第13話 山田 渚

 山田 渚は寝起き抜けに時計を見ると固まる。


 まずい、寝坊した!


 一気に眠気が吹っ飛ぶ。


 朝食なんて優雅に取ってる暇なんてない。


 慌てて洗面所へと向かうと顔を洗い最低限髪を整えようとするも寝ぐせは直らず、イラつきながらヘアゴムで一括りに雑に纏める。


 無駄に時間を浪費したと余計に焦りつつ、部屋着を脱ぎ散らかし、どうせ走る事になると思い前日に用意したカジュアルな服に着替えると鞄を引っ掴んで玄関へと向かいスニーカーを履いて鍵を掛けるのももどかしく感じながら家を出ると私は走り出した。




 ホントならもっと早く家を出る筈だったのに!


 昨日の飲み会が裏目に出ちゃった。


 後悔しつつも何とか電車に乗って息を整える。


 額に滲む汗をハンカチで拭うが、どうしても気が逸る所為か汗が止まらず、思わず舌打ちしてしまう。


 大学までは2駅。


 内心の焦りを隠すことも出来ず、携帯を取り出して時間を確認する。


 遅刻は何とか回避できそうだけど、1限目の授業は開始ギリギリってところね。


 こんなんじゃHPホームページのデータ消せないじゃない!


 電車内ではどうする事も出来ないし・・・ あぁ、神様仏様!せめて事故や遅延が起きない様にお願いします。


 そう思い手を合わせて祈っている内に目的の駅に到着した。


 駄目な事だとは思っているが電車の扉が開いた瞬間、渚はダッシュを決める。


 改札口を素早く通り抜けるといつもの通勤路を走り抜ける。


 既に朝一でのデータ削除は諦めた。


 速攻での削除を諦め、1限目の授業後に削除するしかないと妥協した。


 あぁ、本当に寝過ごした自分が恨めしい。


 急いで職員棟へと向かいカードをスライドさせて出勤完了。


 時刻もセーフ。


 なんとか一息ついて自席へ移動すると授業の準備に取り掛かる。


「渚、あんた寝坊したわね?」


 突然の声にギクリとする。


「し、翔子先輩?」


 祥子に軽く睨まれると観念してゲロる。


「も、申し訳ありません・・・」


 泣きそうになる渚をみて溜息を吐くと、翔子はある提案をする。


「ねぇ、渚。

 私今日ね、1限目に受け持つ授業が無いのよ」


「はい・・・」


「だから、あなたの代わりに授業に出てあげるわ?」


「え?」


 渚は疑問を浮かべるだけで、翔子の意図を理解していない。

 その鈍さに祥子は更に言葉を重ねる。


「偶には私にも目の保養をさせなさいって言っているのよ」


「そ、それはダメですよ!

 そんな事で授業を交代するなんて・・・」


 察しの悪い渚に祥子は半ギレで口を塞いで耳元で囁く。


「本当に鈍い子ね!

 私が代わりに授業してあげるからその間にさっさとデータを消しなさいって言ってんのよ!

 序でに可能なら例の男子学生を昼にでも呼び出してあげるから、きちんと謝んなさいよ?」


 そう言うと祥子は渚が持っていた教材を奪うように受け取ると授業へと向かい始める。


「あ、ありがとうございます、先輩」


 翔子は振り返らず手だけ振ると「今回は貸し1つよ」と言って出て行った。


 しばし呆然とした渚だったが、気持ちを切り替えてHPデータを消そうとくだんのパソコンがある部屋へと急ぐ。


「あら、山田准教授?」


 そう言って渚を呼び止めたのは早乙女DT学部長だった。


「さ、早乙女学部長?!」


「昨日見たわよ。

 一般の男子生徒から撮影許可取るなんてやるじゃない!

 これからは男の事の交渉はあなたに任せようかしら?」


 何も知らない早乙女学部長はご機嫌だ。


「は、はぁ、そ、それは・・・あのぉ・・・」


 渚はしどろもどろになりながらもなんとか誤魔化そうと愛想笑いを浮かべる。


「もう、冗談じゃない。

 でもありがとうね。

 これでDT学部に入って来る生徒が増えてくれれば万々歳だわ」


 そう言って去っていく学部長の後姿を見送り、姿が見えなくなると渚は慌てて走り出した。











 そうして急いだ結果、間に合わなかった。


 渚よりも先に件のパソコンは占有されていた。


「あ、あのぉ、すみません松前教授。

 大変申し訳ないんですが、今、非常に急いでまして、何とかそのパソコン使わせてもらえませんか?」


 すぐに使えないもどかしさを堪えながらも渚はなんとか穏便にお願いする。


「無理ですね、私も今日この時間しか予約が取れなかったんで仕方なくこの時間に出勤しているんです。

 使いたいならそこの予約表に使いたい時間を指定して記名してください」


 そう言って予約表を指差され規則を守れとド正論を突きつけられて素気無く断られた。


 あまりの正論に一瞬怯むが、怯んでばかりもいられない。


 何せ訴えられるかどうかの瀬戸際だ。


「本当にすみません。

 今、本当に緊急事態でして、お願いですから何とか今すぐ使わせてもらえませんか?」


 何とか下手に出てお願いするが、松前教授は呆れた声で返答する。


「私も今仕事で忙しいんですよ、あなたの相手なんてしている暇ないんで邪魔しないでください」


 その対応に渚もイラっとした。


 反論したが全て正論で返されどうにも分が悪い。


 それでも本当の事を本当に緊急事態である事を説明してお願いすれば松前教授も納得して先に使わせてくれただろう。


 しかし、ここで渚の悪い所が出る。


 自分の失態を極力知られたくないと言う思いが真実を口にすることを躊躇わせた。


 結果、論破され、彼女との関係が拗れ、無駄な口論の時間を過ごす羽目になり事態は好転しないどころか無駄に時間を取られてしまった。


 中途半端な自己保身に走った結果、最悪な結果に辿り着く。


「はぁ、ようやく終わった。

 全く、誰かさんの邪魔が無かったらもっと早く終わっていたのにねぇ」


 そう言ってパソコンの電源を切ってしまう。


 がん詰めした意趣返しのつもりか、直ぐに使うのに態々電源を落とされた。


 内心『なんてことしやがる!』と悪態を付きつつ見守る。


 その後も松前教授はようやく仕事終わったぜ。とでも言わんばかりに肩を何度か回してからゆっくりと席を立とうとする。


 普段であれば気にもならない仕草さえ自身への嫌がらせに感じてしまい、その遅々とした動きに内心焦り、早く早くと思いながらも彼女が席を立つのをじっと待ち、彼女が席から離れるのを確認すると慌ててパソコンへと向かう。


 漸く削除できる。


 そう思いパソコンのスイッチを入れ起動。


 起動画面をもどかしく思いながら待ち、ネットに繋いでHPデータのあるサーバーにアクセスしてアカウントとパスワード認証を受ける。


 よし、これで削除できる。


 そう思い認証画面が進むのを待っていると、画面が固まった。


 ・・・うそでしょ?!


 ついてない。


 そう思い再度アカウントとパスワードの入力画面に戻り再入力。


 リターンキーを押してしばし、画面が変わる。


『このアカウントは重大な違反を犯している可能性がある為、停止されました』


 ・・・・・・・


 ・・・・・


 ・・・・


 ・・・


 ・・


 ・


 終わった・・・orz











 いや、こうなったら直接謝罪して何とか許しを請うしかない。


 そう思い時計を見ると時間は11:30を回ったところだった。


 時間が無い。


 彼は2限目の受講はどこだったかしら?


 そう思うが早いか彼の受講講座を調べる。


 見つかった!


 そのタイミングで2限目終了の鐘が鳴る。


 え?もう時間?!


 勢いよく駆け出そうとしたところで翔子先輩に止められた。


「渚、消せたの?」


「・・・駄目でした。

 消す前にアカウントを止められてしまいました」


 その言葉に祥子の表情が沈痛なものに変わる。


「だから、直接彼に謝罪しようと思って今急いで「諦めなさい」・・・え?」


「彼はもう動いているわ。

 アカウントも止められたって事は既に被害届けも出しているわよ。

 思った以上に動きが早かった。

 私もなんとか直接謝罪の場を設けようとお昼に学生課に来てもらえる様にお願いしたけど断られたわ。

 彼はもう大学ここにいない。

 もう手遅れなのよ・・・」


「そ、そんな?!」


 お、終わった・・・本当に・・・終わった。


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死にたくない俺は引き篭もりたい 笹の葉 @SASANOHA_5963

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