第9話 街道に潜む危険(1)

 道の先へ足を踏み出しては、冷えた朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。小さな村での支度を整えた僕とヴァルシアは、アルフランドを目指して街道を進んでいた。

 先日の村人たちがくれた情報によると、この道をずっと南へ抜ければ大きな交差路があり、その先をさらに二日ほど行くと広大な平原が現れるらしい。そこに至るまでの道のりはあまり治安が良くない――それが村人たちの忠告だった。


 心配をかき立てるように、脇道の草むらが怪しげに揺れるたびに身構えてしまう。僕の隣を歩くヴァルシアはといえば、まったくもって臆する様子がない。細身の槍を軽々と背負い、悠然たる歩幅で僕を引っ張るように進んでいく。


「そなた、さっきから落ち着かぬ顔をしておるな」


 彼女は改まった口調ではあるものの、その目はわずかに笑っている。まるで僕の反応を面白がっているみたいだ。


「ごめん、そんなつもりじゃないんだけど、なんだか胸がざわざわしてさ。あの村からここまで、意外と静かだから余計に警戒しちゃうんだよ」


 そう言いながら、僕は土の感触を確かめるように靴底を踏みしめる。空は抜けるように青く、木々が風に揺られてざわめいている。


「ふん、確かにこの道はあまり人気がないようだし、噂通りならならず者や小物の魔物は徘徊していそうだ。退屈しないで済むのではないか?」

「その言い方、まるでトラブルを楽しみにしてるみたいだよ、ヴァルシア……」


 僕が苦笑まじりに呟いた、そのときだった。街道沿いの茂みががさりと動き、牙をむいた小動物――いや、狼のようにやや大きい魔物が姿を現す。目を血走らせてこっちを狙っているのがわかり、僕は思わず腰を引いてしまう。


「おお、狼型の魔物か。そなた、どうする?」


 ヴァルシアが小声で問う。僕は自分の杖を握り直し、身構える。


「ちょ、ちょっと試してみるよ。あの術も、使えればいいんだけど……」

「うむ、やってみるがよい。我が援護する」


 一息入れて、イメージを固めようとする。ところが、頭の中では知識が入り乱れてしまい、まるで魔力がスムーズに流れていってくれない。焦りを感じた瞬間、狼型の魔物が猛然と吠え、こちらへ突っ込んでくる。


「や、やっぱり焦るとだめか……!」


 杖を振り下ろしながら何とか魔法を発動させようとするけれど、魔力の流れが乱れて小規模な衝撃波を引き起こすだけ。その衝撃に驚いた魔物が一瞬怯んでくれたのが幸いだったが、倒しきるには程遠い。


「下がれ、そなた」


 ヴァルシアが前へ出ると、槍に淡い光を宿らせ、一直線に獣の肩を貫くような鋭い突きを放つ。驚いた狼型の魔物は大きくのけぞり、そのままうなり声をあげて逃げていった。僕は息をつきながら、申し訳ない気分を噛みしめる。


「すまない、結局また助けられちゃった。やっぱり自分の力を扱うのは難しいな」

「別に構わんが、いつまでも我に頼りきりでいいのか? 先の旅はまだまだ長いぞ?」


 ヴァルシアの言葉に、僕は目を伏せる。ここでくじけていちゃ進めないのに、どうにも自分の未熟さに歯がゆい。


 そのまましばらく歩き続けると、次に現れたのはゴブリンの群れだった。昼間から出るのは珍しいが、どうやら彼らも腹を空かせているのかもしれない。僕は再び意を決して杖を構え、次こそ何とか――と集中するものの、その結果、大きな爆発を巻き起こしてしまう。


「「ギャアアアア!」」


 ゴブリンたちは驚きの声を上げて逃げ散り、僕は想定外の衝撃に尻餅をついてしまった。煙が立ち込める中、ヴァルシアが肩をすくめて僕を引き起こす。


「またやらかしたか。だが、ゴブリンどもを追い払うには充分だったな」

「そ、そうだけど、毎回これじゃ駄目だよ……。うーん、当然っちゃ当然だけどまだ思うように動かせないま……」


 落ち込む僕を尻目に、ヴァルシアが足を止める。それに気づき、僕も周囲を見回した。遠くの茂みから甲高い笑い声が聞こえる。次に姿を見せたのは、汚れた軽鎧をまとう山賊らしき連中だ。五人ほどいるようで、どこか浮かれた空気をまとっている。


「おやおや、派手な音がしたかと思ったら、面白そうな客人じゃねえか」

「お嬢さんに、そのへなちょこ坊主。通行料を払ってもらおうか? 俺らもいろいろ大変なんでね」


 男たちは武器を取り出しながらニヤニヤとこちらを囲もうとする。僕は冷や汗をかく。先ほどの爆発で魔力の消耗が激しいし、ヴァルシアもなんだか面倒くさそうな顔をしている。


「我をなめると痛い目を見るぞ? 大人しく退くなら見逃してやらんでもないが」


 ヴァルシアが槍を軽く持ち上げるだけで、空気がピリリと張り詰める。だが山賊たちは本人たちなりに自信があるのか、ひるむ様子を見せない。


「あぁん? どっちが痛い目を見るか、やってみねえとわかんねえぞ?」

「ふむ、あくまでやる気か……」


 そう言い合う間もなく、山賊の一人が斧を振りかざして突進してきた。それを見た僕は、もう一度だけあの術を試すことにする。しっかりと呼吸を整え、思考を乱さないように注意しながら……。


「こ、今度こそ…!」


 だが、やはりどこかで焦ってしまうのか、発動した光弾は大きく軌道を逸れ、背後の草むらで派手な爆発を起こす。


「ひいっ! な、なんだ、魔法か?」

「なんだあの爆発!? あんなのを食らったら、ひとたまりもねぇぞ!?」


 山賊たちは大混乱に陥り、砂煙と轟音に慄いて足をすくませる。ヴァルシアはその隙にすかさず鋭い威圧感を放ち、強く地面を踏み鳴らした。


「ここらへんで降参しておくがいい。そなたらにこの先はないぞ?」

「わ、わかった…もう勘弁してくれ!」


 瞬く間に山賊は腰砕けになり、敗北を認める形で逃げ散っていった。僕は呆然と爆煙を見つめながら、胸を撫で下ろす。


「……また変な方向に吹っ飛んでっちゃった」

「まあいい、相手は怯んだのだから……結果が良ければ良いではないか。ただ、もう少し狙いを定められないのか?」


 ヴァルシアに苦笑いされ、僕はひたすら恐縮するしかなかった。

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