第12話 中央都市の情報屋
再び表に出ると、夕刻の気配が街を淡い橙色に染めていた。言われた通り裏路地を探してみるが、あちこちに似たような小道があって難しい。治安の良さそうな大通りとは打って変わり、ごちゃごちゃと薄暗い路地裏には様々な露店やら雑居ビルがひしめいていた。
「む……ここは一段と空気が悪いな。そなた、警戒を怠るなよ」
「わ、わかってる。でも、どれが噂の情報屋なのかはさっぱりだね」
途方に暮れかけたところで、耳と尻尾のついた猫獣人の女性らしき姿が視界を横切った。彼女は細い路地の奥から手招きするような仕草をしてみせる。
「そこのお兄さん方、何か探してるにゃ?」
「えっと……、情報屋さんですか?」
「ふふん、そう呼ばれてるけど、あんまり大っぴらにしないでほしいにゃ。まあ、中に入って話そうか」
彼女は自分をミャル・フィルティアと名乗った。薄暗い雑居ビルの一室へ案内されると、そこはまさに怪しい雰囲気が漂う小部屋。壁に地図らしき紙がべたべた貼られ、隅には様々な巻物やアイテムが乱雑に置かれている。ヴァルシアは警戒心を剥き出しにして目を細めるが、ミャルは「安心してにゃ、お客さんを襲うほどおバカじゃないにゃ」と薄く笑う。
「さて、何の情報が欲しいにゃ? あんまり大したネタはないけど、金次第でそこそこ教えてあげるのもやぶさかじゃないにゃ」
「実は、南の遺跡群について詳しい話を聞きたくて。これが全財産の一部で……」
僕が財布を取り出すと、ミャルは金貨を数える手を止め、ニヤリと笑った。どうやら金になる話だとわかったらしい。
「ふむ。じゃあサービスで少しだけ。最近、アルフランドからそう遠くない南方で大規模な遺跡が見つかったって噂があるのは事実……これが簡易的な地図にゃ。あちこちの冒険者が探りに向かったって話だけど、帰ってきた連中はあまりいないみたい……」
「そ、そうなんですか。じゃあもっと具体的な情報は……」
「うーん、もっと欲しいなら追加料金が要るにゃ。それか、自分でギルドの公示板をしらみつぶしに見たほうがいいかもしれない。そろそろ公式に依頼が出てもおかしくない頃だし」
やはり猫獣人だけあって、どこか気まぐれな印象を受ける。彼女はわずかな枚数の金貨を受け取ると、「ひょっとしたら面白い依頼もあるかもにゃ」と気楽に肩をすくめた。僕は彼女の言うことが真実かどうか判断しかねるが、遺跡への地図を貰えただけでも良い成果だろう。
「しっかし、あんたら、南の遺跡に何をしに行くんだにゃ? まさか宝探しとかじゃないよね?」
ミャルが探るような視線を向けると、ヴァルシアは鼻先でふんと笑った。
「我らの事情だ。お前に話すつもりはない」
「にゃはは、まあいいにゃ。気をつけてね、南方は魔物も多いし、下手をすりゃ帰ってこれないかもよ?」
情報屋を出たところで、どうにも財布の軽さが目立つことに気づく。南へ行くにしても、このままじゃ路銀が足りない。僕は露骨にため息をついた。
「何か仕事を見つけないと。やっぱり冒険者ギルドへ行って依頼をこなすのがいちばん手っ取り早いかも」
「ふん、面倒だな。しかし、いざという時に金がなくて動けぬのも困る。まあよい、付き合ってやろう」
表通りに出てすぐのところに、ギルドの看板が掛かった建物が見えた。そこでは多くの冒険者らしき人が出入りしており、受付嬢が手際よく対応している。掲示板には小さな討伐依頼や護衛依頼、薬草採集や雑務まで、さまざまな張り紙が貼られていた。
「うわ、こんなに依頼があるなんて……。難易度もいろいろだ」
僕はびっしり書かれた文字を追いかけながら、それなりの危険を伴う依頼が多いことを実感する。中には「遺跡調査補助」というのもあるが、受注条件が厳しく、僕の力では荷が重そうだ。
「そなた、どうする? 簡単な依頼でもこなし、小銭を稼ぐのか?」
「うん、そうだね。今の僕に大きな仕事は無理かも…でも、一歩ずつやるしかない」
受付の女性に軽く声をかけると、入門者向けの討伐依頼や、小規模な護衛などを教えてくれた。ヴァルシアは渋い顔をしているが、仕方ない。僕は「まずはこれで路銀を稼ぎ、旅の準備を整えてから南に行こう」と心に決めた。
日も沈みかけの時間帯、僕たちは再び宿に戻った。人混みをすり抜けるのに苦労したが、ようやく部屋まで戻って扉を閉めると、どっと疲れが押し寄せてくる。小さなランプの灯りが壁に淡い陰を描き、外からは酒場の喧騒がわずかに聞こえた。
「じゃあ、今日の情報を整理しよう。ミャルが言ってた南の遺跡群は、思ったより近そうだよね?」
そう切り出すと、ヴァルシアはベッドの端に腰を下ろして不機嫌そうに腕を組む。
「我としては、すぐにでもそこへ向かいたい。力の封印を解く手掛かりがあるやもしれんからな」
「わかるけど…僕たち、資金もないし、装備もまだ不十分だし。正直、今の僕じゃ何もできない可能性が高いんだよ。足手まといになりたくない」
「ふん。まあよい、そなたに任せる。我も急いて破滅するよりは、力を取り戻す好機を待つ方が賢明だ」
暗闇の中、ヴァルシアがわずかに諦め混じりの声を出す。でも、なんだかんだ言いつつも僕の判断を受け入れる姿勢に、少しだけ嬉しさを覚える。
「ありがとう、ヴァルシア。明日からギルドに行って、依頼を見つけよう。そこで少しでも経験を積んで資金を集めて、それから遺跡を目指す……ね」
窓の外を見れば、アルフランドの夜景が広がっていた。大小の建物が明かりを灯し、まるで宝石箱をひっくり返したように煌めいている。にぎやかな騒音が遠く耳に届くが、宿の部屋は比較的静かだった。
「そなた、ずいぶん前向きになったな……落ちこぼれような感じが一切見えないぞ」
「え、そ、そうかな…。でも今は、やっぱり変わりたいんだよ。ここまで来て、何もできずに終わるのは嫌だから」
灯りを消して深い闇が部屋を包む。隣の部屋から軽い笑い声が聞こえるけれど、僕の心は不思議なほど落ち着いている。あの村でのごたごたや、街道の危険と比べると、この大都市の夜は少なくとも人の気配がある分、安心感があるのかもしれない。
「まあ、我は覚悟しておる。そなたがどれほど頼りなくとも、いずれ大事をなすと信じているからな」
「その言い方、褒められてるのかどうか微妙なんだけど……でも、ありがとう。僕、もっと頑張るよ」
そう答えながら、僕は頬をかすかに緩める。いつか、ヴァルシアの力を解放する手伝いをして、学院を去った自分に胸を張って言えるくらい大きく成長してみせる――そう固く決意しつつ、僕は布団に身体を横たえ、まぶたを閉じた。
静かな夜のアルフランド。遠くで誰かが口笛を吹くような音が微かに響き、街全体のにぎわいがゆっくりと薄れていった。
落ちこぼれ魔導師は邪龍の夢を叶えるか? ~追放された魔導師、実は想像したものを具現化させるチート能力持ちだった~ 井浦 光斗 @iura_kouto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。落ちこぼれ魔導師は邪龍の夢を叶えるか? ~追放された魔導師、実は想像したものを具現化させるチート能力持ちだった~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます