたら…)

そうだ。秋村家の二人は…?!

浄がそんな思いと共に視線を巡らせたその時!


ドォンッ!!


 空洞に突如として灼熱と爆音の花が咲いた。

弾き飛ばされた浄の身体は岩壁に背中から叩きつけられる!


「いって!!」

「ンムーー!!(浄さん)!!」


 特スイ装甲の頑強さに守られ浄に怪我は無いが、不吉な電子音が響く。

装甲の命であるバッテリーが損傷した事を報せるエラー音だ。

見ると40%だった表示は『--%』。


(ヤバい…完全にバグってやがる)


 ズシャッと重い音が響く。

全身に圧し掛かる壮絶な重みに、浄は前のめりに地面に倒れ込んだ。


「いやいや…押し売りされたダイナマイトが役に立つとはなァ」


ニヤニヤ笑いを隠す気もなく主任は浄を見下ろした。

自前の簡易清掃バリアで身を守っている。


「よくやるぜ…大した給料もらってねえだろうによ」


浄の憎まれ口も余裕で受け流せる。

特務清掃員を出し抜き、主任は今や有頂天だった。


「その作業装甲ってのは万能だが、

バッテリーが切れたらてんで役立たずなんだってな」

「よく知ってるじゃねえか。三下の分際で」


 バッテリー切れした作業装甲は、

計200キロに及ぶ合金と特殊繊維の拘束衣だ。

それに身体の自由を奪われながらも浄は余裕ぶった態度を崩さない。

主任の顔から笑みが消え、無駄に広い額から幾筋もの血管が浮かんだ。


「お高く止まりやがって…だから一級だの特務だのの清掃員は嫌いなんだよ。

俺らみてえに清掃力がない人間を見下しやがってよ」


浄は負け犬の遠吠えを鼻で笑う。


「俺が見下してんのはお前らの腐った性根だ。清掃力は関係ないね」

「このクソガキが!!」


 勢いよく蹴り出された主任の安全靴の爪先が浄の腹にめり込んだ。

だが強固な装甲に守られ痛みはない。衝撃は軽く伝わるが。


「ガキと言やぁ秋村んちのせがれ…翔吉だっけか?あいつもバカだったぜ」


6つの青いカメラアイが主任をギッと鋭く睨む。


「言う事聞いてりゃあ死なずに済んだもんをよ」

「てめぇ…ショーちんに、秋村翔吉に何をした」


浄は息苦しさと覚えた。バッテリーと共に換気システムも停止したからだ。


「梨園に仕事で入った時にチョチョイとバッテリーに細工をな。

さすがの特務清掃員サマも、装甲がなきゃデブ公相手に手も足も出ねえもんなぁ」


離れの一階に確かにバッテリー充電器が並んでいたのを浄は思い起こした。


「ンンーー!!ンムーーーーッ!!!!」


 激しく身を捩り、郁実は猿ぐつわの奥から叫んだ。

ポロポロと涙が頬を流れる。

 郁実が口にしたのとおそらく同じ言葉を、浄は喉から絞り出すようにして罵る。


「…人殺しめ」


「勘違いすんな。勝手に死にやがったんだよ。

もっとも死に目も死体も拝んじゃいねえが…

まあデブルスまみれの土ん中で一年も生きられる訳がねえけどよ」


すっかり調子に乗った主任はペラペラとまくし立てた。


「だからうちの会社はデブルス核なんか放っておいて、

湧いてくるデブルスをちまちま掃除して

長期的に上手に儲け続けようって言ったんだ。それをあのガキは

『そんな真似できません!!』とか正義のヒーローぶりやがってよ」


(ショーちん…!!)


 バリアの向こうで倒れ伏した郁実と長十郎の身体が震えている。

作業装甲の音感センサーにすすり泣きが届く。

装甲の下で浄は目を瞑る。

写真の中の三人の笑顔が浮かんだ。

 

家族を、生まれ育った土地を第一に考え奔走していた

一人の若く気高い特務清掃員が、

他人の苦しみを飯のタネとしか思わない悪党によって、その命を喪ったのだ。

 

その高潔な意思を、人生を、くだらない理由で否定されたのだ。

愛すべき家族と共に歩むはずだった幸せな未来を永遠に奪われたのだ…。


浄は拳をギリギリと軋むほど握りしめ、強く地面を殴った。


ブォンッ!!


 3箇所の換気システムが激しく唸りを上げる。

パネルラインと各機構が眠りから目覚めるように明滅する。

 

浄はゆっくりと立ち上がった。

首の後ろから清流のごとき青い光の帯がマフラーめいてたなびく。

大小6つの眼が悪漢に向けられた。心臓を射抜くほどの鋭さで。


「ば、バッテリーは確かにブッ壊したはず…」


先程までの余裕はどこへやら。主任はただ狼狽した。


「何が上手に儲けようだ…」


 浄の右手の空間が波紋めいて揺れ、そこから長く禍々しい清掃用具が発生する。

先程デブルス核を撃ち抜いた対デブルス高圧洗浄機だ。


「作業目標変更。デブ公の駆除は後回しだ」

『 作業目標変更 了解 』


マメ公の丸い双眼が薄闇に強く光る。


「…先に掃除しなきゃならねえゴミがあった」


 6つのカメラアイ、装甲のパネルラインや機構の光は主に

装着者の精神状態と同調する。

それらは今や激しい怒りに青白く燃え盛っていた。


「ひぃ…!」「お、お疲れさんっした~!!」


 クモの子を散らすようにトンズラするナマダ清掃平社員たち。

主任は殺気を漲らせ歩み寄る黒い異形に顔色をなくし、

情けなく地面にへたり込んだ。


力なき正義が無力であるように、正義なき力もまた無力。


 そんな言葉が主任の脳裏に浮かんだが、もはや何もかもが遅すぎた。

腕から回ったデブルスによる中毒と過度の緊張で、主任は不甲斐なく気絶した。



ゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォンンッ!!!!



その時、地鳴りの後で激しい揺れが4人を襲う!


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