第三話 徹夜後、報せ

 俺はすぐに今回の件を上に報告、そしてギールのギルド追放を打診した。

 時刻は深夜の2時半。俺はコーヒーを淹れて集中力を無理やり上げていた。


 上からの返事は来ない。だがもう眠気はない。体は眠ろうとしているのに、脳がそれを受け付けない。板挟みにあった俺はただ返事を待っていた。

 だんだん、腹が減ってきた。


 ついに腹の虫がなり、外で何か買いに行こうかと思った時、事務室の扉が叩かれた。コンコンコン、と、3回鳴る。

 やっときたかと思い、合図に対する返事を投げかける。


「入ってどうぞ」


 そう言って入ってきたのは、見目麗しいエルフだった。

 横に倒れた長耳、色褪せた桃色の長髪、神聖さを感じるシルクのローブ。その顔には、今なお燃えたぎる橙色の瞳がギラギラとゆらめいている。

 そう、彼こそが、旧暦の時代から生き、この冒険者ギルドを築いたエルフ。世間には『グランドマスター』と呼ばれるお方だ。


「来ちゃった」

「……まさかあなたが直々に来るとは思いませんでした」

「ふふふ、久しぶりに君と話したくてね」


 そう言って、グランドマスター、オルセインは見惚れるような笑みを浮かべる。

 俺はこの顔が苦手だった。理由は言語化できない、でも多分、この人自体が苦手で、副次的にこの笑顔が苦手なのだろうと思う。

 そして実のところ、俺とこの人の関係は簡単ではない。この人は俺の恩人でもあり、しかし憎らしい存在でもある。彼にとって、俺はよく働く奴隷であり、もしかしたら切り札くらいには思ってくれてるかもしれない。


「ところで、ご飯持ってきたけど、いる?」

「お世話になります」


 でも、波長が合うのは確かである。

 だからこそ、この6年間いい関係が続けられている。


「ところで、要件の方は」

「ああ、今日のギール君と新人受付嬢の件だよ」

「グランドマスターが直々に?」

「暇だったから。さて、本題だけど、結論から言ってギールのギルド追放自体は可能だ。彼はこれまでにたくさん問題行動を起こしてきたし、それに反省もしていないようだし」


 それを聞いて、俺は少し安心した。奴の行動にはアリシアさんだけじゃない、ミーニャさんたちや他の女性職員も怯えていた。できればギールをこれ以上、このギルドに立ち入らせたくない。


「でも、再犯を防ぐことはできないだろうね」


 グランドマスターは表情を変えず、そう告げた。俺はなぜかと聞き返した。

 するとグランドマスターはこう言った。


「ギルド追放は『規約違反』だからできるけど、以前の裁判で彼の罪は精算されたことになってる。だから逮捕だとか、国の力で彼を抑えることはできない」

「まあ、それは……しょうがないか」


 だが、今はとりあえずそれでいいだろう。そう、とりあえずギルド周辺から追放すれば、ギルドの職員は保護できる。

 もし、無理やりギルド内に入ってきても、次からは俺が対処できるし、他の冒険者だって協力してくれるはずだ。

 だが、グランドマスターのいう「再犯は防げない」という言葉が引っかかる。ギールの前科は女性職員への暴行未遂だ。いや、もしかしするとこれはギルド内で行われていたのではない、のか。


「グランドマスター、ギールは前回、何をしたんですか」


 そう聞くと、グランドマスターは表情を変えず、優しい笑みを浮かべたまま応えた。気のせいか、少しうとうとしているように見える。


「前回、彼はギルド内、そして、ギルド外・・・・で職員を襲ったんだ。たまたま当時の君のような存在・・・・・・・が居合わせたことでなんとかなったけど」 

「……そうですか」


 前回の俺のような存在というのも少しだけ気になる。今も生きてるのだとすれば、さっさと俺の仕事を手伝って欲しいところだ。

 それはともかく、ギールがまさかギルド外でも手を出すようなやつだとは、まあ確かにそういう奴は何人かいるが、今回の場合は厄介度合いが違う。

 素の身体能力は間違いなく俺より高い、あの様子だと、あれからもずっと魔力増強剤を投与しているのだろう、すでに体内魔力は俺の数倍はあった。

 おそらく街の自警団ごときでは抑え込む事さえ困難のはず。


「……なんで最初のうちに処分しなかったんですか」


 溜め込んだものを吐き出すようにそう聞くと、グランドマスターは少し申し訳なさそうに答えた。


「当時はCランクということもあって優遇せざる終えなかったんだ。それに未遂だったこともあってあまり強く咎められなかった。何より、向こうの弁護士・・・がなかなか優秀でね」

「弁護士?」

「闇ギルドだよ、確証はないけど、確信してる。奴らは法に弱い分、法に詳しい」


 厄介な、でも終わったことはしょうがない。かといって、このまま追放処分だけしても、たいして意味はないだろう。

 じゃあ一体どうすればいい、パッと思いつくのは泳がせた後現行犯をとっちめるか、秘密裏に消すか、ああ、ダメだ。全然頭が回らない。

 当たり前だ、今は夜中の三時過ぎ、もう眠気と疲労のせいで頭痛が止まない。


 何か、何か方法はないのか。


 俺は考えた。たいして機能もしていない頭を使って考えた。気づけば、なんの方法も浮かばないまま、三十分以上が経とうとしていた。

 何か思考を紡ごうとするたびに、糸がほつれるように頭がぼうっと、白紙に戻ってしまう。やはり夜更かしは良くない。


 四時を回ろうとしている時計に気づき、グランドマスターがこの間ずっと黙っていたことを不思議がった俺は対面に座るグランドマスターに意識を向けた。

 すると彼は、まるで骨の抜けたようにだらんと椅子の背もたれにもたれかけ、安らぎに満ちた顔で眠りこけていた。


 一瞬だけ、呑気な彼に怒りが湧いたが、それもすぐに静まった。


「グランドマスター、おきてください」


 おきない、もういいや、ここで寝かせよう。

 あーどうしよ、俺も寝ようか、な。


 しばらく、俺は真っ暗な何かを見つめぼうっとしていた。それが自分の瞼の裏だと気付いたのは、目元がクマだらけの資料室で務めるの同僚に起こされた頃だ。


「おい、クレイドさん。ほら」

「え、なに」

「何って、ほら、アレだよ」


 同僚は目線を四方八方に散らせながら、言葉を選んでいる。どうやら彼も疲れすぎて頭が回っていないようだ。

 しかし彼はしばらくの時間をかけて、資料室からギールに関する情報資料を取り出し、持ってきてくれたことを教えてくれた。それを俺に伝え切る頃には、彼はとてつもなく怒っていた。

 一応、フラフラと戻る背中に感謝の言葉をかけた。伝わっているかはわからない。


「さて、一応読むか」


 もしも余罪が見つかれば、そこからあいつの首に賞金くらいはかけられるかもしれない。そうすれば、クエスト化して終わりだ。


 そうしてしばらく資料を読んでいた。全く同じ、たった一枚の資料を繰り返し読んでいた。その資料に大したことが書いてあるわけではない。ただ、文章を読んだ側から記憶から抜け落ちてしまう。集中できていないのだ。

 俺は自分の脳の限界を感じた。ので、もう寝ることにする。

 はあ、現役の頃は二徹くらい余裕だったのにな。


 そう思った矢先のこと、ギルドのドアを勢いよく開く音が俺の意識を覚醒させた。

 時計を見ると、朝の五時を回っている。どうやら10分ほど眠れていたらしい。ほとんど意識があったので、眠っていたという感覚はないにしても、少しだけ頭がスッキリしている。


 ドアの方向から、慌てているような、上擦った男性の大声が響いた。


「助けてください、ギルドの人、いませんか!」


 俺がそれを見に行くと、その男は青ざめた顔でただ助けを求めていた。

 疲労ゆえか、ぼやけた視界で男の顔を見ると、男は近くの宿屋の主人だった。


「なんだ、クエストの発注なら──」

「ああ、よかった。助けてください。私の店にCランクを名乗る冒険者が来て──」

「……すぐに案内を」


 彼の話を少し聞いて、俺は即座に答えた。何か推測があるわけじゃない、ただ俺の頭がギールのことでいっぱいになっていたことで、反射的にその手掛かりへ向かう行動をしただけだ。


 道中、案内してくれた宿屋の主人、ノールはことの経緯を説明してくれた。

 昨晩、アリシアさんが彼の宿屋に泊まり、今朝、つい30分ほど、前に怒り狂った大男─おそらくギール─が店をめちゃくちゃにし、アリシアさんを出せと脅迫した。

 現在は街のカルベール自警団が押さえ込んでいるらしいが、俺の予想だとおそらく長くは持たない。


 しばらく走って、繁華街のちょうど影の部分にあたるところが見えた時、ノールは息を切らしながらも、できる限り全力であろう大声で俺に伝えた。


「あっ、クレイドさん、あそこです!あの、角を曲がったとこの宿屋です」

「わかった。ありがとう」


 ノールが指を指した方向に俺は跳躍する。魔法で脚力を強化した俺は一瞬で一区画を横断することに成功する。

 即座に真横を確認、件の宿屋を発見した。脚力の強化倍率を俺の反射神経で管理できるレベルまで下げ、突入する。


 宿屋は無惨な姿に成り果てていた。

 扉はもはや完全に破壊され、機能していない。朝食を食べるはずの客間はテーブルや椅子が破壊され、その残骸が山のように散らばってる、さらに受付台はその真ん中が何かに潰されたように陥没している。

 少し注意深く見れば、ところどころに血痕が付着している。そして、その血痕は階段を上り、二階へと続いている。

 ノールの話ではアリシアさんは2階の4号室に泊まっているらしい。


「アリシア!大丈夫か!」


 俺は2階に向けて階段の下から呼びかけた。思わずさん付けを忘れるほど、俺も混乱してしまっているようだ。

 先ほどから嫌な予感がする。ノールの話では、自警団が到着して20分ほどしか経っていないはず。なのに交戦しているような音が一切しない。

 まるでもうすでにことが終わっているような。

 最悪の事態を考えてもしょうがない。俺は、階段を駆け上がり、2階に上がった。

 廊下に引き摺られたような血の跡がベッタリとついていた。


 久しぶりに、命の危険を感じる。こんな緊張感を抱くことなんて、ギルド職員をやっててもそうそうない。

 固唾を飲んで、204と書かれた扉を開けた。


 瞬間、地獄絵図が目に入る。口から蒸気が見えそうなほど、荒く息を切らした大男、ギールの姿と、部屋の隅で今にも気絶しそうなほど怯えているアリシアさんの姿。床にはおそらく自警団だと思われる男たちが横たわっている。

 様子を見る限りでは気絶している。出血量を見る限りではおそらく死んでいる。

 中にはなんとか瀕死にとどまっている者もいるだろうが、いずれにせよ早く治癒しないと死んでしまう。


 ギールがこちらを振り向く。刺すような殺気と怒気がぶつけられた。

 俺は反射的に身構えた。すぐに襲ってくると思ったからだ。

 しかし意外なことに、ギールはまさにけだもののような暴力的な表情で、俺に一度だけ喋りかけた。

 いや、それは喋りかけるというよりは、単なる独り言に近いかもしれない。

 なぜなら、俺の言葉に反応はしても、決して会話にはならなかったからだ。


「てめえは、……あの時のギルドの男か」

「調べたぞ、お前のこと。これで前科2犯だな。やっとお前を刑務所にぶちこめるなんて、王国騎士もきっと喜ぶよ」

「クソ野郎が……出向く暇が省けたぜ。今四肢をもいで、てめえの目の前でこの女を犯してやる」


 ギールは明らかに暴力に興奮した顔で、しかし放つ声は小さかった。

 ぶつぶつと、あの時喚き散らかした男とは思えないほど、小さく静かな声だった。

 かえって、それが怖い。まるで、腹を空かせた猛獣のようだ。


 勝てるかはわからない、断言できない。

 相手は間違いなく強い、対する俺の体調は決して良くはない。


「ドーピング野郎が、粋がるなよ」


 だが、俺だって元Cランク。逆境なんていくらでもねじ伏せてきた。

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