第10話 街道に潜む危険(2)
僕たちは、一度街道脇の丘に寄り道して昼休憩を取ることになった。周囲には草の香りが漂い、木漏れ日が淡く地面を照らしている。近くに小さな湧き水があり、冷たい水で喉を潤すと、ようやく落ち着きを取り戻せた。
「そなた、今のままでは扱い切れぬだろう。やはりそれなりの訓練が必要だ」
ヴァルシアが真剣な表情で僕を見据える。僕もコクリとうなずいた。
「うん、何度も失敗してるけど、やるしかないよね。もっと上手くコントロールしたいんだ」
そこで始まったのが、ヴァルシアによる特訓だ。僕は意識をひとつのイメージに集中し、少しずつ魔力を流して狙った形に定着させる練習を繰り返す。けれど、頭でわかっていても実際は難易度が高い。小さな炎や光の球を作るつもりが、変に力が高まりすぎて爆発するか、逆にしぼんで消えてしまう。
「はぁ…しんどい。こんなに疲れるなんて思わなかった」
「焦るな。最初は地味な繰り返しが重要だ。我も我で、失った力を少しずつ取り戻したい。お互い様だな」
「そ、そうだね。ヴァルシアが一緒にいてくれるだけで心強いよ」
そんなやり取りのなか、日が西に傾きはじめる頃になって、ようやく僕は小さな光の球を短時間ながら安定して作り出せるようになった。姿はか弱いけれど、ふわっと輝くその光がなんだか僕の希望の象徴みたいに思えて、一瞬だけ胸が温かくなる。
「おお、いいではないか。思ったよりも早く形になったな」
「た、たぶん集中が途切れなければ、こんな感じで保てると思う。……ただ、長くは続かないみたい」
そう言って光を消すと、僕はがくんと膝が笑い、力が抜けそうになる。ヴァルシアは複雑そうに眉をひそめた。
「やはり消耗が大きいか。まあ、それも慣れだ。無茶をせずに続ければ、制御できる時間も延びるだろう」
夕刻が深まり、赤紫の空が遠くの雲を彩っていく。僕たちは焚き火の準備をして、夜を迎えることにした。森の気配が少し冷たくなり、風が頬を撫でていく。前話では村で宿を取れたけれど、今日は完全な野宿だ。
「ねえ、ヴァルシア。僕が学院で落ちこぼれだったころ、結局こういう練習をする機会すらほとんど無かったんだ。なんだか今になって色々思い知らされるよ」
焚き火の橙色の揺らめきを眺めながら口にすると、ヴァルシアは火の明かりを反射した琥珀色の瞳でじっと僕を見つめた。
「無駄だったわけではないだろう。そなたが諦めなかったからこそ、今ここで力を伸ばせるのだ」
「そっか……そうだといいけど。うん、諦めるわけにはいかないね」
※※※
そんな風に言葉を交わし、眠りについたのは夜も更けた頃だった。ところが、夜明け前の暗い時間帯に、再び獣じみた唸り声に襲われる。テントの外でごそごそと動く気配があり、急いで飛び起きると、再びゴブリンの集団がこちらに向かってきていた。闇に紛れ、こちらの存在を嗅ぎつけたのだろう。
「おい、そなた、起きろ。奴らが来る」
ヴァルシアがテントから抜け出し、槍を構える。僕も起き抜けで頭がぼんやりしていたが、すぐに杖を手にした。
「せ、せめて今度はまともに狙えるように……」
勢いで術を発動し、狙いを定めたゴブリンの胸元に光の矢を放つ。わずかながら正確に着弾し、相手はびくりと身を引いて後退した。何とか爆発を回避できたのか、反動は最小限で済む。
「おお、やるではないか。だが隙を見せるな、まだ複数いるぞ」
「わ、わかってる……!」
夜闇の中でばらばらに動くゴブリンたちに追撃しようとするも、僕の魔力消費は大きく、長い時間は持たない。幸い、ヴァルシアが槍の一閃で牽制してくれ、残りのゴブリンは大声を上げながら散り散りに逃げていった。
「はあ、はあ…よかった、なんとか追い払えたみたい」
「ふん、今のはまともに当たったな。進歩しておる証拠だ」
ヴァルシアが静かに笑うと、僕は緊張の糸が切れたように膝をついた。
明け方、薄い光が空を染め始めるころには僕たちは再び出発の準備を整え、夜の疲れを抱えたまま歩き出していた。今日こそアルフランドへの道をもう少し進めるはずだ。広大な平原やその先の街に、きっと新たな出会いや試練が待っている。それを思うと、不安半分、期待半分といったところだ。
「もっと、あの力を上手に使えるようになりたい。それに山賊でもゴブリンでも、今度はもうちょっと冷静に対応してみせるよ」
そう意気込む僕に、ヴァルシアは鼻で笑いながらも優しげに視線をよこす。
「よい心がけだ。そなたが立ち止まらないのなら、我も付き合ってやろう。とはいえ、次はもう少し綺麗に仕留めてくれ。毎度派手に散らかしてばかりでは後片付けが面倒だからな」
「わ、わかったよ。がんばるから、見てて」
こうして、道なき道を乗り越えながら、一歩ずつ前へ踏み出す。夜を越えた分、ほんの少しだけ成長した自分を感じながら、僕はヴァルシアと並んで朝焼けを背に進んだ。いつの日か、学院を去った自分に対して胸を張れるように――そんな想いを抱きしめながら、澄んだ空気に満ちた世界を歩み続けるのだ。
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