第11話 中央都市アルフランド
抜けるように晴れ渡った青空の下、大きな城壁と喧噪が目前に現れたときは、思わず息を呑んでしまった。遠くから見ても充分に巨大だとわかる門が堂々と構え、馬車や商人たちが行き来する賑やかな声が絶えない。
「そなた、目を丸くしておるな。初めて見るか?」
ヴァルシアが横目で僕に問いかける。彼女は相変わらず落ち着いた表情だが、隣に立つだけで分かる微妙な警戒心を感じた。人間の大都市に馴染めるかどうか、ちょっと不安なのだろう。
「う、うん、初めて。こんなに大きな城壁を見たのは…すごい……」
思わず呟くと、彼女は鼻で笑うような仕草を見せてから、ふと興味深げに門の上を見上げた。
「ふん、これほど人間が集まって住むとはね。にぎやかなのは嫌いではないが、いささか息苦しいかもしれんぞ」
門番のところでいくらか手続きをするのかと思いきや、入国税みたいなものもなく、さらりと通過できてしまった。ヴァルシアの圧倒的なオーラに門番が気後れしている気がしたが、気のせいだろう。
城壁をくぐると、途端に通り沿いの建物が視界いっぱいに並び立つ。多種多様な商店や露店がずらりと軒を連ね、道行く人々も服装がバラバラで、まさに多国籍な空気が漂っていた。獣人らしき種族や、小柄な亜人が器用に荷車を押していたり、輝かしいローブを身にまとった魔導師風の人が足早に歩いていたり――とにかく活気づいていた。
「うわあ、ほんとにすごい……。人も多いし、こんな建物、見たことないよ」
思わず目を輝かせていると、ヴァルシアが肩をすくめる。
「そなた、迷子にならんようにしろよ?」
「あ、そ、そうだね、気をつけないと……」
しかし実際、通りは入り組んでいて、右を向けば商人が「おいしいパンだよ!」と声をかけ、左を向けば道化のような衣装をまとった路上芸人が通行人を笑わせている。気を取られるうちに、あっという間に方向感覚を失ってしまった。
「はは、ごめん、ヴァルシア。ちょっと道を見失ったかもしれない」
「まったく、仕方のない……。そこの子供にでも聞いてみろ」
通りかかった地元の子供に尋ねると、「冒険者ギルドや宿はあっちだよ」と快活に教えてくれた。おかげで街の中心部へ向かう方角が判明し、一安心である。
中心部はさらに混雑していた。冒険者風の一団が酒場らしき建物へと入っていき、豪奢なドレスを着た貴族らしき人物が馬車に乗って通り過ぎる。ヴァルシアは人混みに慣れていないせいか、行き交う人にちょくちょくぶつかっては「む、狭いな」と眉をひそめていた。
そして、まずは宿を確保して落ち着こうという流れになった。僕たちは通行人で聞いた「冒険者が使う安宿が多い区画」を目指し、ひときわ賑わう路地へ足を踏み入れる。
宿の前に立つ看板は、言葉が読めるような読めないような、独特の文字デザインだった。とりあえず扉を開いて入ってみると、テーブルや椅子が置かれた食堂兼フロントスペースで、がっしりした体格の主人がガハハと笑い声を響かせている。
「いらっしゃい! おや、旅行かい、それとも冒険者かな? 部屋ならまだ空いてるぜ」
宿の主人は見た目に反して親しみやすい声で出迎えてくれた。僕はほっと息をついて、宿代を確認しようとする。ところが、その瞬間に横からヴァルシアが割り込んできた。
「ふむ、そなたの宿は高いのか? わたしたち、あまり金を持たぬのだが」
「おっと、お嬢さん、値切る気かい? まあ、どれくらい出せるかによるなあ……」
ヴァルシアは人間社会の料金相場など知らないから、微妙にズレた交渉を始めてしまう。宿の主人は豪快に笑うが、値段を聞いてヴァルシアは「馬鹿な、そんなに払えるわけがない」などと言い出してしまい、危うくトラブルになりかけた。僕は慌てて間に入り、彼女の背を押しながら苦笑いで収める。
「す、すみません、僕らちょっとお金に余裕がなくて……。でも、泊まらせていただきたいんです」
「ははは、わかったわかった。明日の朝食なしでよければちょいと安くしてやるよ。あんたら面白そうだしな」
結果として、そこそこ妥当な金額で部屋を取れることになった。ヴァルシアは「交渉なんぞ面倒だ」とぼやくけれど、僕にしてみれば助かった。どうにか宿を確保できたというだけでひとまず大満足である。
少し落ち着いた後、共同スペースで他の冒険者と雑談を交わしてみた。そこにいたのは筋肉隆々の剣士と、細身の弓使いらしい人物で、どうやら最近アルフランド周辺で古代遺跡が見つかったという噂を口にしている。
「いやあ、南の方にすげえでかい遺跡が見つかったらしいぜ。こっちに来る前に聞いた話だから、まだ詳しいことは分かんねえけどな」
「へえ、やっぱり遺跡は人気あるんですか?」
「そりゃあ、人より早く入ってお宝をかっさらえば大儲けだろ? ま、危険だけどな」
リオとヴァルシアが視線を交わすと、剣士は軽く肩をすくめた。
「もし本気で遺跡を調べたいなら、裏路地にいる情報屋を探してみるといいぜ。あいつ、猫獣人だったかな? すんげえ抜け目ないが、確かな情報を持ってるって評判さ」
「裏路地、ですか…わかりました。ありがとうございます」
そんなわけで、僕たちはいったん宿の部屋へ戻り、今日の動きを整理することにする。部屋は狭いが最低限の寝具とテーブルがあり、休むには十分だ。窓の外からは街の喧噪が遠く聞こえ、まるで祭りの最中にでもいるような感覚だった。
「さて、どうする? 今からその情報屋とやらを探しに行くか?」
「うん…早めに動いたほうがいい気がする」
ヴァルシアが聞くので、僕は疲れた体に鞭打ちつつも頷いたのだった。
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