第3話 想起
足立が消えてから一週間が過ぎた。
あの後、俺は教師や警察にあいつが目の前で消えたという話をずっとする羽目になった。
俺の話を聞いた人間はことごとく俺を怪訝な目で見たが、ライブの映像に足立が瞬時に消える瞬間が映っていたため、何とか信じてもらうことができた。
そしてこの情報は瞬く間にネット上で広がった。
物好きな連中が同じことをして、あいつ同様に消えたらしい。
それからすぐにこの文章の危険性が見直された。
書籍での記述は規制され、教科書などの該当部は黒塗りすることが推奨された。
もっとも、原本も派生もネット上に大量にあるため、いまだに読もうと思えば読める状況ではあるが。
世間ではそんなことが起こりつつも、時間は何でもないかのように流れ、一日一日と時間が過ぎて行った。
そして、時間が経つごとに俺の中のもやもやが大きくなっていった。
足立の見た人工言語の書かれた紙は回収されて手元にはない。
しかし、俺のポケットには余分に印刷した文がまだ入っていた。
何度か処分しようかとも思ったが、捨てることはできなかった。
スマホを開く。
フォルダを開いてみれば、足立が俺に送った人工言語と日本語の対応が書かれたファイルがまだ残っている。
…やってみるか。
おれはそれからさらに一週間ほどかけて、人工言語を頭に叩き込んだ。
そして念のためカメラで録画をしながら、ずっとポケットに入っていた紙を取り出した。
「いまから、虚実存在についての検証をしようと思います」
四つ折りにされた紙を一回だけ開く。
まだ文字は見えない。
「緊張しますね。 文字自体は印刷したときに見たんですけど、何故か人工言語を学び始めてから、その記憶に靄がかかったように思い出せないんですよね」
自分を落ち着けるように現状を説明しながら、紙の両端を握る。
息を深く吐く。
そして。
勢いよく紙を開いた。
文字がある。
文字の意味を認識する。
すると、次の瞬間その文字は消えていた。
「あれ…」
呆気にとられ、そうつぶやいた瞬間、首を何かにつかまれたような気がした。
次に足首を、手首を押さえつけられる。
粘り気のある何かが体をつかむ。
それは確かにそこにある。
それを俺は認識した。
そして俺の中でそれが形を持っていく。
…だめだ、ダメだ、駄目だ。
心音が大きくなり、息が浅くなる。
本能がそれを拒む。
違う。
これは。
形のあるような、そんなものじゃない。
俺は、俺たちは元からこれを知っている。
生まれたその時から知っている。
記憶の隅へ追いやって、自らの世界からその存在を消した。
そんな存在。
俺という存在をささげて、ようやく。
やっと分かった。
文章の忘却やそれを認識できない現象はそれ自体に意味があったわけじゃない。
それはあくまで防衛反応だ。
これを認識、いや、意識させないための。
俺たちが獲得した能力だ。
心臓を何かにつかまれる。
眼に何かがふれる。
駄目だ。
なにか、なにかを伝えなくては。
こんなものへの道がこんなに知られていていいはずがない。
薄れる意識の中で、手元にあったペンを握りしめ、紙に短く文を書く。
せめて、これだけでも。
俺は…
…。
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