架想接続:知られざる星天の遊興世界

 どうも、皆さん。僕は、いんの魔法使いです。

 ハンドルネームは『根暗之未婚ネクロのみこん(写本)』。本名なんてのは、どうでもいいじゃあないですか。現実リアルでの付き合いですら、本名を使う必然性は、限定的にしかありません。

 僕は、どこにでもありふれた、人生の落伍者。説明は、それで十分でしょう。


 突然ですが、この度、勤務先の人員整理リストラクチャリングに巻き込まれ、晴れて(?)仕事を首になりました。幸いにも退職金は潤沢にいただけましたし、小癪にも金融資産の運用などを、働き始めた頃から着実に進めておりましたので、もう一切働かなくても、細々となら生きていけるかな、という感じではあります。


 ……それもまあ、貴重な青春時代を、ただ他者に求められるまま過酷な労働に費やし、金の使い道が特になかった結果というわけで、実際のところ、それが幸福なのか不幸なのかは、僕にはわかりません。、とでも言うべきでしょう。

 取り敢えずは、飢えの心配がないので、幸福ですかね。はは。


 ……などと、あまりにも他者と関わる事がなさすぎるせいで、心中で独白するモノローグぐせがついてしまった。無職になってしまったことも含め、普通の人としては、終わりつつあるような心地がする。


 もちろん、世の「普通の人」というのが、普段は内心をどういう風に扱っているのか、なんてのは知らないし、僕のやっていることが、特別変わったことであるかどうかは、実際には分からないのだけど。

 それでも僕は、半ば自虐的な事であろうと、僕がだと感じ、そうであることに固執せざるを得ない。

 実態を知りたい、なんて思わない。たとえ無実の誤解であったとしても、なんの利益もなくても、自分自身が特別だと信じられる方が、遥かに大事だ。少なくとも、僕にとっては。


 特別、といえば。昔から、特定の狭い界隈でのみ知られる、知名度の低い都市伝説フォークロアがあった。

 いわく、「誰も知らない技術を使って、、誰が運営しているのかも分からないMMORPGオンラインゲーム」がある、という。


 その歴史は古く、電子ゲームどころか、ワールドワイドネットワークの発達よりも遥か以前から、連綿と受け継がれ、遊ばれていたそうだ。実のところ、インターネット以前の時代からあったと言われる「それ」を、本当にオンラインゲームと言って正しいのだろうかと、都市伝説を聞いた頃から、今でも思っている。ゲームの大元の世界観は、昔から変わってないらしいけど。

 なんでも、元々は神秘主義オカルティズム界隈の都市伝説だったそうだ。

 最近、インターネットを通して、ゲーム愛好家にも広まったらしい……と、どこかで聞いたように思う。


 『星天せいてんエクスペラ』。界隈での噂によると、「そこ」には、選ばれた人間にしか、到達出来ないらしい。

 とはいえ、別に情報が秘匿されているという訳でもなく、インターネット上では、検索エンジンでも、電子ゲームの販売プラットフォームでも、アプリストアでも、探せば普通に出てくるし、アクセスも特に制限されていない。


 だけど。だからこそ「それ」は、明確に異常な現象だと言えた。


 存在を知り、、媒体を問わずに遊べるゲーム。パソコンはもちろん、携帯端末すら、その新旧を問わず利用でき、新製品の家庭用ゲームコンソールでも、発売当初から必ず遊べた。

 なんなら、そもそもネットワークに繋がっていないワードプロセッサですら、「それ」には繋がるのだそうだ。


 ……そこまでいくと、流石に話を盛り過ぎだと思う。


 インターネットの住民は、他愛のない話を面白可笑しく盛り立てて、無限に広げて大きくする。話が嘘だというのは承知の上で、際限なく膨れ上がる嘘を楽しむ文化が、そこにはあった。もちろん、意図は人それぞれだろうけど。


(異常現象だと分かってても、現にできるからやるんだけどさ)


 僕も、その「到達可能だった者」のひとりだ。

 恐らく、到達可能性がどうこうというよりも、異常現象を、というところが重要なのだろう、と思う。


 少し前、ソーシャルネットワークサービスでも、そこそこの規模で拡散され、話題になっていたはずだけど、世間には驚くほど定着しなかった。ゲームの品質は決して悪くないし、完全無料で、広告も有料アイテムの販売もなく、安価な暇潰しとしては十分に成立しているとは思う。

 それでも、アクティブプレイヤーは、知る範囲ではほとんどいなかった。はたから見る限りでは、一時期触れた後は、存在すら忘れたように離れて行ってしまう、というように見えた。


 そのあたりは、公式の広報が皆無ということもあって、仕方のないことかもしれない。まともな情報は、プレイヤー間での共有によってしか存在しない。自ら関わりに行く積極性なしには向き合えない、そういう端々の面倒臭さが、多様な選択肢のある現代では広く受けず――そして、きっと制作者としてはのだろう。


 かくして、『星天エクスペラ』の世界はただ在るように、そこに在り続けた。昔から、それは変わらず。


 ゲームの内容としては、フリーシナリオのオープンワールドといった感じで、目的は自分で見出さないといけない。

 決まったメインストーリーがあるわけでもなく、システムに従って「したいこと」ができる。あらゆるイベントはリアルタイムに進行しており、止まることはない。そんな中、気ままに冒険するもよし、登場人物と仲良くなるもよし、商売をするもよし。思い付くことは、やろうと思えば意外と何でもできる。


 逆に言えば、やろうと思わない限り、何をすればいいかわからない、とも言える。

 世界システムから押し付けられる責務も、目的もなく、制作者の思惑すら感じられないから、メタ読みで効率良く回せるようなものじゃない。のも考えものだ。


(確かに、ゲームの内容だって、万人に必ずしも受けるものじゃない気はするけど、なんか違和感があるんだよな……。プレイ人口が増えない理由は、っていうか)


 僕はそんな『星天エクスペラ』が好きなんだけど、好きだと思う理由にも、何らかの得体の知れなさが含まれているように感じる。

 あるいは、それは狂気なのかもしれなかった。現実よりも、架空の異世界の方にこそ、存在が適合するような。


 ……いや、ただの現実逃避だな。

 三十路みそじを超えても、未だに思春期的な思考が抜けない。いわゆる、中二病というやつ。こうやって、精神はいつまでも大人らしい大人にはなれないまま、いずれは落伍者として、ただ惨めに死んでいくのだろう。


 今は、現実リアルのことは考えても嫌な気持ちにしかならないな。

 やっぱゲームでもしとこう。それがいい。


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 良くも悪くも、現実リアルの方は暇になってしまったので、平日の昼間からゲームを再開する。今はどうやら、海辺のクラーケの街に来たところのようだ。このゲーム、プレイしてないときもキャラクターが勝手に動いている。

 なんなら、僕のキャラ「ネクラモヒカン」は、僕が操作していないときの方が、余程精力的に人らしく活動しているといえる。たまにインして活動記録に目を通すだけでも、割と興味深い。


 キャラクターの見た目は、名前の通りだ。典型的なごろつきの見た目なのに根暗、というのが絵面にインパクトあるかな、と。オンラインゲームでの、プレイヤーキャラクターへの名前付けなんて、わりとそんなもんだ。

 ちくわ大明神とか。……いや、それはまた違うな。


 時間のスケールは、大体6倍早く、つまり現実の4時間くらいで、ゲーム内の丸一日が経過している。だけど、実際にプレイしている間はというのは、何かがおかしい気がする。普通、逆なんだけどな。オカルティックパワーの恩恵だろうか?


 一度、ゲーム内で丸三日経つほど連続してやってた日があるけど、その時も現実では1時間くらいしか経っていなかった。どう考えても、おかしい。

 とはいえ、損はしてないから単に受け入れてるフシもある。我ながら、てきとう極まりない。


 なんにせよ、別に自由行動をしたい理由がなければ、ただ展開を見ているだけでもいい、というのが楽だ。仲間に誘導されるまま、『果てなき大渦潮メイルストロム』クラゲンの拠点に入ると、イベントシーンが始まった。


「失礼する。『浪漫の探求者ロマンチェイサー』トレイシー・サークス殿より紹介を受け、『蛮勇士団バルバリーブレイバーズ』、馳せ参じた。よろしく頼む」


 所属している冒険者団『蛮勇士団バルバリーブレイバーズ』のリーダー、ヴァンが言った。彼はNPCだ。

 ……というか、他プレイヤーって稀にしか見ないんだよな。プレイ人口は少ないみたいだし、仮にいても、僕みたいないんのものは、話しかけたりもしないし。


 さておき。その場に混ざったを見る。


 トレイシー・サークス。いつの間にかいた、今まで見てきた世界観に全くそぐわない、謎の新キャラクター。球の身体に、筒のような腕と脚が生えた、落書きみたいな顔を持つ、小学校低学年くらいの身長の、二頭身の珍妙生物。

 とぼけた見た目のこいつは、一方で底知れない力を持つ化け物でもあるらしい。一介のNPCに、属性を盛り過ぎではないだろうか。


 一番最初に見たのは、導きの古代遺跡チュートリアルダンジョンだった。

 当時は『悪漢兵衛ローグライク』とかいう、ごろつきNPC集団にひっそりと所属していた僕は、アホのリーダー……名前はいまいち覚えてないけど、そいつに連れられていつも通り『浪漫の探求者ロマンチェイサー』にちょっかいをかけに向かった。

 随分と馬鹿らしい話ではあるけど、かといって他にすることもなく、別行動しようという積極性もないから、無理やり見物させられた、というのが実態には合うか。


 それで、ナズナちゃんの前で、その下にいる冒険者見習いを痛め付けていたら、こいつがやってきて……。


 そこから先は、よくわからない。トレイシー・サークスは、圧倒的な力をもって暴れ回り、僕も含めた『悪漢兵衛ローグライク』の連中全員をひとりで壊滅させて、去っていった。「次に見かけたら殺す」と、物騒な忠告を残して。


 あの一連の流れで、イベントシーン明けに瀕死状態にさせられていた、というのが一番納得いかないところだ。せめてシステム的に抵抗くらいはさせてくれよ、という不満があった。

 ……まあ、多分勝ててはないだろうし、どうあがいても負けイベントなら、さっくり流してくれる方が楽ではあるんだけども。納得は、今でもしてない。


 そんな思案にふけっていると、


「……そんだけ? ま、ええか。ついでに、そこの……落ち着いた感じの子も、よろしく」


 画面にはクラゲンの台詞が流れている。……どういう状況だったか。

 バックログを確認してみると、どうやら仕事前の自己紹介のようだ。ヴァンの簡素な言葉が終わったところだね。さすが、寡黙番長というだけのことはある。


 落ち着いた子、ね。ナズナちゃんのことかな。

 ……あの子、そんな落ち着いた感じじゃなかった気もするけど。属性的には、天真爛漫な元気っ子だ。でも妖霊フェアリエ級の冒険者だから、世界観的にはかなり強いんだよな。


「……暗黒術師。呼ばれている」


 ……えっ!? なんで僕?

 通常、こういうイベントシーンにおいて、等級なしの冒険者のキャラクターに、焦点が当てられることなんて、まずない。世界観的にも、僕のキャラ、今のところは徹底的にモブのはずなんだけど? なんかの間違いでは?


「気になったから。名乗りたぁないなら、別にそれでもええけど」


 正直、名乗りたくない、という気持ちは確かにある。

 名実ともに、敢えて名乗るようなものではない。僕は、陰に潜んで過ごすのが似合いのモブなんだし。おそれ多すぎる。


 「つ、つつ謹んで拝命いたします。僕は『暗黒術師』のネクラモヒカンです……。後衛です、特に役には立ちません……。お荷物で、すみません、生まれてきてすみませんでした。殺さないでください」


 ネクラモヒカンは、そう言った。我ながら、卑屈な感じだ。でも、僕の人格の再現としては、非常に高精度と言える。


 それにしても、とか、本当に未知の技術だよなあ。今に始まったことではないけど。

 これが高度に発達したAI技術の賜物ということなのか。


「殺さんわ、失礼な。……えらい卑屈やねぇ。この子、いつもこんな調子なん?」

「うむ。しかし役に立つし、頼りにしている」

「もも勿体ないお言葉でございますぅ!」


 実際、勿体ない言葉だと感じる。僕は大した存在じゃない。現実でも、ゲームでも。

 誰にだってできるようなことが、ある程度できるだけだ。できないことの方が、遥かに多い。称賛に値するようなことは、僕には何もない。彼女もいないし。


 最近、現実リアルでは仕事を首にもなったし。正直、へこむ。

 そんな折、ゲームの中で、上辺だけ褒められてもなあ、というお気持ち。到底、素直に受け取れるわけがなかった。


「んー。この、感じ、なんか覚えある気がするんだよなあ。クラゲンさんのやつとはまた別だろうし、なんだろ?」


 おい、珍妙生物! 無駄に意味深で余計なことを言うな!


 クラゲンも、その言葉を受けて、今一度こちらをじっくりと観察している。思いのほか、鋭い目で。寿命が縮みそうなので、やめてください。マジで。


「アホウ。他人ひとの秘密を気軽に言いふらすな。……ま、言いたいことはわからんでもないな。たまにそういうやつるけど、なんなんやろな? ……なんにせよ、よろしく」


 クラゲンは、トレイシー・サークスをいさめた。いいぞ、もっとやれ。


 しかし本当に、油断も隙もない。このゲーム、こういう演出もしてくるのか。ゲームの登場人物にメタ認知を持たせて、こちらを見ている感じ。ただの演出だとわかっていても、気味が悪いものがある。

 ……なるほど、こういう違和感も、大衆に忌避される理由になるのかもしれない。

 道理に反して、向こうにも明確な世界がある。ゲームをゲームとして単にやりたいなら、それが作り物であると分かり易い方が、都合はいい。現実リアルに即し過ぎているのは、かえってやりにくいのかもしれないね。


 だけど、まあ。所詮はゲームだ。演出がどうであれ、向こうからこちらに干渉することはできない。そして、ゲーム内のキャラクターは、僕であって僕自身ではない。世界に受け入れられても、そうでなくても。傷付こうとも、苦しもうとも、たとえ死んでも、僕には直接関係はない。

 それに、この世界の世界観でも、冒険者連中は再発生リスポーンするから、命の価値は低いといえる。吹っ切れれば、いくらでも無責任なことができる。それでも、必要もなく、積極的に悪事をはたらく気にはなれないけど。実際、してるプレイヤーもいるだろうな。


 だけど、だからこそ。僕はモブなりに、僕自身の正義に従って、この世界にあろう。現実にはできないような研鑽と、英雄的ヒロイックな行動選択を。一部は演じながら、それでも、一部は素のままで。せっかく暇になったんだし、今日からは、ちょっと頑張ってみてもいいのかもね。



 遊興の世界に、現実と同じ広がりを見ても、それを忌避感なく受け容れられる――それこそが、遊興世界に対して主体的に参加可能な絶対条件だった。

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遊興世界物語:浪漫の探求者 〜 少女『ごみ拾い』冒険譚 雅郎=oLFlex=鳴隠 @Garow_oLFlex

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