第42話 影鏡ー前編ー

 ユキにふられた……。


 あまりに唐突で、あまりに疾走感のある出来事の連続に放心状態になったけれど、こんな状態でもやらなければならないことがあった。


 夢鏡がダメにしてしまった我が家をどうにかせねばならない。


 放心状態でしばらく自分と向き合っていたかったけれど、家に関する相談の電話をあちこちに掛けまくった。


 まず最初はどこに相談したら良いのか見当がつかず、放心状態のまま手当たり次第に電話を掛け、ようやく対応してくれるところに行き当たった。


 心ここにあらずで何度も電話相手に聞き返してしまい、相手に迷惑を掛けたけれど、ようやくなんとかできそうになった。


 ユキ……。もしかして、他の世界のユキのためとはいえ、少しでも我慢させようとしたから?本当に売るような真似をするつもりだと思われた?そんなつもりはハナからなかったのに。


 ふられた理由や原因について考えながら家の修繕の準備をしようとしたけれど、どうにもボーッとしてしまう。


 いったいなにがダメだったのだろう?


 やはり、そのつもりがなくとも人を売るような言動をしたのがよくなかったのだろうなあ。


 自分のなにがダメだったのか考えて悩み続けても仕方がないし、私は私の家出先の世界のユキとちゃんとさよならできたのだから、こんなに落ち込むこともなにもないのだけれど……。


 魚をとってもらって焚き火を囲んだ日々、雪鏡の城に遊びにいった思い出、こちらの世界で私の判断ミスから日鏡を凍り付けにしたやらかし……。


 精霊になったユキとの数々の思い出が頭に次々浮かんでくる。


 別れが急すぎるよ。


 策を練るためにたっぷり時間を稼ぐはずだったのに、まさかそのまま婚約してしまうなんて。


 一応、私が星に祈った通りにはなったのか。


 狂鏡の世界のユキは安らかに眠れるし、ひどい目に遭わずにすんだわけだ。


 狂鏡には目標ができて、ユキと生きるために頑張り始めた。


 精霊のユキはユキで首も四肢も切られる心配が全くない体をしている。


 二人がくっついてハッピーエンド。これってかなり大団円では?


 日鏡たちが失恋したことに目を瞑ればね。


 そこまで考えて不意に、ユキは結局自力で異世界の自分のことも守ったことに気がついた。


 やるじゃん、ユキ。でも、狂鏡のことが本当に結婚したいくらい好きならね。


 もし、みんなのための犠牲として結婚するといったのであれば……。それはあまり褒めたくない行動だ。


 本心がわからないからなんとも言えない……。


 もし本当に好きなら、あとは狂鏡が病院経営できるかどうかにかかってるだろう。


 考えながら自分の気持ちに折り合いをつけ、ふっきれかけていたときだ。


 日鏡や月鏡、雪鏡は大丈夫なのかな?狂鏡とユキが婚約したって知ったら三人とも相当ショックなんじゃないか?


 夢鏡?あいつは知らん。分裂したら日鏡と月鏡なのだから実質気に掛け済みだ。たとえ人柄もできることも違うとしても気に掛け済みだ。


 そういえば、夢鏡が私に話したがっていたことってなんだったんだ?半狂乱になって家を水浸しにして逃げ帰っていってしまったが……。


 あの野郎、今思い返しても腹が立つ。いきなり現れて用があるのかと思いきや、狂鏡を見て急に発狂しながら放水しやがって!ああ……家が……。


 家を改めて見てみると憂鬱な気持ちが重くのしかかる。


 夢鏡のやつ、うちを壊すだけ壊してどっか行きやがった。怖い気持ちもわかるけどそこまで発狂する?


 病院を怖がるようになった私を馬鹿にして笑っておきながら、自分はどうなんだと文句を言いたい気持ちが溢れて止まらなくなりそうだった。


 夢鏡に家の弁償をさせたいとか、狂鏡を見ても半狂乱にならない訓練を積ませたいとかあれこれ思ったけれど、元をたどれば仕返ししちゃったからこうなったんだよなあ。


 仕返しするの自体は悪いことじゃないと思うけど、ちょっと度が過ぎてたのかもしれない。


 それに、自分に返ってきはしたけれど、夢鏡自身も、病院と狂鏡にトラウマを抱えたのだからおあいこってやつかな。


 それにしたって、なくしたものが多すぎる。


 昨日一日でユキと家がなくなったわけだ。あっという間に。


 この喪失感たるや……。


 またしてもボーッとしそうになるのを、首を振ってなんとかした。


 そうだ!一軒家で良かったじゃないか。


 もしこれが賃貸で借りてた部屋とかなら他の人にも迷惑がかかっていただろう。不幸中の幸いってやつさ!


 周りに他に家があるわけでもないし、一時的にとんでもない水が家から流れ出しただけだ。


 少しずつ気持ちが前向き、上向きになってきたところで、夢鏡が訪ねてきた理由が改めて気になってきた。


 あの夢バカはなにを話そうとしてたんだろう?とんでもないものを見たって言ってたっけ?


 少しずつ気分を持ち直しながら、なるべくユキのことを考えないようにし、聞きそびれた話に意識をそらしていった。


 ボーッとしてしまうことを防ぐにはあまりにも情報が足りず、すぐに思考が途切れて上の空になっていた。


 こりゃダメだな。


 一日でかっさらわれたものがあまりに大きすぎたんだ。


 ……まるで人生そのものだ。


 仲良くなれて幸せだった日々も、こんな風に一瞬でなくなったんだよなあ。


 まんまと引っ掛かって間抜けな私。


 ぎゅっと拳を握り、理不尽で無知でバカで間抜けな自分に向けた怒りが再燃する。


 悔しかった。なにを言っても、誰も耳を傾けてくれなかった……。だから、狂鏡が話していたことは痛いくらいわかったんだ。


 これは私が出ていく前の自分の記憶?それとも、影鏡の記憶?


 どちらのものかわからなくても、悔しくてたまらない気持ちに代わりはなかった。


「言う前に意味を聞かなかったの?」


「それを言ったらどうなるか考えなかったの?」


「言われたから言ったなんておかしいんじゃないの?」


「知らない言葉を頼まれただけで言うなんて」


 周りの人間に掛けられた厳しい言葉が頭の中に木霊する。


 考えたさ。すぐには言わなかった。


 聞き返してそれがなにか聞いても教えてもらえなかった。


 みんなが喜ぶって言われたんだ。


 何度もお願いって言われて耳を傾けたらこの様だ。


 誰に言われたのかだって答えようとしたよ。


 聞かれたから視線を向けたけどそっぽを向かれ、みんなは聞いてきたのに返事を聞くまで待たないどころか畳み掛けるように罵詈雑言を浴びせてきて聞く気が全くないようだった。


 人の言うことなんか聞くんじゃなかった!


 星の数ほどある後悔の中のひとつ。人の話を聞いてよかったことはあっても、お願いや言うことだけは聞いてよかったことなんてなかった。


 悔しかった。ずっとずっと。


 騙され続けたのだって、嘘だとわかっていても引っかからなかったら同情を誘うような態度や言葉を掛けられて、何度も何度も引っ掛かって笑われて、頭に来るくらいずっと悔しくてたまらなかったんだよ。


 でも、それでも、相手が泣いてしまうよりも、嘘ではなく本当の話で大変なことになってしまうよりも、騙された方がずっと良いって思えて……悔しい気持ちとの葛藤だった。


 人を嫌いになりきれなかったんだ。


 憎くて腹が立って、許せないくらい何度も嫌なことをされたのに、人が自分と同じように泣いたり怒ったり憎しみに駆られるのを想像してしまうと冷たく出来なかった。


 きっと、影鏡の気持ちと記憶だろう。私だったら迷わず殴ってるもん。


 影鏡のやつ、少しはわがままになったり素直になってれば良かったろうにな。


 ここまで考えて少しは気がそれたり紛れたかと思ったけれど、これ以上考え事ができないところで行き詰まると再び喪失感に見舞われた。


 家にいるから嫌でも惨状が目に映ってしまうのが原因なのだろうけれど、業者さんがくるまで離れるわけにもいかないし……。


 家の周りをウロウロするくらいなら大丈夫かな。よし、そうしよう。




 思い立ったがなんとやらで、適当に家の周りをウロウロしながら、そういえば雪鏡が流されてから家に戻ってきていないことに気が付いた。


 今更だけど!


 しまった、ぼーっとしすぎてた!あいつ!まさか流された先でそのまま寝てたりしない?それとも、まさか死んで……。


 水が流れた跡に沿って探したけれど、どこにも雪鏡の姿は見当たらなかった。


 夢鏡のやつは茂みに隠れていたし、狂鏡とユキも窓のすぐ外にいたからそんな遠くまでは流されていないのかもしれない。


 しかし、家の周りを探してみても見つからなかった。


 もしかしたら、ユキと狂鏡のプロポーズを見てショックを受けたとか?だとしたらもっとまずいことになっているのでは?


 狂鏡にデレデレしていただけでなく、ユキのことも大好きな雪鏡……。


 ユキは姿を隠して過ごしていたから、すぐ傍にずっといたって気が付いたらきっとたくさんショックを受けるはずだ。


 もし、昨日のあれを見てしまっていたなら……。


 頭がいっぱいいっぱいで気が回っていなくて、自分がいかにポンコツなのかを思い知らされながら雪鏡を探した。


 業者がくることはそっちのけだ。忘れたわけでも抜け落ちたわけでもなく、人の命の方がずっともっと大事だから。


 人の命って言っても、私の欠片。私の欠片の欠片かもしれないけど、ちゃんと心がある大事な一つの欠片だ。


 こんなとき、風が使えたら簡単に探せるのかな。


 雪鏡から採取した風の力が宿っているカードを取り出したけれど、どんな構えをしても周りを探知できそうなものは出てこなかった。


 ダメかあ……。


 諦めて家に帰ろうとしていると、夢鏡らしき私が手を振ってこちらに歩いてきているのが見えた。


 家をこんな風にした元凶はニコニコ機嫌が良さそうだ。


 この野郎……!


 内心そうは思っても、茂みで怯えていた様子、怒ってやり返したらやりすぎだったことも一緒に頭に浮かんできて怒るに怒れなかった。


 怯えて錯乱してるよりずっといいか。ニコニコしてる方が。


 そう思い直して怒りをおさめると、夢鏡がとんでもないことを口にして怒りが再燃しかけてしまった。


「あれ?家にいたのか!あのあとね!狂鏡が怖がらせたお詫びにお茶していかないかって声を掛けてくれたんだ!ユキちゃんが一緒にいたし、この人実は怖くないのかな?って思えて、お邪魔させてもらってさ!そのあと泊めてもらっちゃった!三人で仲良くお勉強の仕方とか話せてすっごく楽しかった!雪鏡も一緒に誘って四人でお泊り会したの!」


「……は?」


 こいつら……。


 怒りよりも先に、胸にぽっかり穴が開いたような寂しさがやってきて何も言えないでいると、夢鏡は楽しそうに何をして何を話してどんなふうに過ごしたか楽しそうに話し続けているではないか。


 頭に一つも入ってこない……。


 何か話しているなってわかりはしても、頭の中に残ることなく、どこかへさらさらと流れていく。


 これが虚無か……。


 放心状態で聞いていると、夢鏡が目の前で手を振ってきた。


「見えてるし聞こえてるよ」


 思わずつっけんどんに言うと、夢鏡は首を傾げていた。


「お前らなあ……」


 いつも通りツッコミをいれようとしたけれど、涙が溢れて止まらなくなりそうだったからか、反射的に顔をみられないように背けて家に向かって猛ダッシュして逃げていた。


 なんだよ、心配してたの私だけかよ……。そっか、私だけか……。


 家がこんなになっただけでなく、心配して考え事してたのは私だけ。


 みんなは集まって楽しそうにあったかい部屋で……。


 私だけ除け者じゃん。誰からも誘ってもらえなかったし、ただの除け者じゃん。


 しょんぼりしながら、水浸しになってない数少ない部分で縮こまっていると、夢鏡が後ろから追いかけてきた音がした。


 お前なんかと口利いてやるもんか!


 思わず言いそうになったけれど、声を出せば居場所がばれるから頑張って音を立てずにじっとした。


「言い忘れたことがあって。昨日ね、星鏡を探してたのってさ。私と同じ夢鏡名乗ってる人がさ、誰鏡かわからない私に何かしてるのを見かけたからなんだ。多分、誰かの記憶を植え込んでたんだと思う。誰鏡の頭を掴んでる手がキラキラって光ってたよ。そしたらね、その誰鏡の姿が消えちゃったの。手足から順番に透き通ってなくなっていってるみたいだった」


 誰かわからない私を誰鏡ってお前なあ……。


 そうは思いつつ、口を利くつもりがないので黙って話を整理した。


 整理すると言っても、喪失感と悲壮感でまともに頭が回らないし、まとめるというほどの情報量もない。


 ただ、ぼーっとしていてうまく頭に残らなかった情報を、頭に残せるように工夫した整理の仕方をしているんだ。


 犠牲者も記憶の持ち主も両方とも誰かわからないけど、誰かの記憶が影法師に記憶を植え込まれたか何かで消えたってことだよね?


 少なくとも今言えることは、夢鏡がここにきたとき、一緒にいた雪鏡も狂鏡も被害に遭っていないということだ。夢鏡が活動しているということは日鏡も月鏡も無事。


 じゃあいったい誰が消えたんだろう?


 歌鏡は元の世界へ追い返したから無事なはずだ。またこちらに来ていたなら話は別だけど。


 医鏡は……?


 いや、医鏡が消えたのであれば、あの背丈だから誰鏡なんて言われ方しないだろう?でも、一応聞いておくべきか。


 口を利きたい気分にはなれなかったけれど、夢鏡に「医鏡みたいに小さくはなかったんだね?」と確認してみた。


「うん!背丈は私たちとあんまり変わらなかったよ!もしかして怒ってる?ごめんって……。雪鏡から、ふられてショック受けた様子だって聞いたからさ、そっとしといたほうがいいかなって思って」


 雪鏡の差し金だったか。振られたのはお前も同じなのでは?


 それに、気の遣い方が真逆では?


 家をこんな状態にされてすべてかっさらわれた上に、一人で放っておかれる方がずっと辛いんだけど!?


 途中までいないことに気づいてなかったとはいえ、死んだんじゃないかって心配してたんだけど!?


 はあ……。なんだろうな、この気持ち。


「あのさ……。はあ……まあいいや。あのね、それならせめて連絡を入れてください。なにかあったのか心配したので」


 思わずよそよそしいことを言ったけれど、夢鏡は「言われてみれば確かにそうだね」と言って、こちらにまっすぐ歩いてきた。


 急いで涙を拭いて何もなかったフリをしたけれど、夢鏡は「酷い有様だー」なんて他人事のように家の惨状を口にしたので思わず拳を振り上げてしまった。


「ひゃ!」


 殴る寸前で止めたは良いけれど、何も言わずにいられなくてつい文句を言ってしまうのを止められなかった。


「誰のおかげでこんな有様になったと思ってるのかな?たしかに、やり返してトラウマ植え付けたのは私の落ち度だけどさ!ちょっと落ち着きがなさすぎるんじゃないかな?!あんまり怯えてるもんだから、普通にお願いしようとしたのに、恩を売らせて安心感与える方針にしたのが馬鹿みたいだよ!怖がってた相手としれっと仲良くお茶だのお泊りだのしちゃって!なんなんだよ!ほんっと!気遣いの方向もさ!変だよ!こんな風にボロボロにされた家でひとりぼっちにされて。ショックを受けたんじゃないかと心配した雪鏡からは逆に心配されてて変に気を遣われた結果、孤独感味わわされてさ!みんないろいろおかしいんじゃないの!?私は元から馬鹿だけど、いろんな意味で本当に馬鹿みたいだよ!」


「わかった!悪かった!寂しかったんだね?よーしよしよし」


「お前人のことバカにしてんのか!?また同じ目に遭わせてやろうか?」


 夢鏡は首根っこを掴まれた狸のような顔をしながらぼそりと「ごめん」と言った。


 あ、強く言い過ぎたかな……?


 語気が強すぎた気がして黙っていると、夢鏡は本当に申し訳なさそうな顔をしていて、こちらの気分が悪くなってくる。


 うーん……。言いたいことを爆発させるといつもこうなんだよな。話してすっきりしたことがない。モヤモヤする。嫌な気持ちにしかならない。


 心の中で思いっきりため息をつきながら、ちょうどよく違う話題があるからその話をするついでに、自分の怒りもなんとか宥めた。


 そうだよ、無事だったなら良かったじゃん。死んでたとかじゃなくて良かったじゃないか。


「……それで、その誰鏡とやらに特徴とかはあった?少なくとも、今の時点では知り合いの鏡はみんな無事なんだね?」


 しょんぼりしていた夢鏡は私の顔色を窺っていたけれど、もう怒ってないと知るや否や、いつもの調子で話し始めた。


 こいつ本当に……。


 少し呆れそうになったけれど、いつまでもしょんぼりされるよりはマシかな?と思いながら話に耳を傾けた。


「うん!特徴はあんまりわからなかった。後ろ姿だったし、影法師に頭を掴まれてたから……。医鏡もお泊りのときにいたから無事だよ!歌鏡が向こうの世界にまだいるなら知り合いの鏡は全員無事じゃないかな。雪鏡にお願いして様子を見たら確認が取れるね!」


 なんだかすごくウキウキワクワク楽しそうで嬉しそうにしているので、また腹が立ちそうになったけれど気にしないでおいた。


 しょんぼりされるよりはまし。


 とりあえず、ちょうどよく狂鏡の病院にみんな集まっているらしいから、そこでみんなと合流して状況確認をすることにした。もちろん、業者がきてから。




 業者さんが驚きながら言うには、こんな辺鄙な場所で家にだけ洪水でもあったのかと思う有様だったそうだ。


 部屋が一室、水でいっぱいになった後勢いよく流れ出たからそう言われても当然だ。


 業者さんが「こんな山奥で家だけに洪水?」なんて目を丸くしていたのが目に焼き付いている。


 いっそ建て直した方が良いレベルで家がやられてしまったらしく、一度壊して建て直すことになった。


 ちょうど良いのか悪いのか、みんなで狂鏡のところに行く予定だったので、家を建て直してもらっている間はしばらく泊まらせてもらうことになった。


 部屋代として狂鏡にお金を落とすことで狂鏡の学費や生活費にもできるし、こういう応援のし方もできるってなんだかいいと思わされもした。


 支え合いや助け合い、共存ができてるみたいで少しだけ楽しい。


 マッチポンプ的事故が発端だったとはいえ、なんとも都合よく回る物だと感心もした。


 普段、気にしてないだけで本当はこうやって人と人同士が支え合って暮らしてるんだろうな。


 心の中がどこか温かくなりつつ、みんなで今の状況を確認することにした。


 雪鏡に歌鏡と連絡をとってもらうと、三人組の無事を確認できた。


 どうやら、私たちがまだ出会っていない鏡がいたらしい。


 その誰鏡が、何かをやろうとしている影法師にやられてしまったようだ。


 いったいなんのために?


 せっかく、狂鏡がユキとの結婚を夢見て頑張りだしたというのにトラブルか……。


 二人には夢に向かうため、幸せになるために不安になる話題は私たちに任せてもらうことにして、途中で話し合いから退出してもらった。


 それでもやはり、自分たちも関係あるかもしれないから動向だけでも知っておきたい様子だったのでこう提案した。


「状況だけは伝えるから、簡潔に。うっかり忘れるかもしれないから気になったら聞いてほしい」


 狂鏡もユキもそれで納得したらしく、あとは二人の夢に向かうために大人しく話し合いから外れていってくれた。


 ユキが幸せになるならそれで良い。


 それに、私が家出先の世界で出会ったユキとはくっつくことはなかったし、ただ最期までそばにいて見守っていただけだった。


 要するに私とユキの関係に進展はなかったのだ。


 進まない私より、ユキのことをパワフルすぎるくらい愛してやまなかった狂鏡がユキとくっつく方がよっぽど良かったと思う。


 他の鏡がどう思うかはわからないけど……二人を見送った後も荒れてないあたり、雪鏡も夢鏡も状況を知っているし、それで良かったのだろう。


 あとは夢鏡が分裂後の日鏡と月鏡、この場に居合わせていない医鏡がどう思うかだ。


 ユキと私たち鏡の関係の心配もあるが、今は影法師がどういうつもりで何をしているのかについて話さないと。


「ここでこうしていても、憶測の域から話が進まないだろう。自分とはいえ、夢鏡が何か勘違いしていたり、見間違えていた可能性だってあるんだ。影法師本人に直接聞いてみようと思う。今できることはあらゆる可能性を考えて準備するくらいじゃないかな?」


 自分相手だからか私の提案に反対意見はなかった。


 これはこれで少し残念だな。


 みんなで集まって知ってる鏡の無事を確認できたわけだし、影法師を探して直接話を聞こうという方針でまとまり、話が終わった途端に夢鏡の様子が少しおかしくなった。


 どうしたんだろう?


 こいつのことだからどうせ大丈夫だ。大したことないと思っていると、急に倒れこんで痙攣し始めたから目が飛び出そうになった。


 は?え?


「ゆ、ゆゆゆ夢鏡っ!?誰かー!お医者さーん!あっここ病院だった!お父さんどうしよう!」


 雪鏡はあわてふためきながら夢鏡の状態を確認して私に助けを求めるように視線を投げ掛けてきている。


 助けを求められても……。


 一番手っ取り早そうな解決策の狂鏡を呼ぶのははばかられた。


 いくら本人が気絶しているからって、知らないうちに首をはねられるとか嫌だもんな。少なくとも私は嫌だ。まだはねられてないのに、知らない間にはねられるとか絶対嫌だ!それに、夢鏡だってすごく怖がっていたからね。


 たとえそれが家を丸ごとダメにしやがったやつ相手だとしてもだ。自分がされたら嫌なことはやらない。


 だとすると、看病のできる医鏡を探すのが一番かな?


 とりあえず、頭のすみにあった知識を駆使し、夢鏡を回復体位になるよう寝転ばせ、医鏡を探しにいこうとした時だ。


 夢鏡が真っ黒になったかと思えば、月鏡と日鏡に分裂したではないか!


 もしかして毎回こんな風に分裂してるの?


 そういえば、夢鏡が分裂したり一人に戻ったりする仕組みをなにも知らないことに気づかされながら目を丸くしていると、日鏡らしき方がヨロヨロと立ち上がって私の胸ぐらを掴んできた。


「なんだ?急に胸ぐら掴んできて。まずは話し合いからじゃないのかな?」


 内心ドギマギしながら平静を装ってそう言うと、日鏡は悔しそうに顔を歪めながら目にいっぱい涙を溜めていた。


 えっ?なんで泣きそうになってるの?


 不意の出来事に慌てていて気づくのが遅くなったけれど、多分ユキのことかな?


 他に心当たりもないし……。


 どうしてそんな顔をしているのか心配していると、日鏡は我慢できなくなったのか、涙をポロポロこぼしながら呻き声をあげて泣いてしまった。


 あらら……。なんかごめん……。理由がさっぱりわからないけど。


 気がついたらしき月鏡がヨロヨロ立ち上がり、泣いている日鏡の頭をそっと撫でた後、私の胸ぐらを掴んでいる腕に手を添えて離させてくれた。


「よくわかってないけど、ユキのことかな?だったらごめんね」


 ユキに関することで、何が気に障って私に攻撃的な態度をとっているのかわからなかったけれど、とりあえず心当たりがそれしかなかったので、口に出して謝ってみた。


 これがもし死にかけた経験があるかどうか聞かれた場合なら数えきれないほどあったし、泣かせたり喧嘩した数もまた、数えきれないほどあるから心当たりがありすぎてわからなかっただろう。


 でも、日鏡にこんなことされる心当たりなんて他に……。あっ!


 ユキのことしか心当たりがなかったけれど、じっくり思い返してみれば、置いてあったお菓子をこっそり食べたりしちゃったような……。


 食い物の恨みは恐ろしいという。


 胸ぐらを掴みにくるほどか?と言われたら個人差、食べられたものが何かによるとしか……。


 考えてみれば心当たりが他にも少しずつ見つかってキリがなかった。


 あれのこと?これのこと?どれのことで怒られたんだ?


 日鏡が落ち着くまで、浮かんでくる心当たりがありすぎて困ってしまった。


 ユキのことじゃないならどれだ?


 心の中で首をかしげて考え込んでいると、日鏡がようやく口を開いた。


「……好きだったのに!私も好きだったのに!」


 あ、やっぱりユキのことか。


 落ち着きながら、パニックな自分を宥めながら、日鏡の話にゆっくり耳を傾けた。


 日鏡が言うには、ユキのことが好きだったのに、別の世界からきた自分にとられたこと、私が差し出したように見えたことが納得いかないとのことだった。


 別世界の私……狂鏡はちゃんと向こうのユキとお別れしたのに、こっちのユキを奪い去るのは二人のユキを自分のものにしたことになるから欲張りだと主張していて、なんともいえない気持ちになった。


 言いたいことはわかるけども……ユキが選んだ道だからなあ。


 どう説得するか悩んでいると、月鏡が日鏡を宥めるようにゆっくり背中をさすっているのが見えた。


 日鏡の気持ちはわかったけれど、月鏡はどう思っているのだろう?


 私が聞ける立場にあるだろうか?なんて思いながら、月鏡に気持ちを聞けずにいると、月鏡はそのまま日鏡を連れてどこかへ行ってしまった。


 難しい話だ。


 ユキがどういうつもりで狂鏡のプロポーズを受けたのかがわからないし、日鏡の欲張りだと言いたくなる気持ちもわからなくはない。それに私はユキを差し出すつもりなんか一つもなかった。


 人の気持ちが絡み合うって、大変だなあ。


 悪いことだとは思わないけれど、良いことばかりとも思えないし、適当に言うことはできない。


 狂鏡にもユキにも幸せになってほしいけれど、日鏡の反応をみたらとても切ない気持ちになってしまって。


 でも、雪のことで怒られたのって本当に私のせいか?隠しきれなかったから怒られたのかな?


 考えたところで本人に聞かないとどうにもできない出来事に頭も心も悩ませながら、影法師の場所探しについて、残った雪鏡と相談した。


「美味しそうなもので釣るか、本当に私たちが目当てなら誰かをエサにして誘きだすのとかどうかな」


 雪鏡の意見はとてもうまく行きそうだな。


「確かに、私たち鏡を使って何かしようとしてるなら、誰かが囮になるのが一番良さそうだね」


「お父さん任せた」


「何でだよ!」


「一番運が悪いから不幸を誘き寄せるのに適任かなって!」


 言われてみれば確かにそうかもしれないけど……いくら私でもお父さんにそこまで容赦ないことしないぞ?


 雪鏡と影法師を探す相談というのか、漫才というべきかわからないやりとりをしていると医鏡が日鏡と月鏡を連れて部屋に顔を出した。


 き、きまずい……。


 日鏡もなんだか居心地悪そうにしている。


 ユキのことで文句を言いたいからそんな様子なのかどうか私にはさっぱりわからない。


 困り果てながら様子を見ていると、月鏡は日鏡と私をチラチラみていることに気が付いた。


 悪いな、気を遣わせて。


 なんとも言えない気まずさのまま、結局月鏡に気持ちを聞くこともできないまま作戦会議が終わってしまった。


 誰かを囮にしたりせず、二人組に分かれて影法師を探す方針に決まってその日は解散した。


 自分相手でも、何を考えてるのか予測できるだけでさっぱりわからなかった。


 やっぱり、直接話し合って話さないと相手のことなんかわからないもんだな。


 自分自身相手でも言葉なしじゃ理解し合えないのに、他人相手だともっとできない。


 モヤモヤした気持ちを抱えたまま、次は日鏡に怒った理由をちゃんと聞き直して、月鏡の気持ちについても聞いてみようと心に決めた。


 慣れない部屋の窓から夜空を見上げ、これから先のことや他の鏡に思いを馳せた。


 雪鏡が私をお父さんって呼ぶのは、お父さんがしてくれたようなことを雪鏡にやったからだと思っていたけれど、本当は他にも理由があるのかもしれない。


 私もお父さんのように不器用で、上手に接して向き合ってやれないところがあるんだろうな、きっと。


 雪鏡にはいったい何が見えているのか、私が見えている他の自分達は本当に私なのか、改めて疑問を抱えながら眠りについた。


 眠りにつくまでが長かったからか、とても長くて暗い夜を過ごしているような錯覚を覚えながら夢の中へ落ちていった。


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星に願えば 木野恵 @lamb_matton0803

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