第四話 元Cランク同士の戦い

 俺の挑発が伝わったかどうかさえ、もはやわからない。

 しかし、その言葉を皮切りに、戦いは始まった。


 ギールが俺に突進する。目では追えても、体が反応しなかった。

 突進したギールの剛腕が俺の胴にぶつかった瞬間、その瞬間だけやけにゆっくりに感じた。

 大砲が当たるとこんな感じだろうか、俺は一瞬にしてその場から吹っ飛ばされ、宿屋の壁も貫通して市街地の大通りに放り出された。


 石レンガの上を何度も跳ねて、やがて止まる。

 視線の先には、血で汚れたギルドの制服。俺の制服だ。

 そしてこの血はおそらくあの自警団たちの血、いや、違う、少しづつ広がっている。もしかしてこれは、俺の───。


「なにぼうっとしてんだあ!?」


 一瞬の思考も許さず、血まみれのギールが飛来した。俺は身を真横に転がして二度目の突進を回避した。

 本能的な恐怖が全身を襲う、しかし、一度の深呼吸でそれを鎮める。

 その時、体内から激痛が走る。アバラが折れているようだ。


 街道の石れんがを砕き、着地したギールは荒い呼吸を刻みながら、俺への追撃を加えようとした。

 俺は瞬時に脚力を強化。それを回避する。


 近接戦闘のセオリー、それは強化魔法の切り替えの速さ、的確さ、そして、いかに自分の得意を発揮し、相手の弱点を突けるか。

 さっき接触してわかった。こいつの脅威的な身体能力は魔法によるものじゃない。

 おそらく、何かの薬物の影響だろう。体内の膨大な魔力が常に減り続けている。

 それを代償に、身体能力を大きく向上させている。

 いわゆる、時間制限付きの狂戦士化バーサーク


 この調子だと、魔法に関しては俺に分があるだろう。魔力が勝手に消費される状態で魔法を使うなんて芸当、こいつにできるはずがない。

 しかし、それ以外は相手の方が遥か上。身体能力、状態、魔力量、たぶん全て負けている。


 だが俺には武器がある。冒険者時代の頃から愛用している人工宝具<ジゲート・レプリカ>。アリシアさんの契約のための血液採取にも使った短剣だ。

 切れ味がいいだけでなく、ことができる。

 まあ、3回使用すると、半年は使えなくなってしまうが、しばらく使う機会はなかったもので、残り使用回数はまだ全て残っている。


 これ含めて、ようやく五分か、それともまだ不利か。


 探検を構えたあと、一瞬の安心を断ち切るように、衝撃が来る。真横からギールの剛腕に打ち上げられた。

 どういうことだ、さっきからずっとギールの警戒は怠らなかったはず、少なくとも視線は外していなかったはずだ。

 こいつの身体能力が上昇した、わけではない。まさか、俺の集中力の問題か?


「てめえどこ見てんだあ?全ッ然ついてこれて……ねえじゃねえか!」


 ギールが嬉しそうに叫んで、空中にいる俺に飛び込んでくる。

 大丈夫、今回は反応できる。

 魔力が消費され、俺は地上に転移、着地する。

 敵は俺が三人積み重なっても届かないほどの高さにいる。


 しかし、空中では回避ができない。

 対空時間はおそらく三秒もないだろう、だが、下級魔法なら無詠唱で発動できる。


小爆破魔法クリティカ!」


 収縮と膨張を高速で繰り返す小さな火球が飛んでいき、ギールに当たった瞬間、視界を埋め尽くすほどの爆煙と、耳鳴りが残るほどの轟音が響く。

 爆風と共に、人の肉が焼け焦げた臭いがこちらまで漂う。

 一方、爆破されたギールは、そのまま吹っ飛び、遥か後方まで転がり続けた。

 爆煙の隙間から、満身創痍の容貌のギールが見える。どうやら防御力まで化け物じみているわけではないらしい。


 この状態なら拘束することも不可能じゃない。


「……お゛い、聞こえるか、今のうちに降伏しろ」


 大きな声を出そうとする、折れた肋骨が内臓のどこかに刺さって痛い。

 だが、距離を離せばこっちのもの。もう一度小爆破魔法を打ち込むだけで、あいつは殺せる。次近づかれたら拘束魔法で縛りつける。

 今のあいつの体で、これまでと同じ速度は出せないはずだ。


 返事はなく、爆煙が晴れた頃、ギールの姿が見えた。

 なぜか、先ほどまで満身創痍だったはずの肉体は、ほぼ外傷が見当たらないまでに回復していた。

 一瞬、見間違いかと思ったが、こうしてみている間にも回復は進んでいる。


 まさかのまさか、あいつの服用した薬の効果は、バーサーク状態の墓に再生能力もついているらしい。それも、決して低度ではない、この再生速度だと、アンデッドにも匹敵するほどだ。


 俺はギールへの警戒度をより上げる。出し惜しみはもうしない、次爆破した後、武器の力で近くまで転移、即拘束魔法で拘束する。

 俺の拘束魔法は使い勝手が悪く、地面に接する相手にしか通用しない上に、手で触れられるほどの近距離でしか発動しない。加えて拘束も物理的なもののため、度を越したフィジカルを持つ相手には通用しない。だが、拘束が破られる、というのは今回に限ってはないだろう。あいつ如きに破られるものじゃない。


 瞬間、ギールの足元が爆発する。俺はそれを感じた瞬間、ギールの姿を捕捉する前にジゲートの力で回避する。

 残りジゲートの使用回数は一回、刀身の輝きもかなり薄くなってしまっている。

 しかし、その甲斐はあって後ろを確認すると、そこには両脚を膝から破壊されているギールの姿があった。


 おそらく、自分の肉体の限界を超えた駆動をすることで、脚が耐えきれなかったのだろう。

 しかし、それもすぐに再生、全快する。いつの間にか、小爆破魔法のダメージもほぼ無くなってしまっていた。

 何より、こいつ、更に疾くなっている。多分俺の強化魔法じゃ追いつけないほど。

 この速度なら、さっきのような好条件でない限り、小爆破魔法も当たらない。高速の中級魔法ならまだ可能性はあるだろうか。


「フッフゥー、フッフゥー!」


 ギールは全身を真っ赤にして、溜まった蒸気を排出するように荒い息を吐く。

 絶望の二文字が、頭をよぎる。だが、すぐに他の勝ち筋を探す。魔法屋でポーションを買うか、そうすればこの不健康状態は解消される、いや、その前にその魔法屋に迷惑がかかってしまう。では駐屯場に行くか、そうすれば増援が───。


「シッネエ!」


 思考している隙に再びギー流の飛び込み、今回は反応できなかった。くそ、徹夜のせいで本当に集中力が乱れている。

 眼前で、ギールは停止する。身構えていた衝撃は来ない、重ずギールと目を合わせる。すると、凶暴な笑みがその子には浮かんでいた。


「くそが」


 せめてもの抵抗で、小さく悪態をついた。次の瞬間、俺の防御を貫通して奴の剛腕が俺の顔面を振り抜いた。

 ものすごい速度で変わる景色を、その度に来る後頭部への衝撃に堪えながら見ていた。何度も地面をは寝転がりながら、俺は何軒もの家屋を貫き、やがて、道行く人にぶつかって、ようやく動きを止めた。


「く、クレイドさん!?」


 ぶつかった相手というのは、どうやら避難していたアリシアさんだったらしい。

 ずいぶん遠くへ逃げてくれたものだが、その頑張りを俺が台無しにしてしまった。


「に、逃げ、ろ」


 掠れた声で、届いているかもわからないが、俺は振り絞った声で伝えた。

 アリシアさんの顔はみるみる青ざめていく。その顔にもはや希望はない、当たり前だ意気揚々に助けにした元Cランクの冒険者がただの犯罪者にここまでボコされているなんて、現役時代なら笑い事である。


 視界が赤い、どうやら目を損傷、出血しているらしい。これで更に不利になってしまった。俺は震えるアリシアさんの肩を掴んで、立ちあがろうとする。

 だがそれは、アリシアさんの服を血で汚すばかり、どうやら身体中を打撲してもはや動いてもくれないらしい。


 そんな俺を見たアリシアさんは、震える声で、何かを唱える。


「あ、あ、め、女神よ、我らが女神よ、こん、このものの傷を……ああ、ダメだ。女神よ、我らが女神よ……」


 どうやら俺のために治癒術を詠唱しているらしい。だが、何度も詠唱句を間違えて最初からやり直している。

 すごく、不安にさせてしまっているようだ。


「だ、大丈夫だ。だから、さっさと逃げろ」


 言葉はとどかない。説得力もないだろう。言ってもなお、アリシアさんは詠唱を止めようとはしない。

 だが震えた声で神聖術が使えるわけがない、早く逃げるほうが賢明だ。


 ああ、くそ、意識が、だんだん沈んでいく。

 瞼が落ちる、その前に、どうにかして逃さないと。


「精霊よ、祖は土、母は風、その五十二番目の子、名もなき精霊よ、貴方の遺した力を使い、我が敵を現せ、索敵魔法レンジャー・アイ


 こんなに親しんだ魔法も、ここまで弱ると流石に無詠唱では行使できない。

 まさか、索敵魔法を再び詠唱する機会が来るとは思わなかったな。

 でもよかった、この近くにもうギールは居ないらしい。今は騎士から逃走している最中のようだ。すでに先ほどの地点から馬車で数時間の距離を移動している。


 安心すると、目も動かなくなった。だがまだ耳は聞こえる。アリシアさんはずっと俺の治療を頑張ってくれているようだ。

 頬に冷た句、湿った感触がする。本当に、アリシアさんは不安にさせすぎてしまった、これは反省しないとな。


 もう、意識が持たない。でも最後に、一言だけ。


「────」


 ああ、俺はなんと言ったんだ。でも多分大したことのないことだ。

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